北海道株式会社のケース(8)

社長は、中学校卒業後最初の3年間勤めた商社でずいぶんつらい目にあったと【法人】は言った。ミスをするたびに罵倒されるというのもそのひとつだった。
彼を引き取ってくれた北海道社の社長は、「一つひとつの仕事が完璧」と驚かされ、その仕事ぶりの積み重ねがあったからこそ、夫亡き後の北海道社を引き継いだ妻は、彼に会社を譲った。

社会人としてのすべてが初めて(つまり素人)だった彼が、たった3年の間に、次の会社で「完璧」と評される仕事ぶりを見せるほどの華麗なる転身を遂げた成長過程を示す実績データ

(ノートか!)

「自分は出来が悪い」と自覚していた彼は、聞いた話を要領よくまとめる習慣を身に着けていた。彼の机の引き出しには、入社後すぐに、作業要領をまとめたノートが数冊束ねられ、何度も改訂されていた。

【法人】はそう話していたと思い出し、あなたはノートの記録情報を画面表示するよう要求した。

(これはすごい)
日常使われる言葉の意味、取引先やその担当者の特徴に始まり、段取りの具体的「動作」やタイムスケジュール、そしてコストまで、図解や切り貼りで克明に記録されている。

特に目を引いたのが、その作業をした時の気持ちの動きまでが簡単明瞭に記されていて、初回の戸惑いと次回以降のギャップを埋めたポイントがいくつも書かれている。知識、アイテム、日時、天候、場所、言葉づかいと話す順序、道具の置き場所と向きなど、初心者の手引きとしてこれ以上の「マニュアル」を、あなたは見たことがない。
(初めてでも、シナリオ通りになぞるだけで『プロフェッショナル』を演じることができる)
ただの記録情報なら、目から入って頭で思考して、できる範囲で無理矢理記憶する。だから腹に落ちず、忘れてしまいやすい。しかし、情景と気持ちが記述されている『物語』は、自分をその中の登場人物として置き換えて、感情を伴ったストーリーを疑似体験できる。

「聞いた話」と「自分の実体験」の違いは比べるまでもない。社長が少年時代から無意識に実践しているこの方法は、社員を育てるための優れた資産になっていた。

(他人に、ストーリーの疑似体験をさせるために作っていたノートではないはずだが)
しかし、時とともにそれは充実してきていて、後半からはロールプレイで実際のセリフまで再現されている箇所が表れてきた。社員が増え、様々なタイプの人間に対応するため、より臨場感を出しつつ、ポイントになる点は細部まで表現したほうが効果的と判断したためだろう。
ついに、ロールプレイのシナリオだけでつづられたノートが生まれ、すでに何冊も存在していた。

あなたは今さらながら、さっき【法人】が言った「社長はかなり優秀」の本当の意味が理解できた。
同時に、『北海道株式会社の強み』も理解した。
シナリオを読むとよくわかる。
正確に言えば、シナリオを伝票や勤怠記録と併記させながら読むとわかる。
ストーリーの進行が冗長になる部分の動きで、ずいぶん無駄なコストが発生している。そこが改善ポイントだとわかる。改善の方法は、他の仕事の経験値が増えていくにつれ、見つけるまでの速度がアップする。

あなたは、特定の得意先との取引データを、第1回取引から数回分並べたリストをいくつか作った。
次に、同種類の依頼内容について、得意先は特定せずに、初回取引から数回分並べた取引データのリストを作ってみた。
(とんでもない実力だ)
いずれのリストも、初回の工数、初回の粗利と2回目以降のそれらとの差が歴然、というか懸絶している。
同じ相手、同じ種別の仕事なら、2回目から驚異の生産性を実現しているのだ。
また、リスト化した中に、2回目以降の実績が初回と変わらない取引もあるが、そういう場合は大抵3度目がない。取り組む相手として質の良くない仕事に対する手離れが実に良い。これにも驚かされた。

同じ失敗を2度繰り返さない、というだけでなく、自らの経験を次の行動に活かすのが格別に上手なのだ。
いわゆる「レバレッジを利かせる」ことに長けている。
最初に勤めた会社での、社会人としての生い立ちが、次の会社で活かせたのだ。

(原価を細かく算出するのも、同じことだろう)
一つひとつの事柄を取り上げて、愚直なまでに計算し、コスト感覚を体に叩き込む。
パイプ椅子1脚のレンタル料金を、単なる「数字」と捉えると、改善手段はコストダウンに限定されてしまうが、「売上に反映されるまでのプロセス」として捉えることができれば、そのプロセスの改善には多角的に着手できる。そういったことを繰り返してきているのだ。

あなたは内心、胸をなでおろした。
『こうすれば、会計処理はもっと簡素化できますよ』なんて言っていたら恥をかくところだった。
やはりそれは、「てにをは」レベルだ。経営は作文ではないのだ。

社長は、『プロフェッショナル』を吹聴する大学生に憧れたが、彼は経営者としてすでに事業の現場に立っていた。観念論の通じる世界でないことを、理屈でなく肌で感じていた結果、彼なりの形で憧憬を顕現化した。
それがこのノートだ。
北海道株式会社の強み。

社員側からは一見、決められたことしかさせてもらえないような気になるかもしれない。
(『プロ』について語る大卒者が不満を持つのは、表面だけを見るからか)
気持ちはわからなくもないが、プロならこの環境において独創性を発揮する場を見出したらどうなのかという気がする。付加価値を持たせられる箇所はまだまだあると思う。マニュアルに仕上がっているものは、その通りに動くのが良いが、マニュアル化前のシナリオには冗長なところが散見されるし、まだ改善されていない部分もある。

(オヤ?)
シナリオのページを繰る(画面をスクロールする)あなたは思った。
芝居や文芸作品ではなく、業務マニュアルの一部になるシナリオなので、設定もセリフもト書きもすべてが最小限で簡潔に書かれている。だから気づきにくかったが、これはひとりの人間が書いているものではない。

あなたの前に表示されているのは、書かれた文字そのものではなく、データベース化された文字情報だから筆跡はわからないが、文体の感性が微妙に違っている。もしこれを生の画像として見ていたなら、気韻生動が違うとでもいうべきだろうか。
(一昨年に退職した社長の先輩か)
最初そう思ったが、やがてそれだけではないことに気づいた。少なくとももう一人いる。

「それは、さっき話した5年在籍の事務の女性です」
【法人】はそう教えてくれた。
「このシナリオは、ただ記録すればよいというものではないので、誰もが書けるものではありません。『綺麗に文章が書ける』というだけではマニュアルの形に落とすことができないので、今は社長とその女性しかシナリオ作りには携わっていません」
少し、あなたを見直したような目つきだ。北海道社とは縁もゆかりもないあなたが、初見のシナリオの冗長な箇所に気づき、それを行動記録(データベース)と突合して改善ポイントを見抜いた点に驚いたらしい。
が、画面を凝視するあなたはそれには気づかない。

(長い影響線、社長の手にもあったらいいな。それに、その女性の手にも・・)
そんなセンチな考えが、あなたの胸をかすめた。二人は年齢が近く、どちらも独身だ。
会ったこともない先代の社長夫妻が、あなたに語りかけている気がする。【法人】を通じて。

「頼んだぜ。俺とカミさんが作った神輿と、これから担いでくれる二人のこと」
と。

北海道株式会社のケース(9)

不覚にも、涙が出そうになった。
(いけない)
そういえばこの鑑定、最初から感情移入していた気がする。

あなたは気を取り直した。
社長がプロフェッショナル集団を目指したきっかけと、この会社の強みについてはほぼ把握できた。
システム会社の営業担当者が、「プロフェッショナル集団の定義見直し」を提案することにも、こうなると賛同できる。
大卒にこだわる必要はない。教育システムがこれだけしっかりしていれば、人材が定着しやすい環境は既にできている。
じっくりと時間をかけて社員を育てることができるので、場数を踏んでいくうちにプロフェショナルな人材になるのは比較的容易だ。学歴は問題にならないはずだ。

しかし、北海道社のこれまでの傾向からすると、上昇志向で独創性の強いタイプが、教育システムとの不適合を起こして短期間での退職を繰り返している。
そうすると、人が居つかない文化が定着してしまう(というか、既にしているだろう)。それが社員たちの意識にも根付いてしまっているはずだ。

それに気づかない社長とも思えない。

あなたは、社長の方針に疑問を呈したシステム会社が、どんなパッケージを売ろうとしているのかを【法人】に質問した。
当然、北海道社を見て問題を感じた点に働きかけるような製品を勧めているはずだ。

しかし、【法人】の答えはあなたを失望させた。
「システム会社から提案されたのは、『プロジェクト型の収支管理に強い会計システム』です」
あなたの頭の中には、プロジェクト番号がズラリと記された『PJマスタ』という名称のデータ格納テーブルが思い浮かんだ。
売上・仕入のデータ、そして振替伝票仕訳などは、該当するPJコードを付与してシステム入力しておき、あとでそのコードを目印に、プロジェクト単位でデータを串刺しに出力できるといった程度の基本形しかイメージできないが、おそらくそれの発展形ではないかと思う。

【法人】は続けた。
「プロジェクト番号リストのインターフェースを起点に、顧客の取引記録の抽出や、売上と利益の図表化ができて、利益計画の策定資料が素早くできる点を特に強調していました」
と、あなたの想像の裏付けをするような内容だった。おそらくもっと高い金額のものなら、より高度な機能を備えているのだろうが、北海道社のスケールに合わせた廉価版を勧めているのだろう。

あなたが見たところ、それだけのシステムなら、北海道社はわざわざお金を払ってまで買わなければならないものではない。

(それは既に機械よりも的確にできている)
そもそも北海道社は、仰々しく基幹システムを導入するような規模になっていない。
規格外の道具を押し込んで、各種機能を宝の持ち腐れにしてしまうか、不必要な機能を使うために無駄な労力を奪われるか、どちらにせよ投資効率が悪すぎる。
財務体質が弱いところへ、大幅なキャッシュアウトをもたらす質の悪い投資などすべきではない。

「社員が居つかない状態が解消されると採用コストが抑えられて、システム導入費を払ってもおつりがくると、システム会社は話しています」
あなたの内心を感じ取ったかのように、【法人】はシステム導入による財務負担の軽減効果について口にした。

確かにそのとおりだ。今は、ほとんど常に社員募集をかけているような状態で、転職サイトへの掲載をはじめ、採用決定による手数料支払いや、社内での応募書類管理や面接対応にかかる手間暇を含めると、実質的なコストは結構な額になる。

(普通、このくらいの人数規模で求人募集している企業は、しばらく経つとまったく掲載されなくなるものだ)
長い間求職活動をしてきたあなたは、そういう実例をたくさん目にしている。繰り返し求人情報が掲載されているのは、大抵それなりの人数規模を持つ企業だ。

ごく小さな企業が繰り返し求人情報を出し続けるケースは多くない。採用活動に割く力あるなら、もっと別な方面に充当したいからだろう。
社員10名程度の企業では、処遇や知名度や将来性などの条件ゆえ、逆に、優秀な求職者からは相手にされないことが多い。やってきた応募者の中にそこそこの人材が居たら、慎重に吟味して採用し、何とか長続きするようにしたいという想いは、大きな企業よりもはるかに強い。

(北海道社だって、実態はそれに近いはず。それなのに、ワザワザそこまでする理由は?)
『プロフェッショナル集団』にこだわっているだけなら、ここまで来れば話は簡単だと思う。

求める人材のタイプを転換させ、継続的な採用活動はストップさせる。

今あなたの目の前にいる【法人】は、社内の空気感や土壌を構成して社長や社員を『誘導』できるというのだから、この男に対してあなたがそれを示唆すればよい。

北海道株式会社のケース(10)

プロフェッショナルの養成に必要な条件は、すでに整っている。
マニュアルどおりに動いてくれる人材を、じっくりと1人前に育てられる会社。

hokkaidouleft
北海道株式会社(左手)
hokkaidouright
北海道株式会社(右手)
baseGuide-Hokkaidou
今回の基本線ガイド(北海道)
個人 【法人】
生命線 取引線(売上仕入線)
知能線 製品線
感情線 社員線
太陽線 市場(マーケット)線
結婚線 関係線
影響線 影響線

(人差し指と中指のちょうど真ん中に達する感情線)
自分に良く、他人にも良い関係づくりに秀でていて、思いやりにあふれている性格。
女性にこの相がある場合、よく『良妻賢母の相』と表現されることがある。
あなたの置き換えでは「感情線」は「社員線」だ。▲▲社の鑑定では実際にその解釈で間違っていなかった。
おそらく、良妻賢母の相は、社員たちを子供とした場合、しつけや教育の在り方を示すのではないだろうか。

左手社員線の先端近くから数本出ている下向き短線は、個人の場合なら「他者の気持ちに対する感受性の細やかさ」を示しているが、これは北海道社の場合いうまでもなく業務マニュアルの造りに表れている。

小指のすぐ下、外側から中心部へ真横に伸びる短線は「結婚線」だ。
これは「関係線」と置き換えることにしている。社員との関係や社会との関係といったものを示す。
綺麗に1本だけ、長くはっきりと伸びるこの形は、実に理想的だ。もちろん、どんな関係性を目指す企業かによって理想の形は違うから、何が理想的だとは一概に言えないが、他の線やその勢いから判断すると、この【法人】の関係線はこの形が相応しいと思う。

(やはり、社員の採用が、今回の鑑定のポイントではないか)
採用方針を変更させることと、基幹システム導入話を白紙にすること。
このふたつを提案すれば、依頼を果たしたことになるだろう。
あなたがしゃべろうとした刹那、【法人】から質問してきた。
「社長はいつごろまで、この頻繁な採用を繰り返しそうですか?」
あなたは言葉に詰まった。

実はそれが、矛盾を感じつつ、どうしても答えが見出せなかった点なのだ。
関係線が綺麗に一本だけ伸びている。
互いに理解し合う安定した関係性に恵まれる特性の持ち主だと思う。
それなのに、社長が社員との関係において、その特性に反したことをし続けていることに、うまい説明がつけられない。
『プロフェッショナル集団を求めているから』というのは社長の願望だが、結果として起こしている行動が、【法人】そのものの基本的性格と合わないのだ。社長といえども【法人】に内在する要素のひとつにすぎないなら、それが暴走している異常さには別の原因があるはずだが、あなたはまだそれを解明していない。

ただし、大衆人気で末永く発展できそうな印(左手小指側から薬指の根元に向かって伸びる市場線)がくっきりと存在し、北海道社の活動自体が社会との良好な関係性を築いていくのは間違いなさそうなので、遅まきながらも【法人】が社長を誘導し、大卒にこだわる採用にブレーキをかけていけば、いずれは手のひらの状態と現実がマッチするだろうという判断だった。

(一応、先を読んだうえでの提案のつもりだが、どうやらそれだけを伝えても納得はしないということか)
【法人】にとっては、どうしても解消したい疑問だったのだろう。というより、社員たちの総意だったのかもしれない。

こういう時の対処に、鑑定の質が問われるのだ。
用意した回答をしようとしたら、先にそれを封じられた、という状態だ。

客側の意向を無視して鑑定者の側が、「自分の答えは、もうこれに決めているから」とばかりに、説得力のない解釈を押し付けたら、当然ながら客は不満を持つ。
客の成熟度が低くて鑑定者の解釈をブロックしているだけなら、緩急を使い分けつつ当初の回答を押し通すことに意味があるが、この場合は、こだわった行動をとっているのは社長であって【法人】ではない。
【法人】はあなたと議論がしたいのではなく、あなたに質問をしているだけだ。ごまかすわけにはいかなかった。

北海道株式会社のケース(終)

(良い関係、安定した関係になることを拒んでいるのだろうか)
安住することを嫌うタイプか? ぜひとも社長の手相を見てみたいところだが、あなたはハローワークとの契約で企業と関わることを禁止されている。鑑定した【法人】の会社と接触するなどもっての外だ。

(もしくは、弱点を補強するために『自分たちに備わっていない力』、言い換えれば『自分たちにそぐわない力』を欲しがっているのか)
弱点という言葉をキーにして手のひらをのぞき込むと、左手に比べ右手の市場線が細く短いので、業界シェアに打って出ている実感と成果に不全感を持っている可能性はある。

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北海道株式会社(左手)
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北海道株式会社(右手)
baseGuide-Hokkaidou
今回の基本線ガイド(北海道)
個人 【法人】
生命線 取引線(売上仕入線)
知能線 製品線
感情線 社員線
太陽線 市場(マーケット)線
結婚線 関係線
影響線 影響線

右手生命線(売上線)と知能線(商品線)がくっついてスタートしているので、もともと引っ込み思案なのだ。これは個人を占う場合の話だが、この場合【法人】に当てはめても話はつながりそうだ。
つまり、性格的な要素により、売上分野で思うように力を発揮できていない。
そのため、【法人】の短所を補強する使命感に駆られた社長が、懸命に弱点をカバーしようとして、自社なりの営業強化の道を探しているのではないか。ゼミの大学生を迎え入れた時のことを思い出して。

(たしかに、遂行能力がこれだけ高ければ、営業がどれだけ仕事を獲得しても受け皿のほうに問題はない)
つまり、基幹システムで会計面を強化するというのは会社の実力バランスの偏りを増大させるようなものなのだ。導入するなら営業管理システムのほうがニーズに合う。
新規客を見つけ、ソリューション営業へ展開する流れを効率化したいところだ。

(ソリューション営業への展開とその効率化については、きっと高いレベルで実現できるだろう)
今は地道な飛び込み営業をしていて、成約率は低い。ターゲットを絞って営業をかけるとしても、客にアピールする明確な特色がない。
仕事の質が高いので、依頼さえ受ければ実力はわかってもらえるが、新規獲得にあたって、『自社の顧客の姿』が明確にならないのだ。
仮に、香川県の顧客を切り捨てて『徳島県限定』を強調したから成約率が上がるというものでもない。

(マーケティングが課題ということになりそうだ)
顧客の本業を常時サポートするような事業なら、比較的口コミで広がりやすいが、顧客側にとって、たまにしか依頼しない単発の仕事相手のことでは、口コミもそれほど強力な伝播力にならない。

(それから、もともとこの会社は、口コミよりマスコミが合っているはずだ)
右手商品線の先のほうから、小指側に昇る数本の短線。
小指は通信や伝達、流行などを意味する。商品(この場合「事業」といった方が良いだろう)がパブリックリレーションへの高い親和性を示している。口コミよりマスコミをうまく活用するほうが、北海道株式会社の良さをアピールできるだろう。
「この会社に依頼したい」という予備軍を設け、そこに対してセールスを仕掛けたほうが営業効率は上昇し、持ち前の高品質を実感してくれた顧客がリピーターになり得る。
ポツンポツンとしたリピートでも、顧客の絶対数が多くなれば受注時期が適度に分散し、北海道社に安定した売上をもたらすようになることが期待できる。

何をマスコミにアピールするか、については考えるまでもなく、社長と、北海道株式会社の今日までの歴史が良いと思う。
【法人】の淡々とした語りだけでも充分なドラマ性に満ちていた。
しっかりとした演出で表現すれば、感動のストーリーが出来上がりそうだ。物語の合間に「お客様の声」を差しはさむと、好意的なコメントが得られてより効果が増すだろう。

(しかし、どうやって売り込むか)
【法人】が社長を誘導しても、父や初代社長の話を、積極的に雑誌社などへ語ることはなさそうだし、そもそも社長自身が「私の感動物語を聞いてください」などとアピールしたら、消費者は胡散臭さを感じてしまうだろう。
最終的には感動物語を受け入れてもらうとしても、そこに至るまでのプロセスは慎重に考える必要がある。

(マスコミとの懸け橋・・。その自然なきっかけになり得る要素・・)

あった!

中学時代から作文で賞をとったり、雑誌に地元リポートを送って掲載されたりしている

今、この会社で社長以外に唯一、会社の強みを支える「業務シナリオ」を書くことができる女性事務員がいることを、あなたは思い出した。

彼女は、社長と会社のこれまでの歩みを知っているのかと、あなたは【法人】に質問した。
「先代の仕事を引き継いで、先輩と二人でやりくりしてきたことは知っていますが、それ以外は詳しく知らないようです」
しかしそれでも、自身の昔話を社員に話したことは何度かあるそうだ。

(それなら不自然ではないだろう)
あなたは【法人】に、その女性に話すように社長を『誘導』し、次に、社内報を作るよう彼女を『誘導』するよう伝えた。
社員のあいだに、「ウチの会社の物語」を浸透させるうちに、それは自然な形で外部へ向き始めるはずだ。
右手製品線からの上向き短線(マスコミなど通信に対する特性)と、左手薬指に向かって外側から昇る市場線(外部からの引き立て)、それと両手の関係線(社員/社会との理想的関係性)を総合すると、その筋書きは、仕掛けさえすれば実現の可能性はすこぶる高い。やってみる価値はある。

右手の影響線の後半部分が35歳からスタートする。北海道株式会社は創業から33年。約2年の準備期間に、社内報で会社と社員のコミュニケーションを確立し、社員ひとり一人が強い広告塔になる頃、満を持してマスコミへのPRを仕掛ける流れが適切だと思う。
最初から全員でそれを狙って動こうとすると不自然さが出てしまうが、企画するのが赤の他人のあなたで、実行者が【法人】という形なら、当の本人たちには偶然の連続のようにしか感じられないだろう。

採用活動と基幹システムを凍結し、社内報の充実に資金を振り向けるのも有力な手段だ。
ただの印刷だけでなく、社内報の企画指導から取材及びライターの手配まで整えてくれる専門の企業もある。そういったところへプロデュースを依頼し、社員たちの創造の場を提供することも高い教育効果を持つことを、あなたは経験的に知っている。

もうひとつ、気づいたことがある。
左手の小指側からカーブして薬指に伸びる市場線の開始位置は22歳。今の社長が入社したときからスタートしている。
(ふたりの『父親』からのギフトだったのかもしれない。この会社そのものが)
だからきっと、うまくいく。
あなたは最後に【法人】にそう伝え、鑑定の終了を告げた。

オーバーフォース(2)北海道株式会社の鑑定を終えて

今回振り込まれた金額は、前回と比べると極端に少なかった。
ハローワークの最低保障よりは遥かに多額だったので、【法人】からの報酬がそれを上回っていたのは確実だ。
しかし今回は、新要素『【法人】内のデータベース』の存在を知り、それを駆使した高度な対応ができたはずだが、前回からの大幅下落はいったいどういう理由によるものだろう。

「【法人】からの報酬金額査定の方法は、ハローワークでも知ることができません」
例の、美人の女性担当官は電話の向こうでそう言う。予想していたことだが、あなたは混乱する。
前回の、驚くほど多額の報酬には、初回の契約金みたいなものが含まれていたのかと訊いてみた。プロ野球選手が入団するときの契約金に相当するものが、この【法人】相談にもあるのかもしれないと思ったからだ。

「いいえ。報酬は2種類だけです。ハローワークの最低保証額と、1回の相談に対して【法人】が感じた価値に相当する分しかありません」
自由業の収入は水物だ。多い時も少ない時もある。そう思うしかないのだろう。

(そういえば、国保と年金、それと住民税はどうなるのだったか?)
委託契約が継続になったときに説明を聞いたと思うが、詳しく覚えていない。あの時は、振り込まれた大金が本当に自分のもので良いのかという確認に頭がいっぱいだった。

(わざわざ電話をかけ直して聞くほど急ぐ話ではない)
次に会う時に聞こうと思った。
そのことに、環境の変化を感じた。ほんの半月前までは、未払い国保の分割納付はあなたの生活を脅かす大きな要因だったはずだ。
それが今となっては、“急ぐ話ではない”と思えるのだ。

しかし油断はできない。
この仕事がいつまで続くかわからないし、続いたとしても報酬が減って毎回最低保証額しか受け取れなくなったら、収入は1か月で15~16万円程度になる。しかも、契約期間中の就職活動は固く禁じられているのだ。
特別ボーナスに浮かれているわけにはいかない。

(北海道株式会社の規模が小さいから、▲▲社の時のような額にならないのか)
ぜひとも参考に知っておきたいことだ。
(あるいは、テキストマイニング的なデータ抽出をさせたせいか)
あなたは北海道社にそれを求め、【法人】はそれが『疲れる』と表現し、2度目の要求は断ってきた。
過度にリソースを使わせたことが、金額面に反映しているのかもしれない。

(あれはやはり、できるだけ使わない方が良い)
あなた自身の体調を考えても、テキストマイニングは避けた方が無難だ。

“会社に対するネガティブキーワードのトップテン”を素早くリスト化したあなただったが、それは、約10年にわたり、百人以上の会話データというけた外れのボリュームを、すさまじい勢いでスクロールさせて見つけ出していったものだ。
一つひとつの言葉をいちいち意識に上らせていたら到底完了しないので、多分、脳の言語野以外の場所で情報を処理していたのかもしれない。
あの日、ハローワークを出てからしばらくは、しつこい「めまい」に悩まされた。

テキストマイニングは【法人】のリソースを圧迫し、あなたの頭脳にもかなりのダメージをもたらすものだということを、鑑定から4日後の今もなお、わずかに残る後遺症とともに実感している。

それからさらに4日間、あなたのもとにハローワークからの連絡はなく、時間を持て余すあなたの心の中に不安が生じてきた。
【法人】からあなたへの評価が下がれば、相談依頼は無くなる。そうなれば、ハローワークとの契約が解除され、あなたにはまた、無職の境涯が待っている。
今でこそ預金残高には▲▲社から受けた破格の報酬が残っているが、この先就職が決まらなければジリ貧になることは目に見えている。

(だからといって【法人】に営業をかけることもできない)
ひたすらハローワークからの依頼を待つ以外にないのだ。
あなたにできる唯一の『営業』は、対面する一瞬一瞬にかける誠意と実力のみだ。

(北海道社に対して、それが示せなかったか)
報酬金額は少なく、次の依頼が来ないという現実に、あなたは背筋が寒くなった。恐怖だった。
せめてあと数回、依頼が来てくれれば、そして、初回並みの金額がもらえれば、契約が解除された後は、年金がもらえるようになるまで細々とアルバイトで食いつなぎ、老後の生活も何とかなるかもしれない。

更に連絡がないまま週が明け、月曜の朝にかかってきた電話に、あなたは淹れたばかりのお茶を置き捨ててハローワークへと急いだ。

担当官はなぜか複雑な表情であなたを迎えた。
あなたの心臓は早鐘のように血液を脳天に集めた。
(やはり荷が重かったか)
早くも契約解除の宣告を受けることになるのかと、あなたは彼女の顔を凝視しつつ、意識上の視界には何も見えていなかった。

「今までなかったことなのですが、【法人】からの問い合わせが殺到しています」
北海道株式会社との面談後、あなたに関する口コミが【法人】の間で一挙に広まり、相談希望者をはじめ、あなたについて詳しく教えてくれという連絡が、ハローワークに次々と寄せられているという。
ここ1週間ほどその対応に追われ、次回の段取りが進まなかったそうだ。

(口コミ・・)
【法人】にもそんなものがあるのかと、またもや疑念が生まれる。
やはり自分は担がれているのではないか。【法人】というのは設定にすぎず、あなたが接したのは普通の人間ではないかということだ。

(まあいい。どちらにせよ、北海道社のあの男にとって、先日の鑑定は評価が高かったようだ)
我ながら、鑑定の最後のほうは、流れでパンパンと言い放ってしまった感があり、後ろめたい気持ちがあった。だから前回との金額比較で反射的に低評価だったのだと早合点してしまったが、事実は違っていたらしい。

(しかし、よく考えてみれば本当の“低評価”とは、【法人】自身からの報酬が無いことだから、焦るのはハローワークからの最低保証額しか払われなくなった時でよいのかもしれない)
あなたはそう思い直した。

担当官は、【法人】とあなたの間で何があったのかをよほど聞きたいらしい。
しかし、面談内容を口外することを許可していないのはハローワークのほうだから、彼女があなたに質問することもできない。
複雑な表情であなたを迎えたわけは、それによるものだったのだ。

あなたの側だって、本当は彼女に話すことで、【法人】との接触の仕方について、自分の考えを整理しておきたい。【法人】の記憶がデータベースソフトに表示されるなんて不可思議な現象を、ハローワークはどう思っているのか。
一番引っかかっているのは、【法人】は社内の人間を『誘導』できるそうだが、本当にそんなことができるのか?

あなたは既に、北海道株式会社の本当の社名を知っている。【法人】のデータを見たのだから当然のことだ。
近い将来、社内報が創刊されれば、それはあなたの指示を受けて、【法人】が社長を誘導したためかもしれない。
ただし、「社内報の創刊」というトピックが、部外者に知らされることはあまりない。
確かめてみたい気持ちが非常に高まっているのだが、それについて調べることがどこまで許されるのかを、目の前の担当官に質問してみたいのだが、そもそも「社内報」という単語も相談内容に関わるので、口にすることができない。

「まず、この後に入っている2件分の依頼を受けて頂きたいと思います。そのあとの面談の組み方については、私どもの間で調整してご連絡いたしますのでお待ちいただけますか」
担当官は日時を告げた。

(よかった)
あなたは胸をなでおろした。
念願だった仕事の依頼が来たのだ。
老後の生活への不安は、ひとまず数歩先へ遠のいた。数歩進んだときに再び対面しないで済むよう、次の依頼でもしっかりした成果を示さなくてはならない。
その繰り返しを心がけなければ、自由業では暮らしていけないのだ。

サラリーマン専一だったあなたの感性が、こんな早く切り替わってしまったことに、あなた自身まだ気づいていない。