転職門前払いとハローワークからのオファー(1)vol.001

「前の会社を辞めた理由は何ですか?」
向かって一番右の、50代くらいで小太りの面接官が、あなたに問いかける。
答えるために息を吸い込んだ瞬間

「自分を一言で売り込んでみてください」
その隣にいる、痩せ型で30代くらいの面接官が、銀縁の眼鏡越しにあなたをジロリとうかがう。

一度に二人からの質問を受けたあなたは戸惑う。

その横からはさらに
「1年ほど職歴が無い期間があるようですが、その間は何を・・?」

またその隣からは
「先ほど言われた『自分の志向と合わない点』というのが、当社でも起きてしまった場合、その点をどうクリアできますか?」

準備してきた応対がまるで通用しないことにあなた混乱し、言葉が出ない。
沈黙が続けば続くほど、形勢は不利になると知りつつ、あなたの思考は停止した。
全身全霊で臨んだ念願の面接が、【負け試合】または【消化試合】の宣言をされた気がする。

(おかしい。何か変だ)
あなたはおもむろにイスから立ち上がり、脱出を図る。
が、振り向くとなぜか目の前には、胸の高さのバリケードが張られている。

急に体が重くなり、足が持ち上がらない。
あなたは両手をついて這うように進んだ。

後ろから、面接官たちの声が追ってくる。
どうも人数が増えているようだ。

もはやあなたは振り返りもせず、やみくもに脱出を図った。
バリケードのてっぺんに両手をついて体重をかけ、一気に飛び越えるため思い切りジャンプした。
しかし、地を蹴ったはずの足は空を切り、両手は何の手ごたえもないまま、勢いよく引き下げられた。

あなたの意識はそこで覚醒した。

今の手足の動きはどうやら現実に行われたらしく、両手で勢いよく掛け布団をはいでしまったことに驚きながら、あなたはこの悪夢に終止符を打った。

狭い一人暮らしのアパートだ。
薄汚れた壁に、雑然と並べただけのカラーボックス。
あとはパイプハンガーと、パソコンが置かれたテーブルがあるだけの殺風景な室内のシルエットが、薄い光の中にぼんやりと浮かんでいる。

起き上がって窓際へ行き、くたびれて色あせたカーテンをまくると、土ぼこりで汚れたガラス越しに、薄曇りの朝の光景が広がる。
今しがた見た夢と現実に大差がない、いつものあなたの一日を思わせる光景だ。

転職門前払いとハローワークからのオファー(2)vol.002

職探しが困難な現実を、あなたはこの1年ほど、身をもって体験中だ。

ある事情で、前の退職せざるを得なかった。
求めて辞めたわけではないが、形式上は『自己都合による退職』だ。

次の職場を決めてから退職する ⇒ 失業給付開始までには再就職する
⇒ 失業給付を受けている間に、是が非でも就職しなければ
⇒ 給付終了。蓄えが尽きる前に一刻も早く就職しないと
⇒ 現在に至る。

あなたはずっと事務職だった。
わりあい器用で、ずいぶん幅広く活躍してきた、と思う。
転職回数が多かったからこそ、それが実感できる。
総務、経理、人事、営業事務、企画etc.

就職支援のカウンセリングでも、『その順応性の高さは長所になるから、そこをアピールポイントに』というアドバイスを何度も受けてきた。
が、それは違っていた。

同じ職種で、ライバルたちと経験年数が同等なときこそ、順応性の高さは有利さを発揮するが、あなたが応募する求人では、ライバルたちも相応に年を重ねていて、経験量の段階でまったく歯が立たない。

十年戦士の応募書類は、やはり圧倒的な説得力を持つのだ。
あなたのような職歴では、どんなに工夫して書類を作っても、人事担当者は斜め読みして弾いてしまうだろう。
それに、もう若くない。これはかなり致命的だ。
直属の上司どころか、社長より年上というケースだってあり得る。

『年齢的に気を遣って、何かと使いにくい部下』
そのハンデをカバーするには、相応の実力が要る。
その分野のエキスパートであることを自動的に表現してくれる『十年戦士』。
あなたはその称号を持っていない。

いや、同じところに十年以上勤めたことはある。しかし、官庁なのだ。
10年以上官庁にいたことが、『民間では通用しない理由』として、面と向かって言われたことも、一度や二度ではない。

公務員時代にはバリバリやっていて、それなりに自信を持っているあなただったが、それは早々に封印しなければならなくなった。
だからといって、民間経験に絞ったアピールもまた、大きなマイナス要因をはらんでいる。
生活のための就職ばかりで、職歴に統一性がないからだ。

数百社へのエントリーで、面接まで進めたのは、たったの6社。
その希少なチャンスにかけた願いも、あえなく散った。
面接の悪夢を見てしまうのも仕方あるまい。

就職活動にすべての気力、体力、資力をつぎ込む毎日。
少ない貯蓄が余命のように感じられ、恐怖が増大する。
そろそろ、職種がどうのという問題でなく、またも『間に合わせのバイト』を探さねばならない。

(まずはハローワーク)
簡単な朝食を済ませた後は、日課となっている【ハローワーク詣で】だ。
あなたは澱んだ空気の充満するアパートの部屋を出た。

転職門前払いとハローワークからのオファー(3)vol.003

ハローワークに到着したあなたは、受付機から待合の札を取り、パイプ椅子に腰かけて、自分の番号が表示されるのを待つ。

昨日ここでは、求人案件を数件、検索用PCからプリントアウトしていて、そのうちの3件へ応募する。

ちなみにこのあとは、やはり昨日「しごとセンター」でピックアップした求人4件に応募するために、50分ほど自転車をこいで都心へ向かう予定だ。
電車賃の負担は、大げさでなく家計を圧迫するので、そんな移動手段を余儀なくされている。

平日朝一番のハローワークは、それほど込み合っていない。
だが、一時間以内にフロア内の光景がどう変わるかを、あなたは詳しく知っている。

求人検索用PCが並んだ一帯では、表情を失くした利用者たちが機械の前にびっしりと張り付き、一言も発さずに操作する。
失業給付受付窓口の前には、総合受付に達するほどの、長蛇の列ができる。
手当の口座振込申請をした利用者は、イスの数をはるかに上回り、所在なさげにカウンター前のあちこちのスペースにたむろしている。

今あなたがいる就労相談窓口も、あっと言う間に数十人待ちになるはずだが、今日はハローワークへの到着が早かったので、
あなたの受付番号札の数字は一ケタだ。
電光掲示の番号表示は、次があなたであることを示している。

……

しばらくの間、3社の募集要項を丹念に見直していたあなたは、ずいぶん待たされていることにようやく気付いた。
電光掲示の番号は、もはや20番台だ。

転職門前払いとハローワークからのオファー(4)vol.004

(呼ばれたことに気づかなかったらしい)
総合受付へ戻ってそのことを告げ、奥の部屋へ入った係員が再び出てくるのを随分待った後、別室の場所を示され、そこへ行くように言われた。

(特別な紹介案件でも用意してもらっているのか?)
毎日訪れた記録は当然残っているだろう。それが高評価を呼んだのかもしれない。
あなたはドキドキしながら略図のとおりに歩き、指定の部屋へ向かった。

(ここだろうか?)
ドアプレートの室名を見て、あなたは不審に思った。

『起業支援相談室』

ドアにはポスターが貼られている。
「起業セミナー開催のお知らせ」
「融資・助成相談会。○年 ×月の日程」
「中小企業振興公社窓口移転について」など

あなたに起業願望はなく、当然、ハローワークにもそんなことを言った覚えはない。
適当な場所がないから、たまたまこの部屋を使うのだろうと考えながら、ドアをノックして開けた。

部屋の中は、長テーブルを二つくっつけて会議机代わりにしたシンプルなレイアウトだ。
6人も入れば息が詰まりそうな狭い部屋で、テーブル越しにあなたを待っていたのは、20代半ば頃とみられる若い女性だった。

中肉中背、締まりのあるムダの無いスタイルを紺色のスーツで包んでいる。
肩までの黒髪が服と相まって色白の肌を一層引き立てている。
テーブルに隠れて全身は見えないが、張りのある立ち姿勢には、
女性らしい自然なしなやかさが加わっている。
かすかな笑みを浮かべてあなたを迎え、おずおずと入室したあなたへ、ドアを閉めるよう促した。

どうやら相手は彼女一人らしい。
何の話か想像してみたが、この部屋が起業支援相談室であることからの連想で、
(フランチャイズ加盟の勧誘ではないか?)という疑念が湧いてきた。

転職門前払いとハローワークからのオファー(5)vol.005

口当たりのいい説明で加盟金を集めるフランチャイズ本部もたくさんあるときいていることもあり、あなたは、某大手転職サイトから届く『フランチャイズ加盟』のオファーを胡散臭く思っている。

就職活動に困っている弱者をターゲットにした販促だと、つい悪意的に考えてしまうのだ。

「こんな道もある」というチャンスを与えていると、企業側はいうのかもしれないが、
追い詰められた精神状態からフランチャイズ起業に鞍替えして、うまくいくとは思えない。
加盟オーナーを募るなら、通常の広告で十分じゃないか。

オファーなど滅多に来ないあなたは、通知を受けると特別に気持ちが湧き立つ。
いそいそとサイトにログオンしてメッセージをチェックし
≪フランチャイズ加盟≫
という文字をみると、急速に心が冷える。

“小金だけはあるんだろ?”

という意味のメッセージに思えて、期待した分だけ余計に傷つく。
無職、貧乏の二つの泣き所を同時に突かれることになるからだ。

まあ、求人サイトは営利企業だから、広告掲載料でも成功報酬でも、様々なビジネスチャンス獲得を試みるだろう。
しかし、ハローワークまでがそんなことをするか?

(若い女が相手だからと、心を許したりはせず、甘い話には絶対に乗らない)
勧誘なら即座に断って、ついでに、時間を無駄に奪われたことに抗議でもしてやるか。弱者を食い物にするなと……。

転職門前払いとハローワークからのオファー(6)vol.006

「どうぞおかけください」
思ったより抑えめなトーンの声に、あなたは失礼しますと応じて椅子を引きながら、頭の中では断る理由を数パターン考えていた。

・加盟金を払えないこと
・協力者のあてがないこと]
・【先輩加盟者の声】などの情報はマユツバであること
・本部の販路扱いにされ、指導とは名ばかりの圧力が想定されること
・その圧力に「アドバイス料」という名のフィーが発生しそうなこと
・解約ペナルティーを払えないこと

まあ、こんなところだろうか。

「こんなところにお呼びして申し訳ありません。
私は起業支援の【法人】受付部門を担当しております××と申します。よろしくお願いします」

この女性はアシスタントだと思っていたが、そうではないらしい。
あなたはあいまいに応じながら、改めて女性の顔を確かめるように見てみる。

落ち着いた事務的な雰囲気だ。
頭の中に詰め込んである無機質なフレーズ(フランチャイズの募集要項)を一方的にまくし立てるようには見えない。

が、それでも一応、
「このくらいの収入が見込めます」
「何月何日に説明会を開催しますので、詳しいことはそちらで訊けます」
「○○公社では、有利な条件で加盟金の融資を行っています」

などという説明がいつ開始されるか、あなたは警戒しながら彼女の様子をうかがっていた。
しかし、担当官が話し始めたのは、あなたの想定外の事柄だった。

「今年の3月にハローワークで実施した、『応募書類作成セミナー』に参加されましたよね?」
そういえば数ヶ月前、2日間にわたってそんなセミナーを受けた。
「履歴書」、「職務経歴書」、「応募書類送付状」
などを、必死に作りこんで持って行ったことを思い出す。

たしかにセミナーはあなたの応募書類を充実させる役には立った。
だが、あなたの就活をサポートするものとは言い難く、だからこそ、今もこうしているわけだ。

転職門前払いとハローワークからのオファー(7)vol.007

「その後いかがですか? 今、ご希望に合う求人はありますか?」
担当官はそう訊ねてきた。

はっきり言って、今のあなたの心境は“自分の希望に合うかより、『企業の希望に合う自分か』と考える毎日” だ。
買い手市場の弱者代表というほど、あなたは自信を失っている。
そんな弱気な答えに対し、担当官はあなたの顔をじっと見て、ゆっくりとうなずいた。

……

少し空いた間に違和感をおぼえながら、あなたは次の言葉を待った。

「本日こちらへお越しいただいたのは、私どもからの要請を、受けて頂くご意思があるかどうかを
確認させていただきたかったからです」

(ついに来たか)
あなたは内心で身構えた。
ここからが本番(フランチャイズの加盟提案)だ。
しかし、担当官が口にしたのは、またも予想と違った事柄だった。

「『応募書類作成セミナー』で、書類の添削を希望されましたよね?」

(どういうことか)
あなたはさらに様子を見た。
職歴から見ると、こういったことにご興味をお持ちと思われますが……
みたいな導入トークから、学習塾の経営とか、マッサージ店開設とかそんな話が始まると思っていたのだ。

確かに、担当官が言うように、あなたはセミナーで書類添削を希望した。
そもそも、それこそが、あなたが強く求めていたものだったからだ。

なかなかその機会はないものだ。
超有名な転職サイトで見つけた【添削サービス】に申し込んだら、『今、ご紹介できる適当な求人案件がありません』という無造作なメールが返ってきたことがある。
添削サービス希望の話がすり替えられていることに、あなたは腹を立てた。
結局、登録者を増やすためだけのエサで、転職サイトの応募書類添削はアテにならないと認識した。

また、ハローワークの窓口担当者に応募書類を見せ、アドバイスを求めたこともある。
しかし、担当者の当たりはずれも多く、無駄足になることも多かった。
窓口にいるから書類作りのセンスがある、という保証はないから当然ともいえるだろう。

そして、「しごとセンター」では、担当アドバイザーとよほど相性が悪いのか、会話が噛み合わず、対面中ずっと圧迫され続けて、会うこと自体が苦痛だった。
何度もカウンセリングを勧められたが、一度も応じたことがない。

そんな中、思いがけず目についたこのサービス。
どうしても受けたくなった。

『セミナー開催前の1か月間に、ハローワーク求人に30社以上応募していること』が条件だ。
あなたは問題なく、それに該当していた。
我ながら(ぶざまだ)と思いつつも、これを受けないという選択肢はなかった。

そして、2日間のセミナーでさらに作りこんだ書類を、祈るような気持ちで講師に渡したのだった。

(次カテゴリー『「受け負け」な請負』へ続く)