担当官はなぜか複雑な表情であなたを迎えた。
あなたの心臓は早鐘のように血液を脳天に集めた。
(やはり荷が重かったか)
早くも契約解除の宣告を受けることになるのかと、あなたは彼女の顔を凝視しつつ、意識上の視界には何も見えていなかった。
「今までなかったことなのですが、【法人】からの問い合わせが殺到しています」
北海道株式会社との面談後、あなたに関する口コミが【法人】の間で一挙に広まり、相談希望者をはじめ、あなたについて詳しく教えてくれという連絡が、ハローワークに次々と寄せられているという。
ここ1週間ほどその対応に追われ、次回の段取りが進まなかったそうだ。
(口コミ……)
【法人】にもそんなものがあるのかと、またもや疑念が生まれる。
やはり自分は担がれているのではないか。
【法人】というのは設定にすぎず、あなたが接したのは普通の人間ではないかということだ。
(まあいい。どちらにせよ、北海道社のあの男にとって、先日の鑑定は評価が高かったようだ)
我ながら、鑑定の最後のほうは、流れでパンパンと言い放ってしまった感があり、後ろめたい気持ちがあった。 だから前回との金額比較で反射的に低評価だったのだと早合点してしまったが、事実は違っていたらしい。
(よく考えてみれば本当の“低評価”とは、【法人】自身からの報酬が無いことだから、焦るのはハローワークからの最低保証額しか払われなくなった時でよいのかもしれない)
あなたはそう思い直した。
担当官は、【法人】とあなたの間で何があったのかをよほど聞きたいらしい。
しかし、面談内容を口外することを許可していないのはハローワークのほうだから、彼女があなたに質問することもできない。
複雑な表情であなたを迎えたわけは、それによるものだったのだ。
あなたの側だって、本当は彼女に話すことで、【法人】との接触の仕方について、自分の考えを整理しておきたい。
【法人】の記憶がデータベースソフトに表示されるなんて不可思議な現象を、ハローワークはどう思っているのか。
一番引っかかっているのは、【法人】は社内の人間を『誘導』できるそうだが、本当にそんなことができるのか?
あなたは既に、北海道株式会社の本当の社名を知っている。 【法人】のデータを見たのだから当然のことだ。
近い将来、社内報が創刊されれば、それはあなたの指示を受けて、【法人】が社長を誘導したためかもしれない。
ただし、「社内報の創刊」というトピックが、部外者に知らされることはあまりない。 確かめてみたい気持ちが抑えがたい。 だから、それについて調べることがどこまで許されるのかを、目の前の担当官に質問してみたいのだが、そもそも「社内報」という単語も相談内容に関わるので、口にすることができない。
「まず、この後に入っている2件分の依頼を受けて頂きたいと思います。そのあとの面談の組み方については、私どもの間で調整してご連絡いたしますのでお待ちいただけますか」
担当官は日時を告げた。
(よかった)
あなたは胸をなでおろした。 念願だった仕事の依頼が来たのだ。
老後の生活への不安は、ひとまず数歩先へ遠のいた。 数歩進んだときに再び対面しないで済むよう、次の依頼でもしっかりした成果を示さなくてはならない。
その繰り返しを心がけなければ、自由業では暮らしていけないのだ。
サラリーマン専一だったあなたの感性が、こんな早く切り替わってしまったことに、あなた自身まだ気づいていない。