北海道株式会社のケース(8)vol.066

(オヤ?)
シナリオのページを繰る(画面をスクロールする)あなたは思った。

業務マニュアルの一部になるシナリオなので、設定、セリフ、ト書きなどはすべて最小限で簡潔に書かれている。
それゆえ気づきにくかったが……

(これを書いているのは、ひとりではない)

あなたの前に表示されているのは、書かれた文字そのものではない。
データベース化された文字情報だから筆跡はわからない。
しかし、文体の感性が微妙に違っている。

(一昨年に退職した社長の先輩か)
最初そう思ったが、やがてそれだけではないことに気づいた。
少なくとももう一人いるはずだ。

「それは、さっき履歴書データを確認した5年在籍の事務の女性です」
【法人】はそう教えてくれた。

「このシナリオは、ただ記録すればよいというものではないので、誰もが書けるものではありません。『綺麗に文章が書ける』というだけではマニュアルの形に落とすことができないので、今は社長とその女性しかシナリオ作りには携わっていません」

少し、あなたを見直したような目つきだ。

北海道社とは縁もゆかりもないあなたが、初見のシナリオの冗長な箇所に気づき、それを行動記録(データベース)と突合して改善ポイントを見抜いた点に驚いたらしい。

が、画面を凝視するあなたはそれには気づかない。

(長い影響線、社長の手にもあったらいいな。それに、その女性の手にも……)
そんなセンチな考えが、あなたの胸をかすめた。
二人は年齢が近く、どちらも独身だ。

会ったこともない先代の社長夫妻が、あなたに語りかけている気がする。
【法人】を通じて。

「頼んだぜ。俺とカミさんが作った神輿と、これから担いでくれる二人のこと」
と。

《続く》

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