北海道株式会社のケース(2)vol.060

社員7~8名の小さな会社だったが、彼の毎日は充実していた。
ここには学歴差別などはなかった。出来る者は力不足の者を助け、どんな雑用も全員で協力し、新参の彼にも、大きなイベントなど華々しい仕事に参加するチャンスが与えられた。彼にとってそれは、心の底からの喜びだった。

社長にとっても嬉しい誤算だった。
彼のことは幼いころから知っており、あまりテキパキ動けるタイプでないことはよくわかっている。イベントを担当するために重要な資質が欠けていることは承知しているが、ここで親友の息子を放っておけば、一家は路頭に迷い、悲惨なことになるのは明らかだった。
だから、経理を担当している自分の妻とも十分に話し合い、いわば家族ごと面倒を見る覚悟で採用した。そんな社長の心意気を知る社員たちも、まだ少年だった彼を気遣っていた。

しかし、入社後の彼をよく観察すると、一つひとつの仕事が完璧で、顧客対応をはじめ、会場や資材の段取りから金銭書き付け書類の扱いまで、彼が仕上げた事柄はノーチェックでも問題ないくらいの出来映えだった。
前の会社で働いたとき、ミスのたびに受ける罵倒を回避するため、「自分は出来が悪い」と自覚していた彼は、聞いた話を要領よくまとめる習慣を身に着けていた。彼の机の引き出しには、入社後すぐに、作業要領をまとめたノートが数冊束ねられ、何度も改訂されていた。
(コイツはモノになる)
と思い、将来を嘱望した。

結局、たったの1年でエース級になってしまった。
その間、父は他界した。息子と共に神輿を担ぐ望みを果たせぬままに。
そのせいもあって、社長を「父親」と慕うまだ二十歳前の彼は、弟のように可愛がってくれる先輩たちの言うことも素直に聞き、良い関係を築いている。
第二の家族と共に過ごす会社での毎日に、父を失った悲しみからは幾分救われ、苦しかった前3年の記憶はすっかり薄れていった。

しかし、それも長くは続かなかった。
彼の入社1年祝いを社員一同でしてくれてから2か月後、厳しくも優しかった父親代わりの社長が、不慮の事故でこの世を去った。
未亡人が夫の遺志を継ぐと宣言したが、社長を失った零細企業は深刻なダメージを受ける。
「祭り好きだから、俺はイベント屋。公私ともに祭り。俺の人生は祭りなんだ」
常日頃そう言っていた社長が、会社に命を吹き込んでいたことを、残ったメンバーは思い知らされた。

やがて社員たちは一人また一人と去っていき、残ったのは彼と、一番気の優しい先輩社員だけとなった。
火が消えたようなイベント屋は、仕事からも見放されていく。
ついに、2代目社長である未亡人は、会社をたたむことに決めた。

最後まで残ってくれた、たったふたりの社員に廃業を告げた。しかし、目の前でうなだれる少年のことを、生前の夫は一番気にかけ、可愛がってもいた。不憫でならず、最後にひとつの提案をした。
「あなたにこの会社を譲ってもいいわ。あなたがやってみたいなら」

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