岩手県株式会社のケース(12)vol.104

あなたが一気呵成に書き上げたのは、取材要請の文章だ。
それはこんな内容だ。

緊急事態発生!

どうか御社の記事で、ヒット企画を支える小さな町工場を救って下さい!

突然のファックス申し訳ありません。
弊社は○○区の岩手県株式会社と申します。
社長と二人の息子、そして女子事務員ひとりの小さな所帯で、機械部品を作っている創立34年の下町の工場です。
名も無い会社ではありますが、今話題になっているビアガーデン『ビールの指輪』の大ヒットにより、大変困ったことになっています。

私どもでは、独自開発に成功した「スタビライザー」と呼ぶ小さな機械を指輪に埋め込むことに成功し、『予約が取れないビアガーデン』の盛況に一役買わせていただいております。

実はビア社さんからこのお話をいただいたときは、正直こんな大仕事になるとは予想もできず、オヤジひとりでコツコツと仕上げて参りましたが、今では月間の注文数が当初予測の60倍にまで膨れ上がり、もはや私どもだけでは365日寝ずに働いても生産が追いつかなくなりました。

しかし事業はまだ緒についたばかり。今のところは首都圏に2店舗きりですが、CMでも流れているように、今後は全国展開に向けて事業は極めて順調です。ビア社さんからは、さらにこれまで以上の注文数が見込まれるとお聞きしています。
ただし、私どもは技術はあっても量産ができず、このままではビア社さんをはじめ、指輪を待つ入会希望の方々にも大変なご迷惑をおかけしてしまうと思い、気が気ではありません。

つきましては、ビジネス雑誌界をリードする御社の伝播力・影響力におすがりする次第です。
どうか、私どもと技術を共有し、ともに指輪機能の心臓部を担ってくださる製造会社との出会いを、御社の記事で取り持ってはいただけないでしょうか。

まことに図々しいお願いではございますが、さきにも申しましたとおり、私どもは無名の町工場ゆえ、ホームページに掲載しても手を上げてくださる企業は現在のところ、まだ一社も見つかっていません。
生まれ育った地元の土と空気を糧に、一つひとつ大切に組み上げてきた成果ですので、できることなら国内の企業で純国産のエレクトロニクス技術として取り扱っていただきたいのですが、このままでは埒が明かないと、最近は海外への譲渡も視野に入れ、近隣に工場を構える中国・韓国系技術者の伝手に頼ったりもするようになりました。

しかし、日本の下町発祥の技術として、やはり真に実力を持った日本企業に譲り渡したい。
国際化が進む中、何とも料簡のせまい考え方でしょうが、近所でも頑固おやじで通った職人の、最後のわがままを聞いてもらいたい。鼻たれ小僧だった昔と変わらない平屋だらけのこの町で、立ち並ぶ屋根の向こう端にグラングランと沈む夕日を見ながら思うのは、どうにもこの国が好きでたまらない単細胞な自分の姿です。

どんな小さな記事でも結構です。掲載を快諾してくださる雑誌社様からのご返事を、首を長くして待っております。よろしくお願い致します。

これを、大手ビジネス誌と言われる数社に向けて、ファックスで発信する。

《続く》

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