【法人】現る!(4)vol.037

かすかなモーター音だけが、壁を通して聞こえ続けている。
あなたが椅子に腰かけてから、もうそろそろ10分が経過する。

心臓の鼓動がやけに大きく響く。
口の中が乾いてくるので、あなたは何度もマグボトルを傾け、緑茶で口を湿らせた。

不意に人の声がして、あなたは、飛び上がるほど驚いた。

あなたを運んできたエレベーターは、地下4階に止まっていたはずだ。
これが動き出したら、相手が下りてくる合図だと思い、作動音にはずっと注意を払っていたが、間違いなくエレベーターは動かなかった。

それなのに、いつの間にかカーテンの向こうに立っていた人物が、部屋の中のあなたに向かって声をかけてきた。

廊下の奥の暗がりで待機していたのだろうか。
面談の相手の待機場所は、ハローワークの担当官から聞かされていない。
あなたの動悸は急速に早まり、アドレナリンが体中を駆けめぐるのを感じる。

(何人で来やがった)
あなたは、瞬時に闘争的になった自分自身の思考に驚かされた。

(何人いようが、全員潰してやる)
続けて当たり前のようにそう考えた自分自身に、さらに驚かされる。

これまでになかった思考プロセスだが、まるであなたが最初からそういう人間であったかのようなナチュラルさだった。
というより、何も考えていないのに、イメージだけが形成され、しかもそれは、「当然そうなる」という根拠のない確信を伴っていた。

もはや受託契約とか、収入とか、自信のなさとか、ほんの少し前まであなたを取り巻いてきた重苦しい思考の渦は一瞬のうちに無と化して、闘いの意思をみなぎらせたあなたが、そこにいるだけになった。

さっき確認した逃走経路のことも、既に頭から消え去っている。
『開き直る』とは、こんな感覚なのだろうか。

(逃げられないのは、むしろ相手のほうだ)

こんな文脈、あなたの人生に無かったはずだ。
自分でないような自分。

死を考えざるを得ないほど追い詰められたときに現れる「正負の逆転スイッチ」を押すことに、あなたは成功したのかもしれない。

《続く》

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