岩手県株式会社のケース(6)

(しかし、『スタビライザー』ってなんだ?)
【法人】の説明序盤で早々に放棄したこの言葉に、再び戻ってしまった。
改めて【法人】に質問してみると、どうやらこういうことらしい。

「ビールの指輪!」という音声を感知したビール供給機の読み取り口からは、半径60センチの範囲に微弱な電波が10秒間放出される。
放出範囲が広すぎたり、その時間が長すぎたりすると、近くにいる他の会員の指輪が反応して誤作動を起こす可能性があるので、その防止のため「60センチ、10秒」を限度とした。
mode_rnd
照射範囲内に入った指輪は、供給機からの電波の存在を検知すると同時に発信元を突き止め、受信信号を送り返す。
1秒間に128回の送受信が連続成功した時点で、「accept」の情報を供給機側へ送り、ランダムモードの「注文」は完了する。

ちなみに、客が容器の選択ボタンを押した場合(通常モード)の電波放出範囲は短く、20センチを限度としている。
mode_nml
通常モードで容器サイズを決定する場合、普通は派手なポーズを取らない。会員は読み取り口の正面に指輪をかざすだけなので、電波の送受信は20センチ以内で行われると考えて問題ない。

しかしランダムモードを選んだ場合、会員の手は照射範囲などお構いなしに動き回り、半径60センチの外へ出てしまうこともある。
どの角度へどんな速度で移動しようとも、そして、その途中で照射範囲の外へ出ようとも、単位1秒の中で正確に発信元を特定して交信を行える機能を、小さな指輪の中に装備させたのが『スタビライザー』と呼ばれるものの正体だった。

(へえ)
無感動で平坦な感想しか、あなたは持つことができない。
機械が苦手なあなたに、こみ入ったエレクトロニクスのメカニズムはどうにも馴染めない。
しかし、それほどの機能を指輪のパーツに仕込んだ技術の凄さはわかる。

たとえば、小型化をイメージすることはできても、それを制作するための部品や工具、そして動作イメージが伴わないと空想にすぎない。
だから、大多数の人間にとっては空想の域を出ない。
そんな中、岩手社のオヤジさんだけにはそのイメージが出来、しかもそのとおりに手を動かせる力があったということなのだろう。

(それにしても、なぜ『指輪側』に機能を集中しなければならないのか)
今聞いた話によれば、ランダムモード時に複雑な機能を発揮するのは指輪側ばかりで、デカい図体をした供給機側では、「ビールの指輪!」の音声を認識して半径60センチ範囲へ電波を送信し、交信完了後は乱数を発生させてサイズ選択をすることしかしていない。サイズが決まってからの動作自体は、普通の自動販売機とさほど変わらないはずだ。指輪と供給機の両者で、受け持つ機能に差がありすぎると、素人のあなたにも感じられた。

現在は、発信体である供給機の存在を、受信体である指輪が捕捉する方式で動いているが、考え方を逆にすれば良いだけな気がする。
『スタビライザー』は、指輪サイズだと岩手社のオヤジさんにしかできない仕事になるが、供給機側に付けられる大きさなら、比較的簡単に実現できるのではないだろうか。
あなたは【法人】にそう話してみた。

「実は当初は、ビア社はそういう形にしたかったようです」
【法人】はそう語り出した。
「【法人】の記憶」にそれが残っているということは、社内でその会話が行われていたということだ。

(やはりそうか)
このビジネスでは、指輪は「大切に扱われる」ための高いデザイン性さえ確保できればよい。どれだけ欲張っても、本人識別機能まで装備できれば十分だ。スタビライザー機能は明らかなオーバースペックである。
どう考えてもその機能は、供給機側に搭載するのが自然だ。

「それができずに、指輪に頼る仕組みになってしまったのは、ビア社の予算のためです」
(うーむ・・)
何となく話が見えてきた。

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