カテゴリー: 4:まだ遅くない、地力の作り方(青森)

  • 青森県株式会社のケース(1)vol.071

    (よくしゃべる)

    対面した瞬間から挨拶もそこそこにしゃべりだしたのは「青森県株式会社」。

    姿かたちは前回の北海道株式会社と名乗った男と同じだ。
    つまり、▲▲社とも同じ。
    ただし、別の【法人】だということを、あなたは理解している。

    【法人】たちは、この男の姿を使って、あなたのような『こちら側』の人間と接しているのだということを。

    (それにしても、どこが「青森」なのか)
    無造作に北から順番に付けているらしい仮の会社名には、あなたも内心で苦笑するしかなかった。

    四国の会社が「北海道株式会社」と名乗り、今度の【法人】は、あなたが持っている無口な東北人のイメージとはかけ離れたおしゃべりな男だ。

    「流れは来てるんですよ。社長はずっとそう言い続けて、業績は伸び続けていましてね」
    なぜこんなに滔々としゃべり続けるのか、あなたには最初、理由がわからなかった。
    わからないまま、今回はまず最初にパソコンの電源を入れ、財務諸表を見てみた。

    創業からは32年、会社設立からは26年を経ている。家具のレンタル業を営む会社だ。
    たしかに、設立から26年は、わずかな波を描きながらも業績は上がり続けている。

    (成長曲線の教材のようなカーブだ)
    財務諸表の数値をグラフ化して長期のライフサイクルに描画してみた。

    成長期から成熟期に入ったところで、もう一度成長(上昇)のラインが生まれ、改めて成熟の緩やかなカーブに落ち着いている。

    2度目の上昇の時期に何があったのかを質問するだけでも、かなり有用な情報が得られるに違いない。

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    今回はかなり、コンサルタントっぽい導入になったなと、あなたは内心手ごたえを感じている。
    【法人】相談も今回で3度目。3度目の正直。自分を客観視できるようにもなってきている。気を引き締めていこう。

    《続く》

  • 青森県株式会社のケース(2)vol.072

    「ライバルもずいぶん増えたけれど、客層がそれ以上に広がっていましてね」

    これまでの事例からすると(といっても2件しかないが)、【法人】はこちらから求めないかぎり、常に“今”のことをしゃべってくる。

    あなたはまだ何も質問していない。
    ということは、客層が広がっているというのは、それが事実かどうかは別として、社内ではそう認識されている現在進行形の事柄なのだろう。

    (成長曲線からすれば、客層が広がっているのは過去の話で、今の課題は『広げた客層に向けた次の商品展開』ではないのか?)

    社長が何を考えているかは不明だが、本当に流れは来ているのか?
    むしろ、新しい流れを作らなければならないのに、それを忘れてしまっていないだろうか。

    最初の成功体験が忘れられず、第2弾が必要になった時も同じ方法を採り続け、事業を傾かせる経営者は多い。
    しかし、この社長は最初の成熟期(第1期)の停滞を打破し、2度目の成長を成し遂げた実績がある。

    問題はやはり、この「2度目の成長期」のきっかけは何だったのかということになりそうだ。

    「それまで(第1成熟期まで)公務員ばかりだったんですけどね、民間人にも売れるようになって、そこから一気に広がりましたね」

    想像していたとおり、【法人】からはそれほど深い内容が得られなかった。

    逆に、第1期が公務員限定だったという点が、あなたには引っかかる。

    閉鎖的だった客層が解放された第2期にも興味はあるが、その前に、ビジネスがどう誕生したのか、その点を聞いてみたい。
    会社設立前に6年間、個人事業を営んでいたようだから、そこにもさかのぼってみたいと思った。

    《続く》

  • 青森県株式会社のケース(3)vol.073

    「社長の家は、地元でも割と知られた地主で、もともとは倉庫業でしてね……」
    不動産などに縁のないあなたにはわからないが、その倉庫業を個人事業主として行っていたのには、税金対策など様々な理由があったのだろう。

    あくせく働かなくとも食っていける。
    あなたにとっては夢見たくなる境遇だが、金持ちには金持ちなりの苦労があるということか。

    しかし、『お金が無くての苦しみ』より『お金が有っての苦しみ』のほうが上等だと思う……。

    あなたのそんな個人的感慨はさておき、社長は倉庫会社を始めた当初から、そこの経営者としてというより地元の金持ちのせがれ(当時は20代で親は健在)として、同じような金持ち層との付き合いが多く、あまりモノにこだわらない鷹揚な性格でもあったため友人も多かった。

    そんな友人の一人に、地元の研究機関に勤めている男がいた。

    その地区は、国または企業の研究機関や工場が集まった広大な地域で、全国でも名の知れた一大都市を形成していた。
    その友人は国家公務員として、ある研究所で事務官として働いていた。

  • 青森県株式会社のケース(4)vol.074

    友人が勤めている研究所は、職員数約500名。
    職員全員が公務員宿舎に入っているわけではないが、官舎というのは各省合同のものがほとんどだ。
    他の機関の職員も多数入居している。

    公務員宿舎は「独身用」「単身用」「世帯用」の3種類に分かれている。

    これらがマンションのように立ち並ぶ一帯がある一方、戸建ての平屋(または2階建て)がまとまって建っている地区もある。

    他の研究機関の中にも、給与振込口座を固定して銀行との関係性を築き、宿舎費等の振替で手数料を無料にしている所があるという。

    社長は、それらに対しても給与天引き制を適用して家具レンタルを展開できれば、いい商売になるのではないかと考えた。

    男子独身用宿舎などは、1棟で100世帯程度の大きさを持つ建物も多いが、各世帯の間取りはほぼ同じだ。
    部屋の見取り図は厚生係の協力を得れば簡単に得られる。

    世帯用などその他の集合住宅も同様で、戸建て形式にしても同時期に建築されているだけに、間取りはさほど違わない。

    それぞれの見取り図面に合わせて家具をコーディネートし、セットAとかBとかの選択式にすれば、面倒を嫌う利用者に受け入れられ、こだわり派には豊富なオプションを提示すればよい。

    世帯持ちの利用はさほど見込めないだろうが、単身赴任者、独身者などは、入退去時の引っ越し手配が格段に楽になる。
    使った家具が気に入れば次の転勤先でレンタルし続けてもよいし、買取りにも対応できるようにすればサービスはさらに奥深くなる。

     

    社長がこのビジネスに感じる最大のメリットは『大幅な人件費の節約』だ。

    新規客の獲得とサービスの説明、契約事務と引き落とし口座登録、そして毎月の代金回収と解約手続きまでを、役所の厚生担当がやってくれるのが大きい。

    自社でやったらその部分の原価が膨れ上がる内容だが、そこがスッポリと省略できるのだ。

    顧客も、とりっぱぐれのないお役所の役人で、全額振り込まれる給与からの天引きである。
    貸し倒れリスクはほぼ無しと言ってよい。

    そのぶん自社では、家具の選定と調達、そして運搬に特化できる。
    普通に参入したら到底実現できない高粗利を読み取った社長は、話に乗った。

    「わかった。やってみるよ。お前、協力してくれるな? お前のとこだけじゃないぜ。ここら一帯を全部だぞ」
    友人はうなずいた。お互いに地元ネットワークは幅広く密に持っている。
    他の多くの研究所内に、共通の友人もいる。
    「あいつがやるから」と言えば、それだけで人物の信用という点はクリアだった。

    当時はまだそんな時代でもあり、一大都市とはいえど、そんな空気が濃厚な“田舎”の頃だった。

    商売は当たった。

    開始すると見えてくる様々な問題点は、ビジネス改良の手引きでもあった。
    そこから湧いてくるアイデアを形にした。

    『14日以内ならチェンジ無料』等、実際に暮らし始めてからの利用スタイルに応じた変更サービスなどは、クレームから生まれたといってよい。

    他にも、もともとの倉庫業を活かした『個人宅用荷物預かり』の提供も開始し、収入源を増やしていった……。

    《続く》

  • 青森県株式会社のケース(5)vol.075

    (それが『第1成長期』か)
    元国家公務員のあなたにはなじみ深い話がいくつもあった。

    たしかに、当時そんなことをしている業者はなかったから、新しいサービスとして活況を呈したのもわかる。

    あなた自身、初めて入った宿舎にベッドとタンスが備え付けられていて助かったが、その他のインテリアはどうそろえてよいか全く頭が回らなかった。

    テーブルや食器棚なども入居時に用意できれば、それらを使って生活していくうちに、次の引っ越しのときに必要な家具への嗅覚も育ったと思う。

    インターネットもないあの時代に、普通に参入したとしたら難しかっただろう。
    顧客にメリットを説明するためのコストがかかり、商売としては大きな賭けになってしまったに違いない。

    客側に仲介者がいて、しかも高い信用力と実務能力を持っていたという夢のような条件がそろったことで、青森県株式会社の社長はいわば下駄を履かせてもらった感がある。
    まあ、運も実力のうちだ。

    「でもねぇ、ひととおりサービスが行きわたった後は、異動の時しか新規客は増えないでしょう」
    【法人】はそう語る。

    しかし、ほぼ2年単位で異動が繰り返されるなら、母数が大きいだけにインパクトは大きいのでは、と、あなたは思いかけてすぐ悟った。

    (客は研究所の職員か。それだとビジネスは思ったほど伸びないだろうな)

     

    職員の9割程度を占めるはずの研究者たちには、引っ越しを伴う異動というものはほとんどない。
    研究所に腰を落ち着けてその地域で生活を送るのが普通で、引っ越しは結婚して独身寮から世帯寮に移るときくらいだ。

    頻繁な異動は残りの事務官たちだけのはずで、その中には社長の友人のように地元採用者が混ざっている。
    とすれば、国家公務員といえども人員の出入りはそう多くないことをあなたは察した。

    そうなると、最初の急成長がある時点でストップした理由がわかる。
    青森県株式会社が近隣の役所(研究所)を開拓しきってしまったからだ。

    ということは市場全体でいえば、他社が積極的に参入する本格的な成長時期は迎えていないので、青森社がひとり勝ちしていた時期は成長曲線でいうと、まだ“導入期”にすぎず、次の第2成長期に見える急上昇こそ本当の“成長期”と言えるだろう。

    このときから民間にもサービス提供を始めたというが、青森社社長のパーソナルな力が及ぶはずの同地区以外の顧客には、どうやって手を広げていったのか?

    《続く》

  • 青森県株式会社のケース(6)vol.076

    どこから見ていくかをあなたは考えた末、少数精鋭式が破たんした時期に注目することにした。

    (最初に成長が失速した頃の社員数は?)
    社員マスタから確認すると、最初の最盛期はパート3名を含む5人で社業を取りまわしていた。

    売上規模からするとかなりの少数精鋭だが、それは各研究機関内に、事務手続きを無償で引き受けてくれている役所の事務官たちが居たからで、この生産性の高さは青森社の実力とは言えない。

    本格的な成長期を迎え、顧客ターゲットが広がってくると、これまでのように青森社に都合よく働いてくれる福利厚生担当者を備えている客などは1%もいない。

    サービスを手広く展開するには、事務量に応じた本部社員を増員するのはもちろんだが、営業担当もそろえる必要がある。

     

    あなたは、本来の成長期に入ってからの財務諸表を、伝票単位に分解し、売上と仕入、そして販管費からいくつかの科目を抜粋してみた。

    いわゆる直接原価計算に近い算定をしてみると、金額規模こそ「対公務員限定時代」より大きいが、限界利益の下がり方が顕著だ。

    価格競争の激化で売上高が下がったのも大きいが、契約手続きなどの事務負担が激しく増加している。

    限界利益=売上高-変動費

    収益が減ればそれに応じて原価の引き下げを図るのはもちろんだが、固定費はそれ以上に徹底的に抑えなければ、激減してしまった限界利益ではそれを吸収できない。

    だが、青森県株式会社にとって、この事業における本格的なコスト発生は初体験のことゆえ、その削減方法が身についていない。それまで他人任せだった新規獲得から代金回収と解約に至るまで、すべてが弱かった。

     

    民間へ手を広げた当初は、顧客が少なかったので管理が弱くても注意が行き届いた。
    だが、ボリュームが増えるとたちまち事務品質が落ちた。

    対策に慌てた社長がアドバイスを求めた相手が研究機関の役人たちだったため、事務は混乱を極めることになった。

    事務が混乱を極めた理由は明白だ。
    家具レンタルサービスの利用者は、役所の厚生係から見れば新任の職員だが、青森社から見れば顧客にあたる。

    役所内における同僚向けのルール説明や注意喚起の仕方を参考にしても、青森社の商売には適合しない。

    かつては、商売への考えが甘い友人に「だから公務員ってのは世間知らずなんだ」と言い放った社長だったが、急成長のパニックに冷静な判断力を失っていた。

    クレームが続出するごとに急場しのぎで事務手順を増やしたことが、ただでさえ複雑化した業務に余計な煩雑さを加え、そのまま固定化されてしまったのも痛かった。

    《続く》