はじめに ~片寄りは ニッチ起業の優先権~

主人公「あなた」は、ひ弱で、この弱肉強食社会を雄々しく生きる力に欠けています。
・・と思い込み、積極的に何かを得ようとはしない人生を送ってきました。
「欲しければ奪ってでも」という言葉は、あなたの辞書に書かれてはいますが、
わざわざ二重線で消しています。

幼いころから「行儀よくしろ。他人に迷惑をかけるな」と言われ、素直に従ってきました。

大人の中には、本当はあなたが強い戦士であることを望んでいるのに、
攻撃心を自分に向けられるのが怖くて「行儀よくしろ」と言ってくる人がいます。

自分に自信がない大人に多い特徴です。
心の底での期待と、言葉での要求が食い違っている自覚がなく、
子供に対しては『一貫したしつけ』をしていると思い込んでいます。

普通、子供にはそんなことはわからないから、適当に好き勝手して
怒られたり褒められたり、周囲の仲間たちと影響し合ったりするうちに、
大人の身勝手なダブルスタンダードが薄められてバランスが取れ、
そのうち大人になっていきます。

『一貫したしつけ』=『ダブルスタンダード』
この裏公式に陥っている人の中で、そのことに気づく人は多くない。
その道のプロである心理カウンセラーでさえ、書物から表面的に知っているだけ、という人もいます。

でも、幼いのに、この裏公式に気づいてしまう子供もいます。
そうです。「あなた」です。

ほんとうは、「行儀よくしろ。他人に迷惑をかけるな」と言われて、素直に従ってきたわけではありません。

「強くあれ。積極的に戦え。戦ったら負けるな」という非言語のメッセージをも感じ取れるので、
自然に備わった闘争心を解放しようとします。開放しやすい対象は、身近な大人です。
まずは、『主張すること』。
言葉でも行動でもいい。そこから始まります。
しかし、「でも、私のことは攻めるな」というメッセージも読み取れます。

だから抑えます。
そんなあなたを見た、要求した張本人である大人は、戦う姿勢を見せないあなたに苛立ちます。
要求通りにしたのに責められるあなたは、どうしてよいかわかりません。
どう振る舞っても満足しない相手との付き合いが、どんなに手に余るものだとしても、
幼いあなたにとってはその相手こそ唯一の命綱です。

激しく混乱、葛藤します。何をしてもダメ。つまり、行動ではなく、あなた自身が『ダメ』なのです。
・・・と、仮決定して生きねばなりません。

仮決定でも、それが外界に対するあなたの「見せ方」である以上、周囲はみな、
あなたを「そんなヤツ」としか見ません。

従順で腰が据わらず、強く出ればスゴスゴということを聞く都合のいいヤツ。
あなたに対するその評価は、大人の要求に従う、いつものあなたと少しも変わりません。
そして、戦えないから舐められる。いじめられる。いいように利用される。

心の中には「強くあれ。積極的に戦え。戦ったら負けるな」という言葉がしっかりプリントされています。
外の世界で遭遇する相手はあなたにとっての『命綱』ではありません。攻撃性を解放してもいいはずです。
その時あなたは気づきます。
「仮決定だったはずなのに。いつでも撤回できるはずだったのに」
いつしか『ダメ』なあなたはレギュラー化していたのです。

体力はあるはず。頭の回転も悪くないはず。
「スポイル」なんて言葉は、当時は知りません。ただ力が出ない。ただ弱く思えるだけです。
戦えない自分を「弱いからだ」と思ってしまいます。
そうなってしまうメカニズムがわからない大人たちも、あなたをそんな風にした張本人であることを棚に上げ、「あなたが弱いからだ」と決めつけます。
それを克服させるためにと、ご丁寧に格闘技を習わせたりしますが、原因の分析と解決方法が根本的に間違っている。
闘いの場などというところへ真面目に通うほど、あなたの弱さは際立ってきます。

そのことに深い悲しみと怒りを感じながら、
その感情の処理方法だけは、誰からのメッセージにも含まれていない。
だから怖い。見ないことにしたい。

本当はそこで目を背けないことで、陥りかけた泥沼から脱出するチャンスが得られるのですが、たいていはまだ自我が十分に発達していない頃のことですから、最初のチャンスは見逃し三振します。
その時の傷の大きさと、傷を負う頻度の多さは、その後の「生きづらさ」に直結してしまいます。

こういうのって、感受性の強い子供が、弱い大人の影響を受けて育った時の典型ではないでしょうか。
ダブルバインド。
片手で棒を振り上げ、残った片手で犬を呼び寄せる人間と、
近寄ることも離れることもできず、強烈なストレスを受け硬直する犬の関係。

そんなダブルスタンダードの調整に、若いエネルギーの大半を消費し、
あなたも結果的に自分をひ弱だと思いこまされてきたようです。

意外にいるんです。こういうタイプ。
煮え切らないというか、食い足りない人で、毒にも薬にもならぬ扱いを受けていたりします。

こういう人が周りにいたら、「その人の興味・関心事」や「密かな情熱の対象」を、そっとキャッチしてみてください。

なぜかって?
気になりませんか?

物心ついたころから、他人の矛盾の解消なんていう理不尽を押し付けられ、ヘトヘトに消耗しているにもかかわらず関心を持ち続ける対象ですから、その中に見出されている価値は、一般的なものを超越している気がします。
知りたくありませんか? それが何なのか。

「あなた」の見つけ出した価値は、世間で渇望されている能力だけれど、その姿がはっきりと認識されていません。
「あなた」も自分を売り込むことができない性質で、その価値を他人に分かってもらえず、さんざん苦労しますが、その間、あなたの登場を待っている世間の人たちもみな、さんざんに苦しんでいます。

誰もが安易に思いつくレベルで、すでにビジネス化されていても、どれも本来の深いニーズを満たすまでには至っていない。
期待して大金をつぎ込む依頼主と、期待を満たすには不十分と薄々知りながら解決策を提供する請負者。
無駄金を失った不満や怒り・失意に苦しむ客と、過重労働を強いられた結果、さらに非難される労働者。

『ビジネスってそんなものだ。それを繰り返しながら成長するものなんだ』
そんなパラダイムの中にいると、何となく受け入れてしまうけれど、現代はその速度が目まぐるしくて、渦の中の人たちのダメージが著しい。
「ビジネスってそんなもの」というパラダイムが出来上がった古き良き時代とは話が違う。

スピードについていけず、自分が病気になってしまう人。
自分より弱者にダメージの負い先を移して、部下を病気にしてしまう人。妻を、子供を病気や事故で失くしてしまう人。
誰も病気にはならないが、家庭そのものを壊してしまう人。
極端な浪費をしないとバランスを保てなくなった人や、特定の事柄に依存してしまう人。

「広く浅く、なんでもお任せ」とは言えない時代です。『○○総合企業』では、むしろ大衆の目を引きづらくなっています。
専門店化(ニッチ)時代になってから、それなりの時間が経っていますが、まだまだタネは尽きていません。
これからも生まれてくるでしょう。

ニッチ市場を開拓するには様々な条件がありますが、一般的な『努力』とか『信念』とか『分析』よりも
『時の運』とか『欲望・怒り』みたいなことの方が、発火力が強く、初期の推進力(エネルギーの核)になりやすい。
そんな中でも最も爆発的なキーワードは
【非常識】
ではないかと思うのですがいかがでしょう。

常識は、ビジネスを含め、この広い世界でまともに生きてゆくための大事な要素ですが、時間や空間をはじめとする数え切れない制約が付きまといます。

マーケットが小さく限定されているニッチの世界に、オーバースペックな常識は必要ないどころか、それに振り回されて余計なエネルギーを浪費します。

だから、不要な要素を全部外して非常識になると、その身軽さゆえに、小さなエネルギーでも猛烈に前進できるアドバンテージが備わります。

そしてその【非常識】を最大に活かすには、開拓する本人が、
「この生き方こそが自分の人生である」という土台に立っている自覚があること。

学歴や資格や、頑張って集めた名刺などで上物は立派になりますが、土台が弱いと弱震程度でもその事業は終わってしまうでしょう。

でも、土台を見つめ直し、真っ向から取り組むのはキツイ。
正直言って、やりたくない。
でも、生まれるときにそれを「使命」として選んできた人は、必ずやらなければならない。

それを無意識に理解している人は、試練という形でステージアップの好機を引き寄せてしまうことがあるようです。

その試練を乗り越えて本来いるべきステージに立つか、
乗り越えるのに失敗して(逃げて)何度もリトライするうちに寿命を迎えるかは「あなた」次第。

これは、そんなことを綴った物語です。