北海道株式会社のケース(6)

「社長は、共に残った先輩の社員と一緒に事業を継続して、現在の私を存在させています」
と、【法人】は言う。一番気の優しい先輩だと、さっき聞いた。「支えになる」と言えば聞こえが良いが、要は後輩が上司になるわけだ。
しかし、持ち前の穏やかさで、ずっとその状態を受け入れており、二人の関係はその後もずっと良好だったらしい。
「ただ、性格の穏やかな二人がいきなりビジネス界に乗り出したためか、競合との競り合いになると負けることが多くて、二人はそのことでずいぶん悩んでいました」
それはそうだろうと思う。売上を作るところでその壁に当たり、次に考えられるのは代金回収の時に弱気になることだ。さぞ苦労したことだろう。

「そんなとき、知り合いの大学生に頼まれて、ゼミの体験学習でセールスプロモーションの実践を経験させたことがあるのです」
何となく話がつながってきた。後は想像のとおりだった。

社会経験が無く、強気な理想論で積極的に発言し、短期間の体験ゆえに怖れを知らず実行する。

成熟した社会人ならそんな風に、学生のことを高みから批評するように見ることもできるが、当時の社長にとっては、そもそもゼミの学生たち全員が自分よりも年上だった。
おまけに、自分は作業の積み重ねを「仕事」と考えてきたが、この学生たちは「ビジネス」という高次元からの視点で計画を立て、その実行プロセスの一部として「作業」があるのだという“経営管理”を語っている。

二十歳になったばかりの若き日の社長は驚いた。社長とともに会社を切り回している先輩にしても、高卒で入って3年目だから、年齢は社長とほぼ一緒だ。やはりそんな考え方に接したことはなく、初めて“経営”を知ったような気がした。二人にとってそれは衝撃だった。

何より、学生たちはプレゼン企画まで考えて実行し、競合を押さえて立て続けに仕事を獲得した。わずかの期間に実績を積み上げる実力を、二人は目の当たりにした。

『プロフェッショナル』という言葉は、彼ら学生から発されたものだった。
若い経営者二人に対し、大学生たちの、少し小馬鹿にしたような「教えてやっている」といった態度は、社長のかつての記憶を呼び覚ました。
最初に3年勤めて放り出された会社でも、彼に接する社員たちは最初からこんな風だったな、と思い出したのだ。今思えば、それはこういう『プロフェッショナル』だからこその強さの表れだったのかもしれない。

(会社をやっていくには、こういう強さが必要なのだ)
社長は純粋にそう思い、プロフェッショナルという言葉に強い憧憬を感じた。我を立てることのない彼の先輩も同じように思ったことが、北海道株式会社の人材獲得の基本姿勢につながった。

「社長は採用面接のときに、“プロの仕事”ということについて応募者と語り合うことに時間をかけますが、その時の話の展開力がある人物の採用率が最も高いです」
あなたはそれをニヒルな気持ちで聞いていた。
(薄っぺらな内容をペラペラしゃべるこけおどしも、その中には随分いただろう)
【法人】はさっき、社長のことを世間知らずなところがあると言ったが、そういう人間を見抜けないことが多かったと想像できる。

だが、仮に本物のプロが入社したとして、果たしてこの会社に長く留まってくれるだろうかとも思う。
目覚ましい実績を出したというゼミの大学生たちは、体験が目的の短期滞在だからこそ、その任務を全うし得たのだ。
レポートを書いてしまえば、あんな小僧ふたりがやっている“サークル以下”の会社に用は無い。「インターン」とか言われてうるさい年寄り相手に気を使ったり、細かく制約されることがなさそうだし、事務所がそこそこ広くて数人で使えるという点が魅力だったから声をかけただけだ。

あなたがそう言い切れるのは、そのゼミのメンバーの中に、北海道社への就職を志望した人間が一人もいないと確認したからだ。社長は数人にオファーを出しているが、にべもなく断られたと【法人】は証言した。

(大企業だって、零細から始まる。それに、この社長をサポートしたいと考える人材もいたはずだ)
確かにそういう人もいたという。社員の話を聞くのが好きな、少し頼りないトップとなれば、いわゆる『参謀』志向でそれなりに経験を積んだ人材からすると、活躍の場を見つけたような気がして、北海道社は魅力的な環境に見えるだろう。
(社長の「先輩」が、ナンバー2のポジションを奪われまいとして追い出したのか?)
当然それも考えたが、【法人】はそれを否定した。
「彼は現場好きで、会社の中で管理業務に携わるのを苦にしていました。社員が増えてくると、『管理面が得意な人材を抜擢して、自分は現場業務に専念させてほしい』と、度々社長に進言していました」
とにかく野心のないタイプだったようだ。

いつの間にかあなたは本筋を外れ、「どうしたらプロフェッショナルな人材を獲得できるか」という方向へ思考をスライドさせてしまっていた。
(いけない)
それは確かに北海道社にとっての重点事項かもしれないが、問題の核心ではないとあなたは思っている。
考える対象としては魅力的だが、各論に落ち着いてしまっては「【法人】鑑定」にならない。

あなたはようやく
(財務諸表を見よう)
と、コンサルっぽい切り口に目を向けた。今さらようやくそれに気づいたということは、目の前の【法人】には悟られたくない。でも、普通のコンサルタントではないから、最初に財務データに関心を持たなかったことは恥でもないかと思い直したりして、まだあなたの基本スタイルは定まっていない。

財務諸表が画面に表示された瞬間、あなたはハタと気づいた。
数字の内容ではない。一目見た瞬間、それをきっかけに全く別の疑問が湧いたのだ。
(この会社の『強み』とは何か?)

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