青森県株式会社のケース(3)

「社長の家は、地元でも割と知られた地主で、もともとは倉庫業をやってましてね・・」
不動産などに縁のないあなたにはわからないが、その倉庫業を個人事業主として行っていたのには、税金対策など様々な理由があったのだろう。あくせく働かなくとも食っていける。あなたにとっては夢見たくなる境遇だが、金持ちには金持ちなりの苦労があるということか。
しかし、『お金が無くての苦しみ』より『お金が有っての苦しみ』のほうが、やっぱり「マシ」なのではないかと思う・・。

あなたのそんな個人的感慨はさておき、社長は倉庫会社を始めた当初から、そこの経営者としてというより地元の金持ちのせがれ(当時は20代で親は健在)として、同じような金持ち層との付き合いが多く、あまりモノにこだわらない鷹揚な性格でもあったため友人も多かった。
そんな友人の一人に、地元の研究機関に勤めている男がいた。

その地区は、国または企業の研究機関や工場が集まった広大な地域で、全国でも名の知れた一大都市を形成していた。その友人は国家公務員として、ある研究所で事務官として働いていた。

その友人も家代々の資産家でありながら、国家公務員(ノンキャリア)の薄給に甘んじていたのは、早くから悠々自適の精神を身に着けていたためだろうか。日々の仕事も適当に楽しみながら淡々とやっていたようだ。
そんな彼が、4月初めのある晩、社長と一緒に飲んだときにブツブツと文句を言った。
「引っ越しの荷物が多すぎるんだよ。どうせ2年でまた出ていく奴らがさぁ」
どうやら、年度末前後で同僚の引っ越し手伝いが重なり、かなり大変だったらしい。

毎年決まった時期に、職場の人事異動で公務員宿舎に出入りする同僚がいる。よほどの大所帯だと専門業者に依頼するが、基本的に引っ越し慣れした転勤族は、高い引っ越し料金を払うよりは、トラックだけをレンタルして、職場の仲間を動員するケースが多い。

地元採用で転勤を回避している彼は、その分出世もしない。それでも公務員暮らしを楽しめる性格ではあったが、毎度の“引っ越し動員”には辟易していた。特に3~4月、6~7月は定番で、時折10月や1月にも駆り出される。
親族に農家が多く、そちらの手伝いも重要なので、体がいくつあっても足りなくなるのだ。

飲みながらの他愛ないグチとして適当に相づちを打っていた社長だったが、友人は酔うにつれて、社長をかき口説き始めた。
「なあ、なんとかしてくれよ。お前ンとこの倉庫にタンスとか置いといてさぁ。そしたら俺が『持ってくるな』って、移ってくる奴に注意しといてやるからよ。借り賃と人足代で商売できるように考えてくれよ」
それだけなら酒の席の雑談で終わってしまっただろう。そんな思いつきで簡単に事業化できるほど、商売というものは甘くない。「だから公務員ってのは世間知らずなんだ」と、社長も酔いに任せて好き勝手を言った。
怒るかと思いきや、友人は座り直して話し始めた。意外に冷静だったのだ。よほど困っているらしい。

「ウチ(の研究所)は給料がみんな振り込みでさ、同じ銀行の支店に口座作るようにしてるから、銀行もいろんな引き落としだの振り込みだのをサービスでやってくれるんだ」
彼が所属している総務部に厚生(共済)係という部署があり、そこの担当者の裁量で、転任者には地元銀行の特定支店で口座を開設させ、基本的にそこを給与振込口座にしていた。
銀行側は口座獲得の見返りに、法廷控除外の預り金に関する手数料を無料にしている。組合費、互助会費、財形貯蓄、生命保険、宿舎費、共済貸付返済金、等、結構多岐にわたる。

そこで「おもしろいな」と思った社長は、当時まだ一般的でなかった家具のレンタルを考え始めた。
“宿舎費”に準ずるものとして“調度費”みたいに給与からの天引きにできるなら採算が取れるかもしれない。