「どうぞおかけください」
思ったより抑えめなトーンの声に、あなたは失礼しますと応じて椅子を引きながら、頭の中では断る理由を数パターン考えていた。
・加盟金を払えないこと
・協力者のあてがないこと
・【先輩加盟者の声】などの情報はマユツバであること
・本部の販路扱いにされ、指導とは名ばかりの圧力が想定されること
・その圧力に「アドバイス料」という名のフィーが発生しそうなこと
・解約ペナルティーを払えないこと
まあ、こんなところだろうか。
「こんなところにお呼びして申し訳ありません。私は起業支援の【法人】受付部門を担当しております××と申します。よろしくお願いします」
この女性はアシスタントだと思っていたが、そうではないらしい。
あなたはあいまいに応じながら、改めて女性の顔を確かめるように見てみる。
落ち着いた事務的な雰囲気だ。
頭の中に詰め込んである無機質なフレーズ(フランチャイズの募集要項)を一方的にまくし立てるようには見えない。
が、それでも一応、
「このくらいの収入が見込めます」
「何月何日に説明会を開催しますので、詳しいことはそちらで訊けます」
「○○公社では、有利な条件で加盟金の融資を行っています」
などという説明がいつ開始されるか、あなたは警戒しながら彼女の様子をうかがっていた。
しかし、担当官が話し始めたのは、あなたの想定外の事柄だった。
「今年の3月にハローワークで実施した、『応募書類作成セミナー』に参加されましたよね?」
そういえば数ヶ月前、2日間にわたってそんなセミナーを受けた。
「履歴書」、「職務経歴書」、「応募書類送付状」
などを、必死に作りこんで持って行ったことを思い出す。
たしかにセミナーはあなたの応募書類を充実させる役には立った。
だが、あなたの就活をサポートするものとは言い難く、だからこそ、今もこうしているわけだ。