投稿者: 469buncho

  • 岩手県株式会社のケース(2)vol.094

    スタビライザー。
    【法人】は何度もこの単語を口にしたが、正直なところあなたには正確に伝わらなかった。

    スタビライザー = 姿勢制御装置?

    そんなことを何となく思い浮かべるだけで、技術的なことには深入りしないつもりだった。

    ビアガーデンで、ビールの注文をランダムモードにした客が、調子に乗ってオーバーアクションした時、供給機と指輪で交信する技術をそう呼んでいるのだろう。

    たしかに、いい気分でポージングしているときに、やたらとエラーが起きて機械が作動しなかったら白けてしまう。

    ビールの注文は指輪をはめた客しかできないなど、客に面倒をかけるリスクを採れたのは、順調な機械動作の裏付けがあればこそだ。

    好評とクレームは皮一枚の表裏だったが、場末の町工場にひっそりと息づいている名工の技術が、継続的な好評を勝ち取っていた。

    ビアガーデンの運営会社(以後『ビア社』)にとって、それは想像を超える嬉しい誤算だった。

    本来、規模は小さくとも企画を成功させた実績さえあれば親会社への顔が立つところだが、ブームにまで成長した。

    その立役者は、コンセプトのタイトル(店名も『ビールの指輪』である)そのままに“指輪”であり、そのクオリティを支える岩手県株式会社の技術は、その心臓部だった。

     

    ビジネスは急成長した。

    想像をはるかに超えるニーズに対し、供給がまったく間に合わなくなった。
    予約がまったくさばけない。

    当初は3時間だった時間制限を2時間制にしたが、そんな程度では話にならない。

    「プレミアム価格の会員なのに、たったの2時間で出されるのか」という客の意見が続出した。

    予約受付の窓口担当者は、断ることが苦痛になる。
    次の予約が2か月先になることを告げると、怒り出す客も多い。

    ビールの指輪がどんなにプレミアムを謳っていても、せんじ詰めればビアガーデンだ。
    気軽に利用できる場所でなければ、一般大衆のイメージとかけ離れてしまう。

    普段の生活のすぐ近くにあるプレミアムだからこそ、ビールの指輪には高い価値を感じてもらえたが、ビアガーデンという感じではなくなってしまうと、客側の認識も変わってくる。

    ビジネスが維持できなくなる恐れが出てきた。

    親会社(アミューズメント施設運営会社(以後『アミ社』))は、投資回収は完了していなかったがビア社への増資を決定し、事業の拡大を急いだ。

    早急な店舗展開を命じてきたため、ビア社では2号店、3号店の開設が進められることになったのだ。

    《続く》

  • 青森県株式会社のケース(4)vol.074

    友人が勤めている研究所は、職員数約500名。
    職員全員が公務員宿舎に入っているわけではないが、官舎というのは各省合同のものがほとんどだ。
    他の機関の職員も多数入居している。

    公務員宿舎は「独身用」「単身用」「世帯用」の3種類に分かれている。

    これらがマンションのように立ち並ぶ一帯がある一方、戸建ての平屋(または2階建て)がまとまって建っている地区もある。

    他の研究機関の中にも、給与振込口座を固定して銀行との関係性を築き、宿舎費等の振替で手数料を無料にしている所があるという。

    社長は、それらに対しても給与天引き制を適用して家具レンタルを展開できれば、いい商売になるのではないかと考えた。

    男子独身用宿舎などは、1棟で100世帯程度の大きさを持つ建物も多いが、各世帯の間取りはほぼ同じだ。
    部屋の見取り図は厚生係の協力を得れば簡単に得られる。

    世帯用などその他の集合住宅も同様で、戸建て形式にしても同時期に建築されているだけに、間取りはさほど違わない。

    それぞれの見取り図面に合わせて家具をコーディネートし、セットAとかBとかの選択式にすれば、面倒を嫌う利用者に受け入れられ、こだわり派には豊富なオプションを提示すればよい。

    世帯持ちの利用はさほど見込めないだろうが、単身赴任者、独身者などは、入退去時の引っ越し手配が格段に楽になる。
    使った家具が気に入れば次の転勤先でレンタルし続けてもよいし、買取りにも対応できるようにすればサービスはさらに奥深くなる。

     

    社長がこのビジネスに感じる最大のメリットは『大幅な人件費の節約』だ。

    新規客の獲得とサービスの説明、契約事務と引き落とし口座登録、そして毎月の代金回収と解約手続きまでを、役所の厚生担当がやってくれるのが大きい。

    自社でやったらその部分の原価が膨れ上がる内容だが、そこがスッポリと省略できるのだ。

    顧客も、とりっぱぐれのないお役所の役人で、全額振り込まれる給与からの天引きである。
    貸し倒れリスクはほぼ無しと言ってよい。

    そのぶん自社では、家具の選定と調達、そして運搬に特化できる。
    普通に参入したら到底実現できない高粗利を読み取った社長は、話に乗った。

    「わかった。やってみるよ。お前、協力してくれるな? お前のとこだけじゃないぜ。ここら一帯を全部だぞ」
    友人はうなずいた。お互いに地元ネットワークは幅広く密に持っている。
    他の多くの研究所内に、共通の友人もいる。
    「あいつがやるから」と言えば、それだけで人物の信用という点はクリアだった。

    当時はまだそんな時代でもあり、一大都市とはいえど、そんな空気が濃厚な“田舎”の頃だった。

    商売は当たった。

    開始すると見えてくる様々な問題点は、ビジネス改良の手引きでもあった。
    そこから湧いてくるアイデアを形にした。

    『14日以内ならチェンジ無料』等、実際に暮らし始めてからの利用スタイルに応じた変更サービスなどは、クレームから生まれたといってよい。

    他にも、もともとの倉庫業を活かした『個人宅用荷物預かり』の提供も開始し、収入源を増やしていった……。

    《続く》

  • 青森県株式会社のケース(3)vol.073

    「社長の家は、地元でも割と知られた地主で、もともとは倉庫業でしてね……」
    不動産などに縁のないあなたにはわからないが、その倉庫業を個人事業主として行っていたのには、税金対策など様々な理由があったのだろう。

    あくせく働かなくとも食っていける。
    あなたにとっては夢見たくなる境遇だが、金持ちには金持ちなりの苦労があるということか。

    しかし、『お金が無くての苦しみ』より『お金が有っての苦しみ』のほうが上等だと思う……。

    あなたのそんな個人的感慨はさておき、社長は倉庫会社を始めた当初から、そこの経営者としてというより地元の金持ちのせがれ(当時は20代で親は健在)として、同じような金持ち層との付き合いが多く、あまりモノにこだわらない鷹揚な性格でもあったため友人も多かった。

    そんな友人の一人に、地元の研究機関に勤めている男がいた。

    その地区は、国または企業の研究機関や工場が集まった広大な地域で、全国でも名の知れた一大都市を形成していた。
    その友人は国家公務員として、ある研究所で事務官として働いていた。

  • 青森県株式会社のケース(2)vol.072

    「ライバルもずいぶん増えたけれど、客層がそれ以上に広がっていましてね」

    これまでの事例からすると(といっても2件しかないが)、【法人】はこちらから求めないかぎり、常に“今”のことをしゃべってくる。

    あなたはまだ何も質問していない。
    ということは、客層が広がっているというのは、それが事実かどうかは別として、社内ではそう認識されている現在進行形の事柄なのだろう。

    (成長曲線からすれば、客層が広がっているのは過去の話で、今の課題は『広げた客層に向けた次の商品展開』ではないのか?)

    社長が何を考えているかは不明だが、本当に流れは来ているのか?
    むしろ、新しい流れを作らなければならないのに、それを忘れてしまっていないだろうか。

    最初の成功体験が忘れられず、第2弾が必要になった時も同じ方法を採り続け、事業を傾かせる経営者は多い。
    しかし、この社長は最初の成熟期(第1期)の停滞を打破し、2度目の成長を成し遂げた実績がある。

    問題はやはり、この「2度目の成長期」のきっかけは何だったのかということになりそうだ。

    「それまで(第1成熟期まで)公務員ばかりだったんですけどね、民間人にも売れるようになって、そこから一気に広がりましたね」

    想像していたとおり、【法人】からはそれほど深い内容が得られなかった。

    逆に、第1期が公務員限定だったという点が、あなたには引っかかる。

    閉鎖的だった客層が解放された第2期にも興味はあるが、その前に、ビジネスがどう誕生したのか、その点を聞いてみたい。
    会社設立前に6年間、個人事業を営んでいたようだから、そこにもさかのぼってみたいと思った。

    《続く》

  • 岩手県株式会社のケース(1)vol.093

    「ビールの指輪」
    40歳以上を対象にしたこのサービスを、あなたは知らなかった。

    アミューズメント施設を経営する企業が、ビアガーデン専門の子会社を設立し、直営展開して話題になりつつあるとのことだ。

    「岩手県株式会社」と名乗ったその【法人】の顔は、いつものあの男だったが、今回はまじまじと見つめてしまった。
    (仮名に意味はあるのか?)
    話題のサービスを展開する会社なら、あなたに社名を伏せる意味はないだろう。この男が親会社(アミューズメント)でも、子会社(ビアガーデン)でも特定は容易だ。

    まあいい。ハローワーク側のそういった「設定」は無視すると決めていたはずだ。

    あなたはあなたのことだけをする。
    というか、ハローワークを上回る強さであなたの側の「設定」を押し通す。
    今のところそれで通用しているようだから、行けるところまでこの路線でいこうと思っている。

    問答無用で手のひらを見ようとしたが、次に【法人】が口にした言葉で、あなたは考えを改めた。

    「私は、その指輪に使われる部品のメーカーです」

     

    (そうきたか)
    あなたが反射的に思ったほど、単純な図式ではなかった。

    アミューズメント会社にとって、ビアガーデンのビジネスは様子見で始めたものだった。

    本来は、遊びの要素を取り入れた新しいタイプのビアガーデンとして、自社で展開したかった。
    しかし、業態が違ってしまい色々と不都合が多いので断念し、子会社としてスタートすることになった。

    資金力に限界があったので、子会社への資本投下は慎重に行われた。
    実行責任者の心情としては、逃げ腰だったと言ってよい。

    当然、アイテム開発のために大金をかけて大企業と組むことなどはできない。
    そこで、町工場規模の中で比較的評判の高い岩手県株式会社をパートナーに選んだ。

    『ビールの指輪』という名称は、40代以上の層にはなじみ深い、むかし大ヒットした『ルビーの指輪』という歌謡曲をもじったものだ。

    収容人数30程度の店内には3台のビール供給機が置かれ、それぞれが背後にタンクを抱えている。

    客に提供する容器は小さいものから順に、
    1. プラスチックカップ(小)<約120ml>
    2.プラスチックカップ(中)<約180ml>
    3.小ジョッキ <約250ml>
    4.中ジョッキ <約300ml>
    5.大ジョッキ <約500ml>
    6.ピッチャー <約1600ml> となっている。

     

    客はビール供給機の前に手ぶらで立ち、容器の大きさを選んでボタンを押し、読み取り口に指輪をかざす。

    このとき、指にはめていることが供給機作動の条件だ。
    手の形はグーでもパーでもよく、手のひらを向けても甲を向けても作動する。

    指輪とビール供給機の間で交信が行われると、容器に注がれたビールが受け取り口からせスライドして出てくる。
    このとき『ルビーの指輪』の曲がかかる。

    このサービスは会員制だった。
    入会条件は40歳以上。

    登録すると、個人識別用の指輪が渡され、これが会員証の役割を果たす。

    会員が一人でも同席していれば、非会員の同伴が可能。
    人数分の入場料さえ払えばビールは飲み放題で、食べ物だけが有料だ。

    利用は時間制で、客は3時間で切り上げなければならない。
    入退時刻は指輪でチェックされるようになっている。

    およそ30名利用の店内に3台の供給機は多すぎる感もあるが、これには理由があった。

    ビールの注文には指輪が不可欠なのだ。
    席から供給機まで、毎回会員が付き添わないとビールが出てこない。

    一見不便に思えるこの供給システムに、ヒットの大きな要因があった。

  • 青森県株式会社のケース(1)vol.071

    (よくしゃべる)

    対面した瞬間から挨拶もそこそこにしゃべりだしたのは「青森県株式会社」。

    姿かたちは前回の北海道株式会社と名乗った男と同じだ。
    つまり、▲▲社とも同じ。
    ただし、別の【法人】だということを、あなたは理解している。

    【法人】たちは、この男の姿を使って、あなたのような『こちら側』の人間と接しているのだということを。

    (それにしても、どこが「青森」なのか)
    無造作に北から順番に付けているらしい仮の会社名には、あなたも内心で苦笑するしかなかった。

    四国の会社が「北海道株式会社」と名乗り、今度の【法人】は、あなたが持っている無口な東北人のイメージとはかけ離れたおしゃべりな男だ。

    「流れは来てるんですよ。社長はずっとそう言い続けて、業績は伸び続けていましてね」
    なぜこんなに滔々としゃべり続けるのか、あなたには最初、理由がわからなかった。
    わからないまま、今回はまず最初にパソコンの電源を入れ、財務諸表を見てみた。

    創業からは32年、会社設立からは26年を経ている。家具のレンタル業を営む会社だ。
    たしかに、設立から26年は、わずかな波を描きながらも業績は上がり続けている。

    (成長曲線の教材のようなカーブだ)
    財務諸表の数値をグラフ化して長期のライフサイクルに描画してみた。

    成長期から成熟期に入ったところで、もう一度成長(上昇)のラインが生まれ、改めて成熟の緩やかなカーブに落ち着いている。

    2度目の上昇の時期に何があったのかを質問するだけでも、かなり有用な情報が得られるに違いない。

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    今回はかなり、コンサルタントっぽい導入になったなと、あなたは内心手ごたえを感じている。
    【法人】相談も今回で3度目。3度目の正直。自分を客観視できるようにもなってきている。気を引き締めていこう。

    《続く》