非会員の女性が多いと、男性会員はビール供給のために引っ張りだこになる。
この付加価値の提供が大いにウケた。
「指輪は装着した状態でなければ機械が作動しない」というところがポイントだ。
外した指輪を供給機にかざす道具のようには使えない。
そもそも指輪はデザイン性が高く、ぞんざいには扱えない外観だ。
店頭には掲示されていないが、入会金がプレミアムであることは広く知られているので、会員証代わりの指輪は自然と大事にされる。
ビールが欲しい場合は会員に取りに行かせればよいのだが、それでは気の毒だということで、たいていは一緒に連れ立って供給機まで歩いていくことになる。
どちらも嫌なら、会員から受け取った指輪をはめることになる。
会員が女性の指に指輪をはめるような光景も時折見られ、何やら男女間の怪しい空気が醸成されそうな雰囲気もあった。
いかにも若いベンチャー企業が力任せにやったお騒がせ企画のような印象も、当初はあった。
しかし、会員が若い男性を同席させて供給係に任命し、女性との縁を作ったエピソードも多く、当初懸念された不倫の火種的なイメージは、意外に早く打ち消された。
そんなこともあり、会員資格は40歳以上にもかかわらず、若い世代がこのシステムに親しむようになった。
そのため、口コミやネットコミがメディアに取り上げられるまでの期間は短かった。
当初の不倫的マイナスイメージが、若者の縁を取り持つプラスイメージに払しょくされる頃、ビールの指輪企画は満を持してメディアに登場した。
そのとき一番インパクトがあったのが、ビール供給機と指輪の「お遊び感覚のコラボレーション」だった。
アミューズメント企業の面目躍如といったところだろう。
そもそもビアガーデンの企画者たちは、これがやりたかったのだ。
ビール供給機の前に立ち、容器サイズの選択ボタンを押してから指輪をかざすのが、注文の正規ルールである。
しかし、容器サイズを選択せずに、横にある付属マイクに向かって
「ビールの指輪!」
と発声して指輪をかざすと、サイズ選択がランダムになるのだ。
酔っぱらった男は子供に戻る。
変身ヒーローを気取ってオーバーアクションで指輪をかざし、笑いを誘う姿は日に何度見られるかわからない。
ランダムなので、どのサイズが出てくるかは、ゲートが開いてせり出して来るまでは不明で、見守る周囲のワクワク感が高まる。
狙い通りのサイズが出現したときには歓声が上がり、彼は文字通りヒーローになれるのだ。
希望と違うサイズが出てきても、それはそれで笑いが起こり、罰杯をあおって盛り上がったりする。
逆に、小サイズが欲しいのにピッチャーが出てきてしまったときなどは、他のグループ客の席へ注いで回ったりして、思いがけない交流も生まれる。
ビール供給機のランダムモードでニュース性を演出し、マーケティングは大成功をおさめた。
新しいタイプのこのビアガーデンは、40代以上の会員にとっては単なるプレミアム感だけでなく、様々な刺激でお得感を享受できる場所であり、若い世代にとっては、いつか自分も入会したいあこがれの空間となった。
その空間への案内人である40歳以上のオジサンたちが身に着けている指輪が、“あこがれの空間の象徴”として、様々な媒体で描かれるようになった。
ビアガーデンを営む子会社は、薄氷を踏むような心境からの大逆転に浮かれ立った。
親会社のアミューズメント会社は、このブームを急進させ、全国展開を急ぎたかった。
予算が厳しい中、カネの賭けどころを上手く当てたことが、何十倍、何百倍ものリターンをもたらしたのだ。
成功に浮かれるのも当然かもしれない。
(なるほど)
あなたは成功物語を聞きに来たのではない。
『ビールの指輪』で成功を果たした運営会社の陰には、指輪に演出効果を与えた立役者がいる。
成功の陰で問題を抱えた陰の立役者は、人には言えない翳を抱えてあなたに会いに来た。
この話の背後に横たわる問題への対応こそ、あなたの関心事だ。