岩手県株式会社のケース(終)vol.110

雑誌発売後、飲料メーカーには『ビールの指輪』に代わる技術提携の話が、たくさんの企業から殺到したらしい。

逆に、『権威』によってその技術が称えられ、極限までハードルが上がってしまった岩手社に対し、安易な金もうけのために近寄ってくる企業はなかったようだ。

そして、今度はビア社が窮地に追い込まれた。
ビール供給機への受発信機組み込みさえ成功すれば、指輪は純粋にデザイン勝負になる。ビア社の寡占状態はあっという間に崩れてしまう。

そもそも、客寄せの演出方法が何であれ、人気のビアガーデンが増えれば、飲料メーカーとしては売上に跳ね返るので、はっきり言って「指輪」にこだわる必要すらない。

慌てたビア社は、『“元祖”ビールの指輪』を強調するキャンペーンを打ち出し、対抗策を講じた。

当然、悪評のもとになっている岩手社へのスタビライザーの発注はすべてキャンセルし、契約は打ち切りとなった。

新規会員に渡る前にストップをかけて手元に残った少数の「スタビライザー機能付き」の指輪は、今後安い指輪を渡す会員が“ダイヤモンド会員”に昇格した暁に、抽選で「世界有数のエレクトロニクス技術搭載」の、特別な価値を持つ貴重な指輪として進呈することにしたらしい。

そんなことを鼻息荒く言われても、会員にとって指輪はまずデザインが重要で、機能のほうはまともに動けばよいだけだから、もったいぶった演出には魅力を感じないだろう。

ビア社はただ、動き始めた潮流の中で忘れ去られないよう、大声で存在感をアピールしたいだけだ。

いずれにせよ、岩手社は窮地を脱した。
工場は以前の日常を取り戻しつつあるらしい。

何だかずいぶん損をしたような気もするが、記事の影響で、大学や大手企業の研究所から技術援助要請を受けたり、海外の優良メーカーからの依頼までが舞い込むようになったと聞いた。

ふたりの息子たちも、オヤジの後を追随する今までの姿とはガラリと変化し、「オヤジを超える」ことを強烈に志向するようになったと、何かのテレビ番組が伝えていた。
新しいことに次々とチャレンジし、無我夢中の毎日を過ごしているようだ。

(これでいい)
あなたは遠くからそれを知り、秘かにうなずいている。
岩手社のオヤジさんの日常が今までと変わらないように、あなたの日常も変わらない。

(存在を知られてはいけない占い師、か)
自嘲っぽい感慨が、一瞬あなたの意識をかすめたが、それはすぐに打ち消した。
ひとりきりの狭いアパートの一室で、パソコンのニュースサイトを閉じて、あなたは眠りについた。

《続く》

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