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<このサイトについて>
シーサーブログで細々と連載していた小説を移設リニューアルしました。

ある日、ハローワークから【法人】相談の依頼を受けた失業中の「あなた」は、背に腹は代えられず、その不可思議な依頼を受け、誰からも理解されなかった『データベースの読み方』を手相占いと併用して、悩み多き経営者たちを間接的に導いていく物語です。

苦しい生活の中、ワケのわからぬ依頼を受けるか否かで悩む『暁闇(ぎょうあん)の章』から、【法人】のコンサルティングに取り組み始めた『黎明(れいめい)の章』へ入りました。
1社ごとにカットインする、にわか成功者の身の処し方を描く「オーバーフォース」と共にお楽しみください。

四緑文鳥の小説
はじめに ~片寄りは ニッチ起業の優先権~
『好き』は王道、『数寄』は蛇道
1:暁闇の章
2:黎明の章

 

スピンオフ
四緑文鳥.net
小説のスピンオフではありますが、四緑文鳥のメインサイトになります。
経営者・管理者の方で、
「データベース活用に関心があるが、どこから手をつければいいのか?」
とお悩みの方は参考にどうぞ。文鳥が場数を踏んできたシステム周りでの立ち回りが中心の話ですが、誰も教えてくれない独自解釈で、経営者や管理者に向けて語っています。

宮城県株式会社のケース(1)

何か複雑な気持ちだ。
あなたは顔にこそ出さなかったが、この後の面談はどういう展開を見せるだろうかと戸惑った。

まさか【法人】から不倫の相談を受けることがあるとは、思いもよらなかった。

まあ、【法人】という存在からの相談自体が、しばらく前までのあなたには思いもよらないものだったが・・。

(これも『口コミ』のせいか)
北海道株式会社の面談後、にわかに広まったと思われる【法人】間でのあなたに関する口コミ。
どんな点が、どんな具合に好評だったのか、それはあなたに口コミのことを教えてくれたハローワークの担当官も知り得ないことだ。当然、あなたにもわからない。

自分が【法人】の目にどう映り、何を期待されているかわからないまま接すると、ついつい自意識過剰になる。
試みに、目の前にいる「宮城県株式会社」に尋ねてみた。【法人】間でのあなたの口コミについて。

「他の【法人】の考えをここで話すことはできません」
宮城社は怪訝な顔で答えた。
これ以上の質問は、あなたにとってもよくないことになりそうだ。
事業に関すること以外で、下手に【法人】の事情に踏み込むことはタブーなのだろう。
深掘りすると、それこそ契約終了になってしまう恐れがある。
今、この仕事を失ったら、あなたは小金を持った程度の失業者に逆戻りだ。

(ひょっとすると、以前にもこういった「深掘り」をして解任になった担当者もいたのではないか・・)
あなたは、これ以上この話題に触れることを避けた。

【法人】は事情を語り始めた。
もちろん、【法人】が不倫をしているわけではない。社内で明確な不倫が4例、雲行きが怪しいのが6例もあるという。
うち、社員同士の不倫は2例、怪しい6例のうち社員同士は5例ということだ。
(ヒマなのか?)
反射的にそう思ったが、無論口には出さなかった。
社員94名のうち、17名が不倫中、またはその予備軍ということになる。
(結構なパーセンテージだ)
約18%にのぼる。

(しかし、この場合『倫理』が問題なのだろうか)
あなたに相談しているのは個人ではなく【法人】だ。

“恋愛”すると生産性は下がるのか?
そうは言いきれないだろう。気持ちにハリができて、人生全般に前向きで積極的になり、仕事への意欲が増すというのは、不倫でない恋愛においても普通にあることだ。
社内に想う相手がいて、その助けになりたいと願う状況なら、より一層仕事にも熱が入る。そこから生まれる業務アイデアが生産性の向上に役立つこともあるに違いない。

これまであなたのもとに相談に訪れた【法人】は、いずれも業績の伸び悩みか、失速して落ちかけていく状態からの救いを求めてきた。
ということは、現時点で不倫問題が業績に影を落としているか、いずれそうなるという明らかな事象が確認されているかのどちらかだと思う。

(そう考えて間違いないだろう)
あなたなりの関わり方が、何となく理解できた。
不倫が業績に影響するかどうかはともかく、「不倫問題」となれば確実に業績に悪影響を与える。
家族にばれるか、世間(客)にばれるか、いずれかの状態になれば、ダメージは深刻だ。

意外に、社内にばれてもダメージは深刻でないことが多い。
だが、もちろんモラルは下がる。
社員が抱いている会社への信用が失われていくなどの影響を考えれば、表向き穏やかに済ませていても病巣は深く複雑になっていく。
いっそ、早い段階で怪我による大出血(不倫問題)が起き、わかりやすい粛清で気が引き締まったほうが、重症化しなくて済むのではないか。

(この【法人】は『怪我』か『病気』か?)
あなたは、少しペースがつかめてきた。
【法人】とは、こういうものなのだろう。
地球環境問題とは、地球の体内環境である。
職場環境も、地球環境問題のひとつであり、それは【法人】の体内環境のことだ。
そこには、業績だけでなく社員の価値観や感情、その延長で社員の家庭までを含んでいる。
(【法人】が不倫の相談に来ることだって、当然あり得るのだ)

宮城県株式会社のケース(2)

行く手を阻む様々な問題を乗り越えた先の未来を信じ、今の「不快」をすべて「快」に変換し続けられるのが『夢』
行く手を阻む重苦しく具体的な問題を棚上げし、目をそらすために未来を妄想し、つかの間の「快」を繰り返しているだけなのが『自己満足』

単なる自己満足を、「夢に向かう力強い行動」に変えれば、人生の路が開けてくるという法則は、どんなことにも当てはまる。
ただし、何でもかんでも「夢に向かった力強い行動」に変えてもよいのか、ということだ。

不倫が「単なる自己満足×2人前」にとどまっているからこそ、周囲(特に大切な人たち)を巻き込んでの大問題を引き起こさずに済んでいるという現実もある。
ある意味、当事者たちの倫理により、単なる自己満足的な不倫に抑えているという側面もあるだろう。

勇んで『夢』に向かうと、どちらかの、あるいは双方の家庭を破壊し、家族親族との決裂や、仕事面では左遷・離職、地域社会ではウワサ話と白眼視などといった「行く手を阻む様々な問題」が発生するからだ。

どんな逆風のさなかにあっても、それを乗り越えた先の未来を信じ、今の「不快」をすべて「快」に変換し続けられるだけの『覚悟』はあるか?
結局、『夢』=『覚悟』
『自己満足』とはやはり、次元が違うのだ。

目の前にいるのは【法人】だが、ついあなたは感慨にふけった。

あなたが初めて不倫の相談を受けたのはずいぶん昔だ。
当時のあなたはたぶん、21、2歳だった。

ろくに恋愛経験もないあなたが、妻子ある男性との関係に悩む一回り以上年上の女性から、未知の世界の領域の話を聞きながら面談を展開する。
まだ若く、人生経験や人間的深みを軸にトークを展開するなどという芸当はできない。

これは相談業一般に通底する問題だが、年齢が若いことが不利な状況を生むことが多い。

(こんなに若くて、私の置かれた立場やその苦しみが理解できるの?)
という不信感を抱かせてしまうからだ。

それは、本当の信頼を得るまでの間、継続する。
常に相手の不信感にさらされ、態度や言葉は絶え間なく観察される。
それを受け入れることからスタートしなければならないのだ。

その時の依頼者は、かつてあなたが鑑定した相手からの紹介だったため、その点で最初から信用のゲタを履いた状態だったが、それでも手のひらのデータベースをいかに深く読み込むかがすべてのカギで、一心不乱に彼女の手を凝視しながら解釈し、読み取った内容をアレンジして話をした記憶がある。

宮城県株式会社のケース(3)

あのころと比べれば・・
とも言えない。
1個人相手なら経験と記憶を頼りに、繰り返しで対処できる部分もあるが、今回は全てが手探り状態になる。
【法人】の体内環境を取り扱う者として、どこからアプローチすべきか。
しかも、インフォームドコンセントと同時に処置をし、2度と会わない相手に対する生活指導までを完結させねばならない。

(ン・・?)
思えば、これまでの【法人】鑑定だって同じことだ。
・2代目社長と古参社員の間に生じた亀裂
・「学歴」=「実力」と認識して無茶な採用活動を繰り返してしまう心の偏り
・長年乗り続けた運の波から振り落とされた力不足の経営者が感じている焦燥感

一番最近の鑑定では、一流ビジネス誌に大々的に取り上げられる仕掛けという、あなたの人生で全く未知で無関係と思う分野で暴挙をやってしまった。
今日現在ではまだその結果は出ておらず、心落ち着かぬ日々を、ビクビクしながら送っているありさまだ。

最後のは措置が特殊ケースだったが、いずれにしても、【法人】の相談内容の表面的な言葉の後ろに横たわる、得体のしれない「場が持つ病理」みたいなものの存在を感知し、財務諸表を見たり、社内の会話情報を抽出したり、業務手引書を閲覧したり、その時々に応じて社内のデータベースから実情を読み取って将来を予見し、手相で検証する(手相が先の場合もあったが)。
これを繰り返してきた。
こういうやり方をしようと自信たっぷりに始めた理由は、「個人で経験済み」だったからだ。

そして今度は「社内で頻発する不倫」。
ということは、やはり王道で人事データを見てみるべきだろうか。
【法人】に社員マスタを表示させ、不倫フラグに「1」を立てた社員だけを抽出した。
社内に相手がいる同士で並べてみると、男性が年上のカップルがほとんどだが、女性が年上という組み合わせもある。
男性が年上の場合、ふたりの年の差は大きいのに比べて、女性が年上の場合は年齢差がさほどない点があなたの目を引いた。

(こういう関係の場合、女性は相手に「父性」を求め、男性は相手に対し、自分が「弟であること」を求める傾向があるのだろうか)
しかし、女性が「父性」を求めるほど年齢の差がある割に、その付き合いが深まるにつれ男性側に「未成熟さ」が顕著になるケースも見られ、第三者として女性側から話を聞いていると、相手の男性はほぼ同年齢で、いかにも頼りない人間像として印象される。
しばらく話をしてから相手の年齢を聞いて驚くこともあるが、彼女たちの多くはなぜか、相手の年齢を伏せたまま相談してくる傾向があり、どこかで心理的なブロックが働いていることがうかがえる。

あるいは、相手男性から父性を感じる一方、逆に自らの母性を相手に当て込んで、まるで我が子を守るかのような態度が表れるのかもしれず、だとすればこれも共依存の一環かもしれない。

(まあ、それはいい)
ついつい昔のクセで、個人をターゲットに考えてしまったが、今の相談相手は【法人】だ。視点を変えて、対応方法を一から構築する必要がありそうだ。
(いや)
視点を変える必要はあっても、対応方法を構築し直す必要があるだろうか?

不倫であるかどうかを問わず、あなたが恋愛相談を受け付けた場合にまずすることといえば、相手の全体像をつかむことだ。
というより、相談内容の如何を問わず、それは共通している。
相手の要求が、恋愛・結婚に関する情報の提供であったとしても、短絡的に結婚線や恋愛線を見たりすることはない。

「あたし、いつ結婚する?」
などと言いながら手のひらを突き出してくる女子もいるが、あなたは基本的にそういう手合いは相手にしない。
それはコンサルタントが出会った早々の相手から
「どうすれば売上が上がる?」
と言いながら財務諸表を突き出されても、まともに対応しないのと似ている。

岩手県株式会社のケース(1)

【ビールの指輪】

40歳以上を対象にしたこのサービスを、あなたは知らなかった。
アミューズメント施設を経営する企業が、ビアガーデン専門の子会社を設立し、直営展開して話題になりつつあるとのことだ。

「岩手県株式会社」と名乗ったその【法人】の顔は、いつものあの男だったが、今回はまじまじと見つめてしまった。
(仮名に意味はあるのか?)
特徴的な名を持つ話題のサービスなら、最初からあなたが社名を知っていてもおかしくない。この男が親会社(アミューズメント)でも、子会社(ビアガーデン)でも特定は容易だ。隠す必要などないだろう。

(どうしても日本を縦断させたいのか?)
あなたの前にも、あなたと同じように【法人】の相談を受けていた受託者たちがいる。
同じように、仮名を北海道から順番に南下させていて
「今度の人は静岡までだった」とか、ハローワーク内ではそんな会話が行われているのだろうか。
あるいは管理の都合上、あなたと同じことをしている受託者と重複しないように、そちらでは国名とか山や河川の名称が使われているのだろうか。

まあいい。ハローワーク側のそういった「設定」は無視すると決めていたはずだ。
あなたはあなたのことだけをする。というか、ハローワークを上回る強さであなたの側の「設定」を押し通す。
今のところそれで通用しているようだから、行けるところまでこの路線でいこうと思っている。

問答無用で手のひらを見ようとしたが、次に【法人】が口にした言葉で、あなたは考えを改めた。

「私は、その指輪に使われる部品のメーカーです」

(そうきたか)
あなたが反射的に思ったほど、単純な図式ではなかった。

アミューズメントを営む親会社にとって、ビアガーデンのビジネスはベンチャーで乗り出した、いわば「様子見」だった。
本来は、遊びの要素を取り入れた新しいタイプのビアガーデンとして、自社で展開したかったが、業態が違ってしまい色々と不都合が多いので断念し、子会社化した。

それほどの大手企業ではなく、資金力にも限界があったので、子会社への資本投下は慎重に、というか、任された実行責任者の実情としては逃げ腰に実行された。
当然、アイテム開発のために大金をかけて大企業と組むことなどは出来ず、ほとんど「町工場」というに近い岩手県株式会社をパートナーに選んだ。

『ビールの指輪』という名称は、40代以上の層にはなじみ深い、むかし大ヒットした『ルビーの指輪』という歌謡曲をもじったものだ。

最大40人程度まで収容できる会場内に、3台のビール供給機が置かれていて、それぞれが生ビール入りの大きなタンクとつながっている。

客に提供する容器は小さいものから順に、
1. プラスチックカップ(小)<約120ml>
→2.プラスチックカップ(中)<約180ml>
→3.小ジョッキ <約250ml>
→4.中ジョッキ <約300ml>
→5.大ジョッキ <約500ml>
→6.ピッチャー <約1600ml> となっている。

客はビール供給機の前に手ぶらで立ち、容器種別を6つのボタンから選択し、読み取り口に指輪をかざす。
指にはめてさえいればグーでもパーでもよく、手のひらでも甲でもかまわない。
指輪とビール供給機の交信が完了すると、指定の容器に注がれたビールが受け取り口から、『ルビーの指輪』の曲とともにスライドして出てくるという仕掛けだった。

会員制で、入会金を払って登録すると、識別登録した指輪が渡される。これが会員証の役割を果たす。入会条件は40歳以上だ。

利用人数分の入場料を払って店内に入るとビールは飲み放題。食べ物は有料だ。時間制となっていて、入退時刻は指輪でチェックされる。
会員が同席していれば非会員も利用可能だが、ビールの注文には指輪が不可欠なのだ。

一見不便に思えるこの供給システムに、ヒットの大きな要因があった。

つまり、非会員の女性が多くいると、男性会員はビール供給のために引っ張りだこになって「モテる」という付加価値の提供が大いにウケたのだ。

「指輪は装着した状態でなければ機械が作動しない」というところにポイントがあり、テーブルに置いた指輪を全員が道具のように使い回すのではなく、誰が使うにしても必ず指にはめなければならない。
後述することになるが、会員価格はプレミアムで、それに比例して指輪のデザイン性も高く、粗末には扱えない外観だ。そのためほとんどは会員の指にはまったままとなる。

だから、ビールが欲しい場合は会員に取りに行かせればよいのだが、それでは気の毒だということで、たいていは一緒に連れ立って供給機まで歩いていくことになる。
どちらも嫌なら、会員から受け取った指輪をはめていかねばならない。
となれば後は言うまでもないが、中年男の他愛ない夢の実現(女性が嫌がらないかぎりだが)が待っている。
指輪をはめてあげるところまではしなかったとしても、最低限のスキンシップとして「指輪の手渡し」が都度発生する。

何やら男女間の怪しい空気が醸成されそうな舞台装置で、いかにも若いベンチャー企業が力任せにやったお騒がせ企画のような印象も、当初はあった。
しかし、会員が若い男性を同席させて『供給係』に仕立ててやることで、女性との縁を作ってやろうとするようなケースも多く、当初懸念された「不倫の養成所」的なイメージは、意外に早く打ち消された。

そんなこんなで、「会員は40歳以上」と規定しているにもかかわらず、若い世代がこのシステムに親しむようになり、口コミやネットコミがメディアに取り上げられるまでの期間は短かった。

そして、メディアに登場したとき一番インパクトがあったのが(というか、メディアも不倫イメージが前面に出ないよう、積極的にそこをアピールした)、ビール供給機と指輪の「お遊び感覚のコラボレーション」だった。
アミューズメント企業の面目躍如といったところだろう。というより、そもそもビアガーデンを始めた理由は、これがやりたかったからなのだ。

ビール供給機の前に立ち、容器サイズの選択ボタンを押さず、その横の付属マイクに向かって
「ビールの指輪!」
と発声して指輪をかざすとランダムモードになるというものだ。
酔っぱらった男は子供に戻る。
変身ヒーローを気取ってオーバーアクションで指輪をかざし、笑いを誘う姿は日に何度見られるかわからない。

ランダムなので、どのサイズが出てくるかは、ゲートが開いてせり出して来るまでは不明で、見守る周囲のワクワク感が高まる。
狙い通りのサイズが出現したときには歓声が上がり、彼は文字通りヒーローになれるのだ。
希望と違うサイズが出てきても、それはそれで笑いが起こり、罰杯をあおって盛り上がったり、小ジョッキが欲しい時にピッチャーが出てきたときなどは、他のグループ客の席へ注いで回ったりして、思いがけない交流も生まれる。

20代の元気すぎる若者だけの集団では羽目を外しそうな要素満載の企画だが、その歯止めにもなる「40歳以上限定の会員制」だ。
入会金は「ただの酒好き」程度ではわざわざ手を出そうとは思えないほどのプレミアム価格にした。
中高年の中でも特に、陽気にはしゃぐのが(それも女性を交えて)好きで、そのことにはプレミアム価格を払ってもよいと考える層を狙い打っているだけに、指輪のデザインは相当に洗練され、女性から見てもジュエリーとして遜色ないレベルに仕上がっている。しているだけで「おしゃれ」なのだ。

このことは、「それじゃあ最初に、指輪はテーブルに置いといてもらって~」などと粗雑に扱われることを防止し、『はめたままでないと供給機が作動しないので必ず同伴』というシチュエーションに持ち込みやすくする意味でも会員メリットを提供していた。

新しいタイプのこのビアガーデンは、会員にとっていろんな意味でのプレミアム感を享受できる場所であり、若い世代にとっては、いつか自分も入会したいあこがれの空間となった。
その空間への「案内人」である40歳以上のオジサンたちが身に着けている『指輪』が、“あこがれの空間の象徴”として、様々な媒体で描かれるようになった。
予算が厳しい中、カネの賭けどころを上手く当てたことが、何十倍、何百倍ものリターンをもたらした。
さらに、ビール供給機のランダムモードでニュース性を演出し、ネタを探すメディアに売り込んでWIN-WINの関係を築くことができ、マーケティングは大成功をおさめたのだった。

(なるほど)
あなたは成功物語を聞きに来たのではない。
『ビールの指輪』で成功を果たした運営会社の陰には、指輪に演出効果を与えた立役者がいる。
成功の陰で問題を抱えた陰の立役者は、人には言えない翳を抱えてあなたに会いに来た。
この話の背後に横たわる問題への対応こそ、あなたの関心事だ。

岩手県株式会社のケース(2)

スタビライザー。
【法人】は何度もこの単語を口にしたが、正直なところあなたには正確に伝わらなかった。
スタビライザー = 姿勢制御装置?
そんなことを何となく思い浮かべるだけで、技術的なことには深入りしないつもりだった。
ランダムモードで調子に乗ってオーバーアクションした利用者の指先が、ビール供給機の読み取り口に近づいたとき、理想的な形で交信がされるために必要な技術なのだろう。

たしかに、いい気分でポージングしているときに、年がら年中エラーが起きて機械が作動しなかったら白けてしまう。
ビールの注文で客に面倒をかけるリスクを採ったのは、順調な機械動作の裏付けがあればこそだ。
薬効と毒性が紙一重なクスリのごとく、好評とクレームは皮一枚の表裏だったが、場末の町工場にひっそりと息づいている名工の技術が、それを支えていた。
ビアガーデンの運営会社(以後『ビア社』)にとって、それは想像を超える嬉しい誤算だった。ビア社の実行責任者にしてみれば、規模は小さくとも商売にできた実績さえあれば親会社への顔が立つので、指輪に関してはもう少し粗雑な仕上がりでもよかったのだが。

大方の案に相違して、ビジネスは急成長した。
想像をはるかに超えるニーズに対し、供給がまったく間に合わない。予約がさばけないのだ。
当初は3時間だった時間制度を2時間制にしたが、そんな程度では話にならない。
「プレミアム価格の会員なのに、たったの2時間で出されるのか」という客の意見が続出した。たしかに払わせた金額を考えたらもっともなことだ。
予約受付の窓口担当者は、希望日時を断られた会員の「それじゃあ、その次の枠は?」と、常識的な延期日時を期待した質問に対し、「2か月先まで埋まっておりまして」と答えてムッとされることが苦痛になった。

どんなにプレミアムを謳っていても、せんじ詰めればビアガーデンだ。気軽に利用できる場所というイメージが、誰の意識にも深く刻まれ、生活の中に溶け込んでいる。
「今日はビアガーデンで飲んでいくか」とか「今週末はみんなでビアガーデンに行こう」など、リアルタイムのニーズが当たり前の中で、あまりにかけ離れた予約しか取れないようではビジネスが維持できなくなる恐れがある。

好評に気を良くした親会社(アミューズメント施設運営会社(以後『アミ社』))は、投資回収は完了していなかったがビア社への増資を決定し、事業の拡大(店舗展開)を命じてきた。2号店、3号店の開設が進められることになったのだ。

岩手県株式会社のケース(3)

ビジネスが予想以上に急成長したときに起きる代表的な問題は「品質低下」だ。
これは、製品の品質である場合もあるし、事務品質の場合もある。
それから見落としがちなのが、自社は何とかしのげても、外注先や提携企業がパンクしてしまうことだ。他社の内情までは詳しく知らないから、そんなに切羽詰まっている状況が把握できず、急に納期が遅れだしたり、ミスの連発が起きて何事かと追及したら、「そんなオーダー数に応じられる能力はない」と打ち明けられることがある。

事業を始めたばかりの無名企業と組んでくれるのは、地元で同じように小さく事業を営む会社であることが多い。
釣り合いの取れる規模のうちは良いが、片方が急成長を始めると、もう片方がそれについていけなくなる。
ビア社の場合、急成長による自社内の品質低下は、親会社からの資金援助が早々になされただけでなく、親会社と同じビルのフロア内にいるので、勝手知ったるアミ社の社員が応援要員として駆け付けるなどの手厚い保護が為されたことで随分回避された。

しかし、指輪の心臓部を託された岩手県株式会社は、単独で事業を営む地元の小さな町工場にすぎない。熟練工の社長(オヤジ)と二人の息子のほかは、事務の女性をひとり雇っているだけの陣容だ。
当初ビア社の事業部長は「ひと月に5個も作れればいい」という見込みでこの話を打診してきた。
「いいよ。そのくらいなら」と、オヤジが引き受けて始まった。

ところが、たった4か月後には注文数が「ひと月に300個」になった。
工場では他の仕事も受注している。それらも手掛けながらだと、休みなく働いても月に15個が限度だった。
前月に78個の注文を受けたことに驚きながらも「断る口数より、やった方が早い」とだけ言って淡々と仕事をしてきたオヤジですら、これにはさすがに音をあげた。

オヤジだけが持っている“感覚”が、スタビライザーを実現させる。息子たちにはできない。オヤジが担当している他のことをどれだけ息子が引き受けても、絶対的に時間不足だ。
それに、職人の仕事には長年の経験で自然に身についた理想的なリズムがある。前後の作業をすべて人任せにすると、肝心な部分の精製が上手くいかない。
単なる計算で効率を追求しても、この場合は解決策にならないに違いない。

(さすがに、今回の話にはシステム会社は出てこないだろう)
あなたは、【法人】の話から、この問題に対するアプローチの困難さを思った。組織としての絶対的な限界というだけなら、インフラを充実させて(その資金があればだが)対処する道はあるが、この場合はオヤジさんの時間と体力だけが頼りで、完全に一個人に依存している。オヤジさんが体を壊したら指輪のクオリティは維持できず、ビア社の事業も、アミ社の目論見も崩壊する。

アミ社は株式上場企業なので、当然株価への影響を考えて、何が何でもビア社の事業を継続させたいはずだ。岩手社社長の時間のやりくりや体調などは当然ながら眼中になく、子会社であるビア社に厳命を下し、その威を恐れるビア社は岩手社に対してひたすらハッパをかけ続けてしまうだろう。

(オヤジさんが心配だ)
オヤジは54歳。二十歳で独立してから34年にわたって、職人として地道にこの小さな工場を営んできた。
「工場が火事場のような騒ぎになっているとき、システム会社が来まして・・」
(来たんかい!)
【法人】の淡々とした話に、あなたは内心つんのめった。
「生産管理システムの導入を勧めてきました」
(・・・)
「オヤジは『たった4人の工場に、そんな大げさなものがいるか』と追い返しました」
(それはそうだろう)
「その後、何社ものシステム会社が来るようになったので、応対は息子たちに任せるようになりました。オヤジは『ウチの名前はテレビに出てないのに、よく見つけるな、こんな小さな工場を』と呆れていました」
ビジネスだから、それはやはり、鵜の目鷹の目で探し出すのだろう。ビア社やアミ社から聞くことができるだろうし、銀行筋から得られる情報もあるはずだ。当然、銀行も融資の勧誘に来るだろう。

「融資、投資の勧誘のほかに、取材の申し込みや広告掲載の売り込みなども多数来ています。オヤジが息子たちに対応を任せるようになったのは、それらに付き合っていられないからです」
あなたは岩手社に同情した。仕事の邪魔になるほどやってくる訪問者たちのきっかけを作ったビア社やアミ社は、オヤジの仕事への妨害に対して保護などはせず、何とかの一つ覚えのようにハッパをかけて促進させることしかしていないようだからだ。
幸いなのは、気の強いオヤジがビア社の担当者にへつらうことがなく、技術面に出しゃばってくると頭ごなしに叱りつけるだけの気概を持っていることだ。【法人】が言うには、ビア社やアミ社の社長が“陣中見舞い”に来た時ですら、普段と全く変わらない態度で接していたらしい。

「ウチは別に『ビールの指輪』の仕事が無くても、それなりにやっていけるんです。オヤジもそれほどこだわっていません」
そんな気がする。仕掛けが上手く当たり、マスコミの持て囃しに踊るアミ社や、親会社であるアミ社の顔色を窺うビア社とは、たまたま『技術』という接点でつながっているだけであり、同じようにつながっているたくさんの会社の中のひとつにすぎない。

岩手県株式会社のケース(4)

(いっそ・・)
と、ふとあなたは思った。

たしかに『ビールの指輪』のコンセプトは面白い。だが、今と同じ盛り上がりはそう長く続かない気がする。一時の過熱にあおられて、自分の姿を見失ってはならない。

(岩手県株式会社に、この仕事はふさわしいだろうか)
どちらかと言えば、高い技術力で先鞭をつけ、後進が歩む新しい道を切り拓く役割がふさわしいのではないか。
切り拓かれた道を均していくのはその後進(他社)たちで、道なき道を往くのがこのオヤジが率いる岩手県株式会社の精鋭たちと考えれば、製品を提供したビジネスが成長期に入ったのを見届けた時点で、自身はフェードアウトしていくのが自然だと思う。

せっかくヒットしたにもかかわらず、オヤジがこの仕事にこだわりを見せないのは、そういう自分の役割を知り、身を引くべき時期を察しているからこそではないか。

だからいっそ、撤退してはどうだろう。
【法人】の誘導で、社長や社員の動きは方向づけられる。
あなたが自分の直感を、目の前の【法人】に示唆することで、会社の舵が切られる(ということらしい)。

実行されるか否かは定かでないが、いずれにしてもあなたの解釈投与には大胆かつ慎重な判断が必要だ。
あなたなりの見切りをし、論旨展開するための情報が欲しい。
あなたは【法人】に、手のひらを見せるよう要求した。

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岩手県株式会社(左手)
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岩手県株式会社(右手)
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今回の基本線ガイド
個人 【法人】
生命線 取引線
知能線 製品線
感情線 社員線
運命線 取引先線
太陽線 市場(マーケット)線

第一印象は、「知能線(製品線)から伸びる太陽線(市場線)」だ。
普通の個人の鑑定なら、「才能で金運をつかむ相」というトークを展開できる。
【法人】に置き換えても今までの話を立証するかのような相で、オヤジさんはその技術で業界にしっかりと根を下ろしている。
部品の仕入先も顧客も、オヤジさんの技術を認め、信頼する中で関係が築かれており、製品に立脚した市場での存在感が明確に表れている。

また、右手の運命線(取引先線)が生命線(取引線)から昇っている。右手なのでいずれも売上を意味する。
オヤジさんにとって、納めた製品への思いは、自分の分身か家族に対するもののように強く、それほど強い思いを込めた製品が信用や評判を生み、次の売上へとつながることを明示している。

実際にデータベースの取引記録から確認しても、一度納品した機械や部品の修理依頼はほとんど見られず、むしろ周辺機器である他社製品に起きた故障修理や、岩手社製の部品が組み込まれている本体そのもののメンテナンス依頼が増えてくる傾向がみられる。
岩手社製品の高い安定性が同社への信用を築き上げ、他社を利用していた取引相手が乗り換えてくる形で、商売は繁盛していた。

また、製品を雑に扱う相手を避ける嗅覚も優れていると、あなたには感じられた。
今回の『ビールの指輪』についての企画が持ち込まれた際の会話の中でも、デザイン性の高さに強い関心を示していたと【法人】が話すので、オヤジさんは装飾品に興味を持っているのかと質問したが、腕時計すらしないタイプで、服の質の良さにはこだわるが、装飾に対する執着は全くないらしい。
指輪のデザインへの強い関心は、自分が作った製品が実際に使用される現場を想像し、大切に扱われる環境である手ごたえを感じたからではないかと思われる。

岩手県株式会社のケース(5)

手相とデータベース(あなたにとってはどちらも同じものだが)、いずれの判断材料も、岩手県株式会社が「高品質の多品種少量生産」あるいは「一品もの」に適していることを示している。
岩手社を訪れている各システム会社の営業は生産管理システムを提案してきたというが、規模を追わないこの会社にはそぐわない。
話を聞くと、どのシステム会社も、今話題沸騰の『ビールの指輪』の部品用にという話で勧めてきているようだが、それはあきらかな過剰投資だ。

「『今導入して御社なりの使い方に慣れておけば、将来のスムーズな多角的活用へ移行できます』と言ってきた会社もありましたが、それはどうでしょう」
【法人】はあなたにそう訊いてきた。
勢いに乗せられた今回の話は抜きにしても、いずれは必要になるものなのではないか、という検討もされているらしい。おそらく、二人の息子たちはまだ若い世代だけに、IT関連のそういった話には少し引き付けられるところがあるようだ。

それはどうだろうか。
あなたはそうは思わない。
大きな企業では「システム導入は何年何月から運用開始したい」と時期を基準にできるのに対し、小さな企業では「システムは今この瞬間から使いたい」という切羽詰まった状況であることも多い。
ニーズが、焼け付きそうなほど高まっているというのに、導入されてから使い方のレクチャーや訓練が始まるようでは使い物にならない。
払っただけの金額に見合わないのだ。心情としては金額の桁をゼロ2つ3つ取り払いたくなる。

そうなってしまうことを防ぐ意味でも、早くから自社業務のIT化について検討し、使用練度を上げておくことは非常に大きな要素になり得る。

しかし、IT化の練度についてシステム会社に「相談」する程度ならともかく、パッケージを買う前提での「商談」は、将来“多角的活用”の筋道が立ってから始めるべきだと思う。
むしろ“使用練度の向上”などはユーザーを煽るよりも、システム会社が豊富な経験に基づいて自らの手を砕き、インターフェースのデザインや操作性においてカバーすべき内容だ。
未知の将来を「保証」したかのような甘言に釣られて、早計なキャッシュアウトを考えてはならない。

システム会社はそれで断るとしても、問題は『ビールの指輪』のビジネス拡大に、どう対処すべきかだ。
今のオヤジさんは、『ドラゴンボール』の連載を終わらせてもらえなかった鳥山明と似たような立場にあるようだ。
集英社をはじめとする『ドラゴンボール』という作品の利害関係者が、連載終了による実害(株価への影響まで考慮された)を回避するため、もう止めたいと願っていた作者の意向がなかなか通らなかったというあれだ。

むろん、『ビールの指輪』はまだそこまでのレベルにはなっていないし、ロングセラーにもならないだろうが、ヒット商品に乗った企業の都合で、才能ある一個人がギリギリと締め付けられてしまう点は似ている。

上り坂の真っただ中で冷静にブレーキを踏める事業者は少ない。
「いない」と言い切ってもよいはずだ。
今のビア社、アミ社に自らの足でブレーキを踏ませようとするのは不可能と言っていい。岩手県株式会社の撤退は、絶対に認めないだろう。社長が倒れてしまったら、今度は息子たちに矛先を向けてくるのはわかりきった話だ。

(スタビライザーの開発ノウハウを、大量生産が得意な工場へ売れればいいのに)
素人のあなたはそう思うが、そのノウハウが、教えて伝わるものではないためにこの問題が起きている。それは理解しているのだが、解決方法が思いつかずに堂々巡りするうちに、ついつい「他所へ売れればいいのに」という短絡的なフレーズにぶち当たってしまうのだ。

岩手県株式会社のケース(6)

(しかし、『スタビライザー』ってなんだ?)
【法人】の説明序盤で早々に放棄したこの言葉に、再び戻ってしまった。
改めて【法人】に質問してみると、どうやらこういうことらしい。

「ビールの指輪!」という音声を感知したビール供給機の読み取り口からは、半径60センチの範囲に微弱な電波が10秒間放出される。
放出範囲が広すぎたり、その時間が長すぎたりすると、近くにいる他の会員の指輪が反応して誤作動を起こす可能性があるので、その防止のため「60センチ、10秒」を限度とした。
mode_rnd
照射範囲内に入った指輪は、供給機からの電波の存在を検知すると同時に発信元を突き止め、受信信号を送り返す。
1秒間に128回の送受信が連続成功した時点で、「accept」の情報を供給機側へ送り、ランダムモードの「注文」は完了する。

ちなみに、客が容器の選択ボタンを押した場合(通常モード)の電波放出範囲は短く、20センチを限度としている。
mode_nml
通常モードで容器サイズを決定する場合、普通は派手なポーズを取らない。会員は読み取り口の正面に指輪をかざすだけなので、電波の送受信は20センチ以内で行われると考えて問題ない。

しかしランダムモードを選んだ場合、会員の手は照射範囲などお構いなしに動き回り、半径60センチの外へ出てしまうこともある。
どの角度へどんな速度で移動しようとも、そして、その途中で照射範囲の外へ出ようとも、単位1秒の中で正確に発信元を特定して交信を行える機能を、小さな指輪の中に装備させたのが『スタビライザー』と呼ばれるものの正体だった。

(へえ)
無感動で平坦な感想しか、あなたは持つことができない。
機械が苦手なあなたに、こみ入ったエレクトロニクスのメカニズムはどうにも馴染めない。
しかし、それほどの機能を指輪のパーツに仕込んだ技術の凄さはわかる。

たとえば、小型化をイメージすることはできても、それを制作するための部品や工具、そして動作イメージが伴わないと空想にすぎない。
だから、大多数の人間にとっては空想の域を出ない。
そんな中、岩手社のオヤジさんだけにはそのイメージが出来、しかもそのとおりに手を動かせる力があったということなのだろう。

(それにしても、なぜ『指輪側』に機能を集中しなければならないのか)
今聞いた話によれば、ランダムモード時に複雑な機能を発揮するのは指輪側ばかりで、デカい図体をした供給機側では、「ビールの指輪!」の音声を認識して半径60センチ範囲へ電波を送信し、交信完了後は乱数を発生させてサイズ選択をすることしかしていない。サイズが決まってからの動作自体は、普通の自動販売機とさほど変わらないはずだ。指輪と供給機の両者で、受け持つ機能に差がありすぎると、素人のあなたにも感じられた。

現在は、発信体である供給機の存在を、受信体である指輪が捕捉する方式で動いているが、考え方を逆にすれば良いだけな気がする。
『スタビライザー』は、指輪サイズだと岩手社のオヤジさんにしかできない仕事になるが、供給機側に付けられる大きさなら、比較的簡単に実現できるのではないだろうか。
あなたは【法人】にそう話してみた。

「実は当初は、ビア社はそういう形にしたかったようです」
【法人】はそう語り出した。
「【法人】の記憶」にそれが残っているということは、社内でその会話が行われていたということだ。

(やはりそうか)
このビジネスでは、指輪は「大切に扱われる」ための高いデザイン性さえ確保できればよい。どれだけ欲張っても、本人識別機能まで装備できれば十分だ。スタビライザー機能は明らかなオーバースペックである。
どう考えてもその機能は、供給機側に搭載するのが自然だ。

「それができずに、指輪に頼る仕組みになってしまったのは、ビア社の予算のためです」
(うーむ・・)
何となく話が見えてきた。

岩手県株式会社のケース(7)

ビール供給機は飲料メーカーとの提携で、その傘下にある企業が開発を担当した。
最初は全機能を供給機に持たせるつもりでいたが、開発費用の見積もりを出させたところ、ビア社が考えている予算をはるかにオーバーしていた。
しかし、ビア社が親会社であるアミ社の意向(威光?)を無視できないのと同様、供給機開発会社も飲料メーカーから示唆された受注予算を減額することはできず、交渉は平行線をたどることになった。

進退に窮したビア社は、供給機には音声認識及び、乱数発生と自動配給機能だけを注文し、残りはエレクトロニクス業界の一部で高い評判と噂される岩手社に依頼することになった。
岩手社にしてみれば、ビア社の予算的なしわ寄せを受けてしまったようなものだ。
(安い予算で高い技術を提供した挙句、今度はこき使われようとしているのか)
あなたは岩手社に同情した。

「今なら、もっと予算を大きくとれるんでしょうね。飲料メーカーにも強気で出られるはずでしょうから」
【法人】は述懐するかのように言うが、これも岩手社の社内で交わされる会話なのだろう。
予算を大きく取って、指輪偏重(技術上の)となっている今のスタイルを根本から変えてもらわないと、と【法人】は言う。

早朝から黙々と工作機械に取り付くオヤジさんと、来訪者への応接とオヤジのフォローでせっせと働く息子たちと事務員。みな休日返上で遅くまで頑張っている。これ以上の負荷はかけられない。今の状態が続けばいずれ誰かが倒れ、一人失っただけで岩手社は崩壊する。

(この場合、誰に対してどう働きかければよいのだろう)
あなたは首をひねった。
もし、今あなたの前に座っているのがビア社またはアミ社だったなら、あなたはその【法人】に次の行動を示唆すればよい。彼らは適宜、社内の必要な人間を誘導し、岩手社を救う働きをするだろう。

要は、指輪と供給機の造りを変えることだ。
そうすることでより多くの利用客を獲得でき、店舗展開も今よりずっとフットワークが良くなる。名工の手が動く速さでしか進まない今の状況では、彼らも首が締まるのだ。

しかし、残念ながら目の前にいるのは救われるべき岩手県株式会社。
職人肌のオヤジさんは、手練手管を使ってビア社を動かすような細工には縁遠い。それに、目の前の巨額な利益をむさぼろうとするビア社とアミ社の欲望はあまりにも強大だ。いかに【法人】がオヤジさんを誘導したとしても、効果が表れるのに時間がかかりすぎて、岩手社に犠牲者が出る方が早いだろう。