宮城県株式会社のケース(1)vol.112

何か複雑な気持ちだ。
あなたは顔にこそ出さなかったが、この後の面談はどういう展開を見せるだろうかと戸惑った。

まさか【法人】から不倫の相談を受けることがあるとは、思いもよらなかった。

まあ、【法人】という存在からの相談自体が、しばらく前までのあなたには思いもよらないものだったが……。

宮城県株式会社のケース(2)vol.113

行く手を阻む様々な問題を乗り越えた先の未来を信じ、今の「不快」をすべて「快」に変換し続けられるのが『夢』だとする。

行く手を阻む重苦しく具体的な問題を棚上げし、目をそらすために未来を妄想し、つかの間の「快」を繰り返しているだけなのが『自己満足』と言えるだろう。

単なる自己満足にすぎないものでも、それを夢に変えれば、行き詰っていた道が開けてくることはある。
ただし、何でもかんでも夢に変えてもよいのか、ということだ。

不倫が「単なる自己満足の2人前」にとどまっているからこそ、周囲を巻き込んでの大騒動を引き起こさずに済んでいるという現実もある。

ある意味、当事者たちの倫理により、単なる自己満足的な不倫に抑えているという側面もあるだろう。

これを夢に変えようと勇んでしまったら、どちらかの、あるいは双方の家庭を破壊し、家族親族との決裂が起こるだろう。

他に、仕事面では左遷・離職、地域社会ではウワサ話と白眼視などといった「行く手を阻む様々な問題」が発生することも想像に難くない。

どんな逆風のさなかにあっても、それを乗り越えた先の未来を信じ、今の「不快」をすべて「快」に変換し続けられる覚悟はあるか?

結局、『夢』とは『覚悟』であり、『自己満足』とは次元が違うのだ。

目の前にいるのは【法人】だが、ついあなたはそんな感慨にふけった。

宮城県株式会社のケース(3)vol.114

相談者からの信頼を得づらい、若き日の頃と比べれば楽である…とも言えない。
なぜなら、1個人相手なら経験と記憶を頼りに同じパターンの繰り返しが有効だが、今回は相手が【法人】という得体の知れぬ存在だからだ。

その 【法人】の体内環境を取り扱う者として、どこからアプローチすべきか。
しかも、インフォームドコンセントと同時に処置をし、2度と会わない相手に対する生活指導までを完結させねばならない。

(ン・・?)
思えば、これまでの【法人】鑑定だって同じことだ。

・2代目社長と古参社員の間に生じた亀裂(▲▲社のケース)

・「学歴」=「実力」と認識して無茶な採用活動を繰り返してしまう心の偏り(北海道株式会社のケース)

・長年乗り続けた運の波から振り落とされた力不足の経営者が感じている焦燥感(青森県株式会社のケース)

一番最近の鑑定では、一流ビジネス誌に大々的に取り上げられる仕掛けという、あなたの人生で全く未知で無関係と思う分野で“暴挙”をやってしまった(岩手県株式会社のケース)。

今日現在ではまだ“暴挙”の結果は出ておらず、心落ち着かぬ日々を、ビクビクしながら送っているありさまだ。

宮城県株式会社のケース(4)vol.115

結局、いつもそうであるように、あなたは相手の問題よりも相手自身のことを知ろうと試みた。
あなたの問いを受けて、【法人】は語り始めた。

宮城県株式会社は、フィルターと送風機の製造及び販売を行う中小企業だ。

元々は空調機械用部品のメーカーで、特にフィルターと取付のジョイント部品を専門に扱っていた。

いくつかのメーカーに部品を卸していたが、ある大企業が宮城社の買収を画策している噂が流れ、業界に波紋が広がった。宮城社がどこか1社の傘下に入られると困るメーカーが複数あり、それらの主要株主である一人の投資家が、先手を打って宮城社を買い取った。

(なるほど)
少し興味深い話で、このまま空調機業界の裏側の話を聞いてみたい気もするが、今は鑑定を全うすることに集中しなければならない。

宮城社を買い取った投資家は、社長を続投させたのか、別の経営者を送り込んだのか?

それと、当然ながら会社に大きなストレスが発生しているから、社員たちが受けた衝撃も大きかったに違いない。不倫との因果関係も疑われるところだ。

宮城県株式会社のケース(5)vol.116

大きすぎる悪は、悪ではない、という言葉がある。人の持ち物を奪えば罪を問われるが、国を奪えば英雄とか君主と呼ばれる。

つまり、頂点まで行きついてしまうと、やることなすこと常識の物差しでは測れないようになってくる。

当初は、会社を買い取った本人が経営者になって乗り込んでくる、というので社員たちは緊張した。

側近を引き連れてやってきた新経営者が社内を蹂躙し、取り巻きだけがいい思いをし、既存社員は搾取されるだけになるかと警戒したが、そんなことは一切なかった。

新社長は小さな私利私欲とは無縁だった。

小金を手元に残すためのグレーな節税などには一切手を染めず、側近をつなぎとめるためだけのような、いやらしい便宜の図り方も全く行わない。

経費の支出についてもクリーンを貫き、例を挙げれば、たまたま出張先と同じ都市で開催される財界のパーティーへ夫人を伴って参加する場合など、夫人の交通費や宿泊代を会社の経費では落とさせなかった。

宮城県株式会社のケース(6)vol.117

「社長は、市場の転換と拡大を手掛けたのですが、その時最も重視したのは『市場における自社戦力の留保』でした」

(?)
言っている言葉は理解できるが、言っている意味が理解できない。

あなたの目が点になっていることや、その理由は関心の外らしく、【法人】はそのまま言葉をつなごうとしている。

(どうしようかな)

【①:話を続けさせ、後で話の腰を折る】か、【②:最初に話をストップさせてから、ノンストップで話させる】か?

対話コミュニケーションにおいて、この選択肢が重要になることがある。

何となく①は「わからないなら最初に質問しろ」と怒られそうな気もするが、必ずしもそうではないとあなたは考えている。

話の途中で腰を折られたことがきっかけで、仲間内では説明不要と決め込んでいる事柄が、実は顧客への説得力に欠けるものだと気づく等、甘かった点が浮き彫りになることがある。
そんなときは②より①のほうが効果的だ。

あなたは、【①:話を続けさせ、後で話の腰を折る】を選択した。
この後何を言おうとしているのかがまったく不明瞭なまま、あえてしゃべらせてみた。

相談業としては、ある意味冒険的な態度だ。

宮城県株式会社のケース(7)vol.118

とにかく今の話から推測すると「市場における自社戦力」とは『社員』ということになる。

「人は石垣、人は城」は戦国武将の武田信玄の有名な言葉だ。
「資本は人なり」は出光興産の創始者である出光佐三の方針である。

(臆面もなくそんな理想を掲げているのだろうか)
一瞬あなたはそう思った。
そういう綺麗ごとは、どの経営者も口にする。

しかし、現実には言葉とは逆になることがいかに多いことか。

たとえ経営トップが末端の社員ひとり一人に対し温情主義で臨んだとしても、間に挟まる幹部の質が悪いと結果は惨憺たるものになる。

せっかくの善政が捻じ曲げられて、社長の声が末端に届いたときには搾取同然の圧力に姿を変えてしまうからだ。

さっき【法人】が話したように、社員たちが圧迫や強制に怯え、あるいは怒りを感じているなら、末端の現実を知らぬ社長がいくら慈悲の言葉を並べても、社員はしらけるだけである。

当然生産性は落ちるし、ちょっとでも良い条件の職場を見つければ、迷うことなくそちらへ移ってしまうことだろう。

『労働力の搾取防止』『業界標準の1.3倍の給与』などという綺麗ごとを並べたところで、言葉どおりに社員が報われているはずだなどと、安易に信用はできない。どうせこれも茶番じゃないのか?

宮城県株式会社のケース(8)vol.119

【法人】の話を総合すると、高パフォーマンスを期待する投資家が、投資資金をここに使ったら良いのではないか? という要求を、自ら色々と試してみたい気持ちがあったのだろう。

社長はおそらく好奇心が人一倍強く、一族の中では異端ともいえるほどだったということが、このことからもわかる。

(面白い)
こんな形で社員たちを思い、職場環境を整える経営者の話を聞いたのは初めてだ。
では一体、社長は普段、社員たちとどんな接触をしているのか?

「自分は極力控えめにして、社員たちとの接触は連れてきた幹部や外部ブレーンに任せています」
【法人】はこともなげに言った。

大きな方針は幹部に伝え、事業遂行の上での細かな口出しはしない。
ただ、社員の処遇や教育・成長度合いについては強い関心を持っている。

その理由は、業界に影響力の強かった宮城社が保有している社員たちであるということに尽きるらしい。
とにかく彼らの経験値の掘り起こしにこだわっているようだ。

宮城県株式会社のケース(9)vol.120

(社員から得た、純然たる社業のノウハウを再投資するのか?)

社業を切り回すノウハウを得、士業的専門性を金銭調達してノウハウに肉付けし、適当なタイミングで会社事業を市場に投下してシェアを獲れればその利回りは大きい。

ベンチャーキャピタル(VC)が行うスタイルに近い。

違うのは、VCは上場させた後の株式売り抜きによるキャピタルゲインの利回りを狙うため「社業を切り回すノウハウ」はVCが用意した「上場審査をパスするためのノウハウ」だということだ。

だが、宮城社の社長の狙いがあなたの考え通りなら、まだニーズも市場も顕在化していない世間に対し、手製のチーム体制を投下し、新たな市場を築き上げることも十分に可能だ。

宮城県株式会社のケース(10)vol.121

(そういうことか?)
先走って出した結論を、あえてそのままぶつけてみた。

普段はあまりそういうことはしないが、この宮城社のように、相手の反応に無頓着で一本調子なタイプにはこの「一本調子返し」が効く場合がある。

「……そういう発言はしていないようですが」
先ほどまでの流暢な調子は影をひそめ、【法人】は少したじろいだような気がする。

社長自身はそこまで考えているかもしれないが、周囲のスタッフに話してはいないようだ。

ついでに、“あなたのトコの社長は当然そう思っているはずなのに、【法人】たるあなたはそれを知らないのかぁ。フーン”という皮肉な空気感に弱そうな様子が、目の前の男からはうかがい知れたことが興味深い。

(にわかエリートみたいで、からかうと面白いかもしれないが、それは後々必要なときの切り札にするとして…)
あなたは気を取り直した。