北海道株式会社のケース(5)vol.063

(まいったな)
決め手を封じられたあなたは、別の方法を探ってみることにした。
その女性事務員の勤怠の記録や給与情報はどうか?

いや、それは決め手になりそうなものには思えない。

(趣味はどうか?)
【法人】は、それは履歴書に記載があるので問題なく取り出せると言い、直ちに回答した。

「日記をつけることです」
残念ながらそれは社内記録ではないので、日記の内容まではわからない。
だが、履歴書の自己PR欄を見ると、中学時代から作文で賞をとったり、雑誌に地元リポートを送って掲載されたという記述があるから、なかなかの文章力を持っているらしい。

(うーむ……)
興味深いが、今あなたが求める情報ではなさそうだ。
他に在籍期間が長い社員の履歴書情報を見たが、どれも決め手とはなりかねた。

と、そのとき不意に、理屈ではなく情景が浮かんだ。

前社長、つまり創業社長の夫人が「廃業する」と告げ、それをうなだれて聞いている二人の社員。

現社長の先輩だったもう一人の社員は、その後どうしたのか。

【法人】は言った。
「先輩の彼は、一昨年に退職しました。倒れた兄に代わって家業を継がなければならなかったのです」

そういえば、さっき社員リストを出力したとき、現社長が会社を引き継ぐ前に入社した社員は、現状分析には無意味だとして消去してしまっていた。

もう一度復活してみると、確かに一人だけ、比較的最近まで在籍していた記録がある。

彼は、高卒だった。
彼だけでなく、かつての北海道社に大卒は一人もいない。

現在も、在籍が長い社員はいずれも高卒だから、社長のこだわりにもかかわらず、従来の文化がなおも息づいているのだろう。

分析の糸口を何とか探そうとするあなたに、男は教えてくれた。
「社内で行われた会話を無機質に取り出すのと、特定人物の象徴的な会話は、質が違います」

つまり、【法人】の記憶には二通りあり、『データ』として抽出しなければならない情報は大きな負担になるが、『トピック』をしゃべるだけならその心配はない、ということだった。

《続く》

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