▲▲社のケース(1)vol.048

【法人】は、当然のようにあなたの前に現れた。
そして、あなたも当然、彼の言ったことなど信じてはいない。
人間の姿をした【法人】など冗談にすぎない。この男はただの人間だ。何もかも普通に見える。

しかし、あなたに迷いはない。
この男が何者であろうが、相談者に対して手相鑑定を行うと決めている。
カウンセリングだろうが占いだろうが、はたまた霊視だろうがマッサージだろうが、手段はあなたに委ねられているのだ。結果を出せばよい。

短いあいさつだけして椅子を示し、テーブルをはさんであなたも腰を下ろした。
話し出そうとする相手を制して、あなたは両手を広げて目の前に置くよう指示した。
男はちょっと戸惑ったように、両方の手のひらとあなたの顔を見比べ、そのままの姿勢でいる。
こんなところも、ごく普通の人間の反応だ。

あなたは、もう一度手のひらを見せるように言い、ゆっくりと下ろされた両手の上に、上半身を傾けてのぞき込んだ。

▲▲社は、長年にわたって産官学を支えてきた企業と言っていい。
社食や売店などの職員用施設に卸す商品や、社員向け通販など、企業や官庁が職員に対して用意する福利厚生の重要な一角を担ってきた。
「働く場所に家庭のアイテムを」というコンセプトに沿った商品展開を心がけ、事業を成長させ続けている。
「職場と家庭は別のもの」と考える大多数の層をあえて切り捨てたことが、先代社長の最大の経営決断であり、成功要因だった。
高度成長期のさなか、家庭を顧みない猛烈サラリーマン全盛の時代にその試みは大きな賭けだったが、そんな中でひそやかに息づき始めていた次代の顧客たちは、▲▲社に熱いまなざしを向けていた。

そして、景気低迷・非正規雇用増加・女性の社会進出を主なきっかけとして、それまでの価値観は大きな転換期を迎えた。
兆しにすぎなかった概念が「ライフワークバランス」という言葉に象徴されて市民権を得るまでの間、その価値観の先覚者たちの中には、報われない独自路線で孤軍奮闘する▲▲社の理念に自らを重ね合わせ、自らの励みにする人達がいた。
彼らにとって▲▲社は「共に“絶対強者”に立ち向かう戦友」であり、いずれ何かの形で力になりたいと思い焦がれる存在だった。

その潜在的な力は▲▲社の誰もが予想しなかったほど強く、小中高、大学など学校に対して事業展開した際、父兄から圧倒的な支持を得て、生徒であるその子供たちとの縁が深まった。
そして、卒業生が社会人になり、やがて勤め先でそれなりの発言力を持った時、自社の福利厚生の担い手として▲▲社を参入させる例が増えてきた。

昔に比べて企業のライフサイクルが短くなると、学校を卒業した子供たちが会社で影響力を持つまでのスパンは全体的に早くなり、そのことは▲▲社の参入までの期間短縮につながる。
そんな事情で、発足当初と比べると業績アップのスピードは格段に早くなった。

こうして事業が安定していくと、ようやく価値観の転換に気づいて後追いする企業も増えてきたが、その中で▲▲社は先駆者の利益を十分に享受した。
少子化で学校が減ってマーケットが狭まるほど、シェアは相対的に広がり、そこで縁ができた子供たちが大人になった時にもう一度新たな関係が始まる事業モデルが確立した。
下世話な言葉でいえば「1粒で2度おいしい」のだ。

未上場の会社だが、それだけに独特の古き良き時代の空気を残した優良企業だとあなたは思っていた。

最近、ホームページに簡易な損益計算書と貸借対照表と、主な特徴に関するコメントが掲載されるようになって、元経理マンでもあるあなたは当然それにも目を通していた。

長年かけて築いた仕入先との信頼関係により、官公庁指定の特定商品群の調達に強いことが書かれている。おそらく、入札価格で他社の追随を許さないためと思われるが、回収リスクのない取引相手が多いのが特徴だ。
また、時代の先取りの影響で業績の厳しい時代を経験しただけに、シビアなコスト感覚が功を奏し、実直で手堅い経営が、財務体質の良さを実現している。

それでも景気低迷の長期化が世の中全般の福利厚生予算の減少を招いた影響で、一時期は粗利が取れない厳しい時期が続いていたらしい。

だが、その打開策で手がけた通販事業の軌道が乗ってきたここ数年は、またもや業績が上向いている。
社食や売店を備える企業の多くは、地方拠点を持って全国展開している。社員向け通販は、新規顧客獲得のコストがゼロで済むので、利益が取れやすいことが大きな要因だった。
社食や売店そのものが閉鎖した企業も多かったが、そのマイナスを埋めるほどのインパクトを与え、通販事業は▲▲社の重要な柱になっている。

そして、勢いを盛り返す原動力になった2世の活躍が世代交代のきっかけになったらしく、最近のことだが、先代社長の息子が新社長に着任した。第2創業期を迎えて彼の今後の活躍が期待されているところだった。

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