カテゴリー: 5:成長期撤退の美学(岩手)

  • 岩手県株式会社のケース(13)vol.105

    (ところで、本当に岩手社の周囲は『平屋だらけ』か?)
    工場のロケーションを完全にイメージだけで書ききってしまった。

    フィクションならそれでよいが、実際に取材を受けることを考えると、事実とあまりにもかけ離れていては問題がある。

    まるで、岩手社のオヤジさんが雑誌社の気を引くためだけに、虚言を弄した印象を与えかねない。

    あなたは念のためGooleMapを起動させて付近の画像を確かめた。

    あなたのベタな想像では、岩手社の工場は細い道を1本はさみ、堤防に張られたフェンス越しに川が見えることになっていたが、よく見ると川からは結構な距離があった。

    しかし、それほど高い建物が無い地区なのはたしかで、平屋が多いという表現はギリギリセーフだと思う。
    オヤジさんの年齢がそこそこ高いので、彼が子供の頃に見ていた風景ということまで考えれば、ほぼ真実と言って差し支えないだろう。

    検証は終わった。

    (よし、これでいこう)
    この場合、文章を紙に印刷したり、USBに記録したりする必要はない。

    【法人】とパソコンはリンクしている。
    入力しただけで、一言一句が【法人】の記憶には残る(はずだ)。

    文章中の固有名詞は、実際に雑誌社へ向けた文章を(【法人】の誘導で)作る誰かが適宜変えるとして、とにかくビジネス誌への呼びかけを実行させる。

  • 岩手県株式会社のケース(14)vol.106

    どうしてそんな発想をしたかというと、あなたが公務員時代の記憶が頭をよぎったからだ。

    官公庁には時々、「こんな素晴らしい技術を開発した」といった連絡が入る。

    ディーゼル排気ガスの黒煙を出なくするフィルターとか、廃棄物を有機肥料化する媒体など、新たな発見を告げるものだ。

    たいていは小さな企業で、「それを使ったビジネスをしたいのだが」というニーズを抱えている。

    たとえその発明が科学的検証で効果有りとされ、商品化まではできても、会社自体のネームバリューが無いので、新発明などは効果を強調すればするほど胡散臭さが先に立つ。

    よほど直販向けの上手いやり方を知ってでもいないかぎり、テレビCMなどマスメディアの広告宣伝をばかりを思いつき、結局資金が無いのでそれはできずに呻吟する。

    だから、お役所をなんとかうまく利用できないかと相談に来たりするのだ。

    今回の岩手社のケースでは、ビジネスを拡張ではなく、むしろ切り捨てるための宣伝展開をしたい。

     

    技術を譲り受けることに、垂涎ものの魅力を感じる演出が欲しい。
    譲り受けたニュースに宣伝効果が期待でき、その技術自体にも十分な利益が望める、という旨みを強調したい。

    だから宣伝展開は信用ある媒体を使い、それも大規模であることが望ましい。

    岩手社の乏しいネームバリューで、ホームページ作成をどれだけ頑張っても効果はない。
    舞台を一段と豪華にするためには、大手ビジネス誌が良いと考えたのだ。

    『スタビライザー』は、存在すら知られていない新発見とは違う。
    話題急上昇の『ビールの指輪』の心臓部を担う技術であり、それは何社もの企業が開発を断ったほどの高いレベルのものだ。

    岩手社は無名だとしても、大手ビジネス誌で記事が読まれれば、無名のデメリットは一掃される。

    大ヒットの裏側に、下町の工場の高い技術が隠れていることが興味深く、さらにそこには強烈な需要が存在し、儲けの匂いがプンプンしていると告げているのだ。

    記事として取り上げる雑誌社、技術を欲しがる企業、双方が「おいしい」と感じるとあなたは思っている。

    《続く》

  • 岩手県株式会社のケース(15)vol.107

    (もう一手、打っておく必要がある)
    あなたの作戦が当たり、大手雑誌社に掲載されたとしよう。

    岩手社には問い合わせが殺到する。
    どの雑誌に載るかによっても反応は違うだろうが、あなたの演出が功を奏するほど、その度合いは著しい。

    メールでの問い合わせはともかく、電話の対応は厄介だ。
    ここがノープランでは岩手社の救済どころではなく、逆に潰してしまう恐れがある。

    まずは、受付用の電話回線を用意し、24時間録音対応の案内を流すことだ。

    「技術提供に関するお申し出をされる方につきましては、○○社(記事を掲載してくれた雑誌社)から、『生産規模』『技術水準』『これまでの実績』および『経営者の意気込みや今後の予測』について、雑誌掲載を前提とした取材・調査が入り、写真と共に開示される可能性がございます。マスメディアへの積極的な露出をご了承いただける方は、メッセージを残してください。
    では、発信音に続いて、お名前、住所、電話番号を ~ 」

    そして、雑誌掲載に合わせてホームページに記載する電話番号も変更し、受付ダイヤルだけを表示する。

    「雑誌『○○』への弊社の掲載記事でご覧いただいているかとは存じますが、誠に勝手ながら現在、業務多忙につき新規受注をお断りしております。既にお取引のある事業者様は、今までの電話番号にて受け付けておりますので引き続きお願い致します。
    技術提供の件が沈静化しましたら、従来の電話番号表示に切り替えさせていただきます。
    ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんが ~ 」

    これだけですべての冷やかしや便乗商法の類をシャットアウトできるとは思わないが、かなりの歯止めは期待できると思う。

    さらに、直接訪問してくる相手用にはり紙も用意する。

    “それを見たにもかかわらず突破してくるような相手はもはやビジネスの相手とは言えない。岩手社のことを思っての行為ではないと断言できる”

    そう思って差し支えないようなものを準備するのだ。

    それでも訪ねてきて、クドクドと物言う相手に対しては、オヤジさんの一喝に頼ることになるだろうが、これについては明らかに悪質と言い切れるので、きっと岩手社の中で対応策はとれるだろう。

    あなたはそこまでを伝えると、面談の終了を告げ、部屋を出た。

    《続く》

  • 岩手県株式会社のケース(16)vol.108

    (どう転ぶか)
    あなたにとっては初となる「【法人】の追跡調査」だ。

    これまで接した【法人】たちにも、次なる行動を示唆してきたが、いずれもいつ行われるかは不明で、もし行われたとしても、それを外部から見ることしかできないあなたにとって、確認可能なものかどうかは全く予知できないものだった。

    しかし、今回の岩手社に対する行動計画は明快な短期決戦だ。

    ここ数週間、大手のビジネス誌を注視していれば、あなたの示唆が実行に移されたことが確認できる。

    【法人】は早速オヤジさんをはじめとした全メンバーを「誘導」し始めたと信じているが、だからといって、特定個人の思考・言動・行動を変えさせてしまうような力が、それほど急速に作用することなどあるのだろうか。

     

    (効き目の早い薬ほど、生体に負荷をかけてしまう)
    あなたが岩手社以前に接した【法人】に対して施した示唆は、薬に例えるなら『体質や生活習慣との呼応によって、徐々に作用する薬効』といえる。

    「長年の仲間たちとの決裂が進みつつある状態の軌道修正」を処方した▲▲社

    「実直に築き上げてきた自社の能力値を、社員たちに気づかせてあげる」処方をした北海道株式会社

    「無意識に優秀な社員を育て上げる社長の特性を活かした新事業案」を処方した青森県株式会社

    これらの【法人】は、自社の文化や風土の長所が活かせていないとか、気づかぬうちに壊してしまっていたことが、経営上の問題として引き起こされていた。

    それゆえ、たまたまシステム会社から提案を受けている対症療法のような処置を退けて、自然治癒や超回復のような作用が発揮される策を提供してきた。

    言い換えれば、『本来の力』を引き出すために、余分なものや不自然なものを遠ざけるのがあなたのスタイルだった。

     

    そんな中、今回の岩手社には「劇薬」あるいは「外科的処置」のような策を提供してしまった。

    結果がわかりやすく、あなたにとって手ごたえは十分といえるが、それによって、もしも急速な悪化を始めた場合、その止め方はあなたしか知らないにもかかわらず、それを施すことはできない。

    契約上、関係した【法人】と関わることは禁止されているからだ。

    面談から数日後、報酬は支払われたが、それはあくまでも面談に対して【法人】が感じた価値であり、あなたが施した作戦の成功を意味するものではない。

    効果の発現を待つ間にも日は進み、あなたには別の【法人】との面談がセットされ、新たな問題に取り組む日があなたを待ち受けている。

    そうして待つこと10日ほど、書店でビジネス誌をパラパラとめくるのが日課になっていたあなたは、とうとう発見した。

    《続く》

  • 岩手県株式会社のケース(17)vol.109

    『下町発! アクセサリーに込められたスーパーエレクトロニクス』

    業界最大手の週刊ビジネス誌に、巻頭特集が組まれている。
    あなたの手は興奮で少し震えている。
    おぼつかない指先で目次ページを確認すると、なんと18ページにもわたる大きな取り扱いだ。

    (こんな内観だったのか)
    初めて見る岩手社の工場内。

    あなたの想像では、もっとゴチャゴチャした場末感いっぱいのイメージだったが、意外にすっきりと落ち着いており、工作機械や素材なども整然と置かれている。

    そして、初めて見るオヤジさんの顔。
    これも、小柄で油まみれの黒い顔という、あなたのベタな想像を裏切り、痩せ型の長身で、整った穏やかそうな顔立ちだ。『工場のオヤジ』というよりも『研究室長』とでもいうほうがふさわしいかもしれない。

    (よかった。先にこれを見ていたら、あの文章は作れなかったと思う)
    あなたは胸をなでおろした。
    しかし、本当にあの文面を元にファックスを送ったのだろうか。

     

    疑問はすぐに氷解した。

    記事の書き出しは、「編集部に送られてきた1通のファックス」のことから始まっている。
    雑誌社が岩手社から受けた文章の抜粋が、そのまま転記されているようだが、その8割方はあなたが【法人】の前で起草したままの文章が使われている。

    かなり鳥肌が立った。
    なんとも恐ろしいことに思えたのだ。

    あなたの示唆(この場合は明確に文章だが)は、【法人】にここまでの影響を与え得るという事実に、今はっきりと直面したわけだ。

    奮える指でページを繰っていくが、実は文章はほとんど頭に入ってこない。
    どんなテーマで各ページが彩られているか、ぐらいの捉え方で、ざっくりと目を通す。

    (18ページも書くことがあるのだろうか?)

    意外に思ったのは、オヤジさんの想いについては、見開きで4ページ程度しかないことだ。工場の紹介記事的なページを含めても5ページ半から6ページにとどまっている。

    それこそ、「あと12ページも、一体何を載せているのだ?」といった感じだ。

  • 岩手県株式会社のケース(終)vol.110

    この手詰まりを打開するには、権威ある第三者による強烈な介入が必要だ。
    飲料メーカーの気を変えるために、記事が出た後の次のステップに必要な材料が、どうしても欲しい。

    そして、めくった次のページに、その『材料』は登場した。

    超一流工業大学でエレクトロニクスの大家と言われ、大手メーカー数社の技術顧問を務める教授の解説が、この巻頭特集の最後を締めくくっていた。

    “考えられないほどの高い技術力”
    “我が国エレクトロニクス界の最奥的実力”

    のっけからベタ褒めである。
    教授は岩手社のオヤジさんと同い年で、プロフィールを見ると誕生日も同じだ。

    理論と現場。ところは違えど同じ分野で長年たたき上げた仲間へのシンパシーがよほど強かったのかもしれないが、そこはあなたにはわからない。

    が、辛口の評論で有名と紹介されているわりに、というか、プロフィールさながらの『辛口』は、オヤジさんではなく、岩手社を巡る現在の状況に対して遺憾なく発揮された。

     

    “一時的なヒット商品のパーツなどに使われるレベルではない。この技術水準は産業の基盤を支えるような大仕事にこそふさわしく、金額に換算するならけた違いのものだ”

    “ビール容器のサイズ決定程度の機能は、サイズさえ大きくすればはるかに低コストで実現できる。それに気づかない企業は営利の能力が著しく欠如している。『商売』というものを一から考え直した方がよい”

    “己の手に余る宝を持ち、それに気づけないことの社会的損失。激しい憤りを感じる”

    “直ちに手放すべき。これ以上岩手社を追い詰めるな”

    と、かなり激しい。よく載せたな、というレベルだった。

    あなたはニヤリとした。
    前ページで花を持たせたビア社に対し、一転して厳しい論調だ。

    あるいは雑誌社の記者が、岩手社を無慈悲に追い込んでいるビア社のことを、あなたと同じように忌々しく思っているのかもしれない。アメを舐めさせた直後に激しく鞭を食らわせていて、あなたとしては溜飲が下がる思いだった。

    超一流工業大学の教授で、大手メーカーの顧問を務める『権威の象徴』から発された岩手社養護コメントが、業界最大手のビジネス誌の巻頭特集という『権威ある媒体』に掲載された。

    これ以上のインパクトはあるまい。