岩手県株式会社のケース(1)vol.093

「ビールの指輪」
40歳以上を対象にしたこのサービスを、あなたは知らなかった。

アミューズメント施設を経営する企業が、ビアガーデン専門の子会社を設立し、直営展開して話題になりつつあるとのことだ。

「岩手県株式会社」と名乗ったその【法人】の顔は、いつものあの男だったが、今回はまじまじと見つめてしまった。
(仮名に意味はあるのか?)
話題のサービスを展開する会社なら、あなたに社名を伏せる意味はないだろう。この男が親会社(アミューズメント)でも、子会社(ビアガーデン)でも特定は容易だ。

まあいい。ハローワーク側のそういった「設定」は無視すると決めていたはずだ。

あなたはあなたのことだけをする。
というか、ハローワークを上回る強さであなたの側の「設定」を押し通す。
今のところそれで通用しているようだから、行けるところまでこの路線でいこうと思っている。

問答無用で手のひらを見ようとしたが、次に【法人】が口にした言葉で、あなたは考えを改めた。

「私は、その指輪に使われる部品のメーカーです」

(そうきたか)
あなたが反射的に思ったほど、単純な図式ではなかった。

アミューズメント会社にとって、ビアガーデンのビジネスは様子見で始めたものだった。

本来は、遊びの要素を取り入れた新しいタイプのビアガーデンとして、自社で展開したかった。
しかし、業態が違ってしまい色々と不都合が多いので断念し、子会社としてスタートすることになった。

資金力に限界があったので、子会社への資本投下は慎重に行われた。
実行責任者の心情としては、逃げ腰だったと言ってよい。

当然、アイテム開発のために大金をかけて大企業と組むことなどはできない。
そこで、町工場規模の中で比較的評判の高い岩手県株式会社をパートナーに選んだ。

『ビールの指輪』という名称は、40代以上の層にはなじみ深い、むかし大ヒットした『ルビーの指輪』という歌謡曲をもじったものだ。

収容人数30程度の店内には3台のビール供給機が置かれ、それぞれが背後にタンクを抱えている。

客に提供する容器は小さいものから順に、
1. プラスチックカップ(小)<約120ml>
2.プラスチックカップ(中)<約180ml>
3.小ジョッキ <約250ml>
4.中ジョッキ <約300ml>
5.大ジョッキ <約500ml>
6.ピッチャー <約1600ml> となっている。

客はビール供給機の前に手ぶらで立ち、容器の大きさを選んでボタンを押し、読み取り口に指輪をかざす。

このとき、指にはめていることが供給機作動の条件だ。
手の形はグーでもパーでもよく、手のひらを向けても甲を向けても作動する。

指輪とビール供給機の間で交信が行われると、容器に注がれたビールが受け取り口からせスライドして出てくる。
このとき『ルビーの指輪』の曲がかかる。

このサービスは会員制だった。
入会条件は40歳以上。

登録すると、個人識別用の指輪が渡され、これが会員証の役割を果たす。

会員が一人でも同席していれば、非会員の同伴が可能。
人数分の入場料さえ払えばビールは飲み放題で、食べ物だけが有料だ。

利用は時間制で、客は3時間で切り上げなければならない。
入退時刻は指輪でチェックされるようになっている。

およそ30名利用の店内に3台の供給機は多すぎる感もあるが、これには理由があった。

ビールの注文には指輪が不可欠なのだ。
席から供給機まで、毎回会員が付き添わないとビールが出てこない。

一見不便に思えるこの供給システムに、ヒットの大きな要因があった。

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