ゾクゾクして、尿意を催す。
そういえば、このフロアにトイレはあるのだろうか。
それはあとで確認するとして、まずあなたは非常階段口の鉄扉に近寄り、ドアノブに手をかけてゆっくりと回してみた。
(よし、動くぞ)
そっと押してみると、さび付いた蝶番が大げさな音を立てた。
あなたはぎょっとして周囲の気配をうかがってみるが、誰かが音を聞きつけたような気配の変化はない。
まだ約束の20分前。相談者は来ていないらしい。
エレベーターの扉は閉じたまま。
ドアノブを握ったまま廊下のほうへグイッと体を伸ばし、エレベーター上の回数表示板を確認してみたが「B4(地下4階)」から動いていない。
体勢を戻してもう一度非常口に視線を戻し、握ったままのノブをさらに押してみると、扉がギイッと音を立てながら開く。
ゆっくり外へ足を踏み出し、慌てて止めた。
さっきからずっと目の前に見えていたプレートの文字の意味が、ようやくあなたの意識に飛び込んできた。
“この扉は反対側からは開きません。”
一度出てしまうと、反対側から扉が開く階のエレベーターから下ってこないとここへは戻れないということだ。ひょっとすると、上の地下3階も開かないかもしれない。
たしかにこの地下4階は、災害などの非常時に、避難場所としては使われないだろう。
非常口が外への一方通行になっていても避難の妨げにはなるまい。
そして、これから起こるかもしれない、あなたにとっての非常時にも、一方通行は何の妨げにもならない。
むしろ、あなたが相手(達)より先にフロアを出て階段側に身を移せば、扉は相手から身を守る『盾』にもなりうる。
とりあえず、身を守るプランが立った。
(早めに来てよかった)
あなたは非常口の扉を閉めて通路の奥へと進み、薄いカーテンをはぐって中に入った。