(さすがに、今回の話にはシステム会社は出てこないだろう)
あなたは、【法人】の話から、この問題に対するアプローチの困難さを思った。
組織としての絶対的な限界というだけなら、インフラを充実させて(その資金があればだが)対処する道はあるが、この場合はオヤジさんの時間と体力だけが頼りで、完全に一個人に依存している。
オヤジさんが体を壊したら指輪のクオリティは維持できず、ビア社の事業も、アミ社の目論見も崩壊する。
アミ社は株式上場企業なので、当然株価への影響を考えて、何が何でもビア社の事業を継続させたいはずだ。
岩手社社長の時間のやりくりや体調などは当然ながら眼中になく、子会社であるビア社に厳命を下し、その威を恐れるビア社は岩手社に対してひたすらハッパをかけ続けてしまうだろう。
(オヤジさんが心配だ)
オヤジは54歳。二十歳で独立してから34年にわたって、職人として地道にこの小さな工場を営んできた。
「工場が火事場のような騒ぎになっているとき、システム会社が来まして……」
(来たのか! ここにも)
【法人】の淡々とした話に、あなたは内心つんのめった。
「生産管理システムの導入を勧めてきました」
(……)
「オヤジは『たった4人の工場に、そんな大げさなものがいるか』と追い返しました」
(それはそうだろう)
「その後、何社ものシステム会社が来るようになったので、応対は息子たちに任せるようになりました。オヤジは『ウチの名前はテレビに出てないのに、よく見つけるな、こんな小さな工場を』と呆れていました」
ビジネスだからな、とあなたは思う。
岩手社のことはビア社やアミ社からだけでなく、銀行筋から得られる情報もあるはずだ。
当然、銀行自身も融資の勧誘に来るだろう。
「融資、投資の勧誘のほかに、取材の申し込みや広告掲載の売り込みなども多数来ています。オヤジが息子たちに対応を任せるようになったのは、それらに付き合っていられないからです」
あなたは岩手社に同情した。
仕事の邪魔になるほどやってくる訪問者たちのきっかけを作ったビア社やアミ社は、オヤジの仕事への妨害に対して保護などはせず、何とかの一つ覚えのようにハッパをかけて促進させることしかしていないようだからだ。
幸いなのは、気の強いオヤジがビア社の担当者にへつらうことがなく、技術面に出しゃばってくると頭ごなしに叱りつけるだけの気概を持っていることだ。
【法人】が言うには、ビア社やアミ社の社長が陣中見舞いに来た時ですら、普段と全く変わらない態度で接していたらしい。
「ウチは別に『ビールの指輪』の仕事が無くても、それなりにやっていけるんです。オヤジもそれほどこだわっていません」
そんな気がする。
仕掛けが上手く当たり、マスコミの持て囃しに踊るアミ社や、親会社であるアミ社の顔色を窺うビア社とは、たまたま『技術』という接点でつながっているだけであり、同じようにつながっているたくさんの会社の中のひとつにすぎない。