▲▲社のケース(5)vol.052

さて、男の話に戻ってみる。

古参社員と若手社員。

どちらのグループも、自分の勤めている会社が好きだから、心底自社のためにと思ってしている。

普通ならベテランの顔を立てて若手は控えめになるところだが、この話に限って言えば、実績がモノをいうところだ。

若手が推す通販方式が社の苦境脱出の主役だったことを考えれば、両者は対等だ。
だからこそ、対立が大きな問題を生んでいそうな気がする。

むろん、これらのことは、あなたが男の話を聞きながら頭の中だけで組み立てた想定にすぎない。

しかし、▲▲社を外部から見ているだけでは知りようのない社内事情の一端を聞くだけでも、様々な公開情報とひっかけて、状況把握や助言は圧倒的にやりやすくなる。

あとは、この男が最も気に病んでいる「人間関係」のトピックを足掛かりに話を深め、気持ちを引き付けながら効果のありそうな提案を示せれば、面談はひとまずカタがつきそうだ。

しかし、これだけの情報を持っているということは、やはりこの男は▲▲社の社員のようだ。

話す内容からして事業部の人間ではなさそうで、さっき『総務や経理』と、具体的な管理部門の部署名を挙げながらも、そこに『人事』が含まれなかったことや、人の動きや気持ちの部分を重視することからして、人事部門の人間なのかもしれない。

(……)
あなたは複雑な気持ちになった。

あなたの希望としては、▲▲社の人事担当とは、こんな形で会いたくはなかった。

(あるいは……)
これは、形を変えた面接なのかもしれないという観測も、正直捨てがたい。

あなたは2週間後に、この面談の報酬として約8万円をハローワークから受け取ることになるが、それで▲▲社との縁は切れてしまう。

この男はきっと、あなたの素性を知っている。あなたの応募書類を最近見ているはずだ。それを承知であなたにこの話をしているに違いない。

(もうそろそろ、個人同士の会話に改めて、入社を希望しているという話ができないだろうか)
腹の底でそんな声が聞こえ始めている。

実力の片鱗を示すことに成功すれば、プロジェクト要員としてのオファーが得られるかもしれない。

最初はそんな形でもいい。

プロジェクトベースの採用だと有期契約になるかもしれないが、あなたは雑多な就労経験を通ってきただけに、割と順応性が高い。
▲▲社のカルチャーにもすぐに適応し、固定メンバーとして現場から認められるようになることには自信があった。

(が、その前に……)
あなたには、その前にもうひとつ引っかかっていることがある。
聞き捨てならない先ほどのセリフだ。

「外部の力を導入しようと、基幹システムの強化を図りました」というものだ。

これについて触れないわけにはいかなかった。絶対に譲れないあなたのポリシーだ。

《続く》

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