北海道株式会社のケース(1)

仰天する金額の報酬が振り込まれ、呆然とする間もろくになく、ハローワークから次の依頼の連絡を受けたのは2日後のことだった。
「明後日の10時に、同じ場所でお願いします」
担当官はあなたにそう言った後、
「今後また改めて相談させていただきますが、1日に複数件の依頼が入る場合もありますので、ご対応可能かどうかを、少しお考えになってみて頂けますか?」
どうやら本格的な、あなたへの依頼が始まりそうだった。

(次は2日後か・・)
今度は相手の情報は何もない。
話の聞きとりかたも、何を質問するかも、そして相手へのアドバイスもすべて、会ったその場で判断しなければならない。
(しかし、相談業は本来、そういうものだろう)
あなたは20代の頃を思い出した。
女友達から頼まれて、彼女の友人の手相鑑定をしたときのこと。
急遽来られなくなったと友人から連絡が入ったため、顔も知らない女性に会うために、お互いの服装や持ち物などを携帯電話で伝えあって、駅前の雑踏の中で待ち合わせたことがある。
アクシデントで集中力を乱されながらも、鑑定自体は無事終えた経験などは、何度あったことか。
それらが、意外な形で役に立つときがきた。

そんなわけで、あなたは意外に落ち着いていた。
持ち慣れぬ大金を持ってしまったことも、今のところ気になっていない。短い依頼スパンに気を取られ、今はそちらに集中しているからだろうが・・。

*****
前回と同じ地下4階の面談室で次の依頼人を迎えたあなたは、相手の顔を見てギョッとした。
「はじめまして。北海道株式会社と申します」
そう名乗った男の顔は、先日▲▲社だと言ってあなたの鑑定を受けた、あの男だった。

あなたの問いを受けてその男が言うには
「便宜上、この顔を使ってこちらの世界の人と接触しています」
(まだおちょくられているのだろうか)
あなたは疑心暗鬼になるが、ただの悪ふざけであれだけの金額を払うとは思えない。
それに、この男が言うことが本当かどうか、あなたにはすぐにわかることだ。
あなたは男に対して、手のひらを見せるよう要求した。

hokkaidouleft
北海道株式会社(左手)
hokkaidouright
北海道株式会社(右手)

(まちがいなく別人だ)

手相は明らかに違う。たとえ何らかの方法で皮膚に細工をしたとしても、手のひらそのものから立ちのぼるこの質感(あるいは固有の気)は再現できない。それは数え切れないほどの鑑定経験から、直感的にわかる。
この男はたしかに、前回の男とは全く違う人生を歩んできている。

(「北海道株式会社」というのはどうせ偽名だろう)
なぜ本当の名前を名乗らないのかは知らないが、あなたはもう、そういった“設定”はシカトすることにした。

「ウチは、プロフェッショナル集団を目指しています」
会議の設営や記念式典、あるいは結婚披露パーティーまで、催事の段取りから撤収までを行う会社だそうだ。いわゆる「イベント屋」というのが、この【法人】の生業らしい。

(プロフェッショナル集団・・)
何だか無理矢理、自分自身に言い聞かせるようなフレーズだ。
どんな会社でも、自社の専門性、または特性を発揮して何かを提供し、その報酬を受けている。
そういう意味で、“プロじゃない集団”など存在しないだろう。
法律事務所や会計事務所みたいな「士業」や、コンサルティング会社ならそんな言い方をするのもわからないではないが・・。

(そこに、既に問題があるのかもしれない)
男が言うには、社長はかなり優秀な男らしい。
中学卒業後、すぐに就職した。病気で働けない父親の代わりに、母と二人で弟妹たちを養わなければならなかったからだ。
不器用で、勉強もあまりできなかった彼には、プライドの高い大卒社員ばかりの会社では、使い走りの雑用しか与えられなかった。
大した意味もなく馬鹿にされたり、機嫌の悪い先輩の感情のはけ口にされるなど、仕事以外の苦労も沢山あったが、家族のためにと懸命に働いた。
そうして、人がやりたがらない地味で退屈な、しかし、社内業務の土台とも言える各種の下働きを一手に引き受けたことが、彼の基礎力を短期間で大幅にアップさせた。

しかし、そんな努力もむなしく、やがて人員整理で退職者リストに載った彼は、培った実力を評価されることもなく、3年勤めた会社を放り出された。

雑用ばかりで目立った実績どころか、担当業務と呼べる職務すら無かった彼は、職探しに難渋した。
自分一人が生きていくためだけなら何をやっても暮らしていける。しかし彼には育ち盛りの兄弟がいた。
だから、それなりの収入は欲しかったが、無理をして身体を壊せば元も子も失う。
母からの懇願もあり、仕事は慎重に選ばざるを得なかった。
そんな中、父の容態はさらに悪化した。看病のため母の稼ぎが減り、家計は一層苦しくなった。

途方に暮れているそんなころ、父の友人から声をかけられた。
若いころ勇ましい神輿担ぎだった父とは、「祭り仲間」の親友だった。イベント会社を経営していたその男は、扶養家族を抱えて生活に困っていた彼を会社に引き入れた。
「今度は、息子のお前と俺が、この会社をかついでいこう」と言って。

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