▲▲社とは、あなたがこの相談業務の契約締結の日、せっかくの面接オファーを苦渋の決断で蹴った、あの会社ではないか。
……しかし、そんなことがあるだろうか。
たしかにハローワークとの契約日の朝、応募中企業の面接を受けたいから、締結は少し遅らせてもらえないかと、あなたは担当官に告げた。
だが、社名までは明かしていない。
それに、▲▲社に応募したのはハローワークからではなく、「しごとセンター」からだ。
しかし、しごとセンターも、運営が民間企業なだけで、組織自体はれっきとした公的機関だから、実態は密につながっていて、あなたを試したのかもしれない。
「契約期間中だが、こっそりと▲▲社の面接だけは受けよう」
と考えたことが一瞬頭をよぎり、あなたはたじろいだが、すぐに立て直した。
あのあと、結局あなたは全てを正直に話し、ハローワークとの間で違反行為をしてはいない。
『初回はお試し』の意味が分かった気がする。
あなたという人間が、本当に信用できる人間かという、手の込んだ仕掛けではないか。
となるとこの男は、本当は▲▲社の人間ではないのではとも思う。
そこに対して、何となく探りを入れてみたくなった。
社名を聞いたのだから、ついでに所属部署も聞いておきたいと、あなたは男に聞いてみた。
が、その答えは、あなたが求めているものではなかった。
「私は、▲▲社です」
先ほどと全く同じ言葉を、同じ口調で繰り返す相手の目を、あなたは無表情に見つめた。
その時あなたの頭に浮かんだのは、疑問ではない。
(おちょくっているのなら、許さん)
相手の目にピタリと焦点を合わせたまま、あなたは無言を保ち続けた。
まるで真剣での立ち合いのように、相手の出会いがしらを撃つ気迫を保ちつつも、静かな心境のまま、あなたは平然と沈黙を続けた。
あなたが知らなかった、自分自身の一面が続出する。
(撃ってこい)
と言わんばかりの堂々たる態度。
重心はしっかりと沈み、上半身に余分な力は一切入っていない。
長い沈黙に耐えられず、先に音を上げたのは、相手のほうだった。
いや、あなたの得体のしれない気迫に対して音を上げたのかもしれない。
「失礼しました。何もご存じでないことは承知しています。今はあえて言葉を少なくして、反応を確かめさせてもらいました」
男は、居住まいを正して姿勢をまっすぐにし、つつましやかに言葉をつないだ。
「私は【法人】です」