皮肉な「書類選考通過」!二股の誘惑?(1)vol.015

あなたは契約書を手に、アパートへの道を歩いていた。

時刻はまだ正午前だ。
バッグの中には、ハローワークの担当官から受け取った契約書が入っている。
これに署名捺印して来週月曜日に提出すれば、同日付で処理され、仮契約が成立する。

しばらく歩くと繁華街に差し掛かり、連れ立って歩くスーツ姿が、あちこちに目立ち始めた。
昼休みの食事のために外出した勤め人たちだ。
何となく浮き浮きした感じの人が多いなと思い、ふと今日が金曜日だったことに気づく。

退職後のあなたは、切迫感に追われて曜日の感覚がなかったが、今日は久しぶりに安らいだ週末を迎えられそうだ。

念願の『雇用契約書』というわけにはいかなかったが、あなたに労働対価をもたらしてくれる『業務委託契約書』を手に入れたのだ。
たった1回きりのものだが。

(喫茶店へ行こう)
金曜日の力が、あなたをそんな気にさせたのかもしれない。
曲がりなりにも仕事が与えられそうだからでもあるが、何よりあなたが『スカウト』された喜びと実感は、何物にも代えがたい。

転職市場で一切認められなかったあなたに、相手から声がかかったのだ。

たくさんの登録者に届く、まったくあてにならない「オープンオファー」でもなければ、それと何の違いがあるのか、あなたにはさっぱりわからない「興味通知オファー」でもない。

面接確定のはずの「プライベートオファー」で、面接前に断られたことさえある。
想定外の応募数に泡を喰った人事担当からの謝罪文と共に。

苦い経験ばかりの中、今回はたったひとり、あなたにだけ声をかけられ、契約も成立寸前だ。

祝杯をあげたくもなる。
それに、法人の誰と対面するかわからないが、どんな話にも高いクオリティで対応し、一回限りのチャンスを、今後も継続していくためのプランが必要だ。

空気の澱んだあなたの部屋は、どう考えてもそれを考える場にはふさわしくない。
貧乏暮らしに外食は厳禁だったが、そんな事情で今日のあなたは喫茶店へ足を向けた。

《続く》

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする