カテゴリー: 5:成長期撤退の美学(岩手)

  • 岩手県株式会社のケース(4)vol.096

    (いっそ……)
    と、ふとあなたは思った。

    たしかに『ビールの指輪』のコンセプトは面白い。
    だが、今と同じ盛り上がりはそう長く続かない気がする。
    一時の過熱にあおられて、自分の姿を見失ってはならない。

    (岩手県株式会社に、この仕事はふさわしいだろうか)
    どちらかと言えば、高い技術力で先鞭をつけ、後進が歩む新しい道を切り拓く役割がふさわしいのではないか。

    切り拓かれた道を均していくのはその後進(他社)たちで、道なき道を往くのがこのオヤジが率いる岩手県株式会社の精鋭たちと考えれば、製品を提供したビジネスが成長期に入ったのを見届けた時点で、自身はフェードアウトしていくのが自然だと思う。

    せっかくヒットしたにもかかわらず、オヤジがこの仕事にこだわりを見せないのは、そういう自分の役割を知り、身を引くべき時期を察しているからこそではないか。

    だからいっそ、撤退してはどうだろう。

  • 岩手県株式会社のケース(8)vol.100

    (スタビライザーの技術を、どうにか譲渡できないか)
    機能を模倣、かつ量産できる会社が、さらに安価でビア社に供給を申し出れば、岩手社はこの仕事から足を洗える。

    それには技術を売ることができればよいわけだが、買い手がつくかという問題がある。
    それはさっきから堂々巡りしていることだが、【法人】はさらにこんな裏話をあなたに披露した。

    ビア社はビール供給機の開発会社に依頼できなかった機能を、予算内でやってくれそうな企業を探し回った。
    岩手社に話が持ち込まれる前のことだ。

    親会社であるアミ社の後押しが得られたのでかなり手広く調べ、いくつかの心当たりを見つけることができた。

    しかし、いざ交渉に入った段階で、別の問題が持ち上がった。
    ビール供給機の機体の金属が、指輪との通信を妨害していることが発覚したのだ。

    1回から数回の送受信では影響を受けないが、数回の送受信では混線による誤作動が心配される。

    現在のスタビライザーが1秒間に128回もの送受信を行うことで通信完了としているのは、供給機の素材を手に取ってみた岩手社のオヤジさんが、それだけの交信を要すると判断したためだ。

    本来は、事前にそこまでの配慮が必要な問題だったのだ。

    しかし、供給機の機体を別の素材に変更させる商談は失敗した。
    予算の点で話にならないからだ。

  • 岩手県株式会社のケース(9)vol.101

    (それならいっそ、無料公開はどうか?)
    岩手社から技術供与を受けた企業が、量産体制の構築に成功するかどうかは一種の賭けだ。

    だから、「有料買取り」に慎重になるせいで動きが鈍重になるというなら、プログラムのオープンソースよろしく誰でも閲覧可能にして、スタビライザーと同等の技術を擁した企業の参入を待つという方法だ。

    ある種、捨て身の発想である。

    欲に目がくらんでしまっているビア社とアミ社は、どうもその点を全く顧慮していないようだが、岩手社のオヤジさんが開発した「スタビライザー」と内輪で呼んでいる技術は非常に価値の高いもののはずだ。

    ビール供給機の製造会社がビア社に出した見積金額がいくらかはわからないが、発注を諦めたほどの価格がつく技術ということだ。

    それを指輪サイズで実現させたことと、事業開始後に指輪側のトラブルが一件も起きていない事実が示す「安定性の高さ」までを考慮すると、岩手社がこの技術に対して提示しても良い金額は、それとはけた違いに高額だといって差し支えないと思う。

    (それほどのものを、無料公開か……)
    あまりにももったいない話だ。

    本来、『ビールの指輪』の事業などには釣り合わないほどの高度技術なはずで、現在ビア社に機械部品として納めている金額ではバカバカしいもいいところだ。

  • 岩手県株式会社のケース(10)vol.102

    『技術を、相手かまわず、見境なくばらまく』
    これは、岩手社のオヤジさんの仕事観に反する行為なだけでなく、効果が表れるまでの速度や確実性も信頼できない。

    どこの誰だかわからない人間が、勝手な思惑や不確かな技術で、ちぐはぐな時期に行動されては、彼らがビジネスを仕掛ける相手であるビア社ではかえって疑心暗鬼になり、今より一層岩手社をアテにするようになりかねない。

    そもそも、独断で技術を公開したことで抗議してくるだろう。

    権利は岩手社にあるとはいえ、事業への妨害行為として損害を主張されでもしたら、とてつもなく厄介なことになる。

    窮状を訴えても助け舟を出すどころか、要求を強めてくるような忌々しい相手だが、下手な刺激は避け、むしろ相手の利にも配慮する必要がある。

    だから、急を要する岩手社の救済法はもっと主体的に行われるようにしたい。

    ホームページの読み手の反応を知り、実際の行動に移すほどに前向きな相手には、適時に必要な情報を提供していけるようにする。

    そのためには、技術のすべてをサイトに掲載するのではなく、どのくらいの熱意と技術力を持つ相手かの見極めが為されるような仕掛けをしておきたい。

    (実際、冷やかしで連絡してくるような、いかがわしい業者も多いことだろう)
    無名の悲しさである。

  • 岩手県株式会社のケース(11)vol.103

    あなたの考えは行き詰った。

    技術を売る。
    いや、事態の解決にかかる速度と引き換えに無料にしても良いと思う。

    オヤジさんの意思は多分そこにある。
    ただし、その相手は厳しく吟味したい。

    ホームページを作って呼びかけても、その要求を満たすような作り方は望めない。

    (いったい、どうする)

    (ビジネス発想で行き詰ったら手相)
    あなたはもう一度、【法人】の手のひらを見た。

    右手生命線(売上線)から中指の付け根まで一直線に伸びる運命線(取引先線=得意先線)と、左手首中央付近から、これも一直線で中指へ向かって昇る取引先線(左手なので仕入先線)が、特に目を引く。

    独力・独断で切り拓く仕入先との関係性に対し、得意先との関係は「売上そのものが作る」という特徴がよく表れている。

    製品の信頼性は、オヤジさんが自分のつくるモノへの想いを反映した結果ということに、あなたは思い至った。

    初見ではそれほど強く気に留めなかったが、親指下の金星丘がよく発達しているのだ。
    会社への愛、社員への愛、そして取り扱う製品への愛という、経営者の価値観が表れている。

  • 岩手県株式会社のケース(12)vol.104

    あなたが一気呵成に書き上げたのは、取材要請の文章だ。
    それはこんな内容だ。

     

    緊急事態発生!

    どうか御社の記事で、ヒット企画を支える小さな町工場を救って下さい!

    突然のファックス申し訳ありません。
    弊社は○○区の岩手県株式会社と申します。
    社長と二人の息子、そして女子事務員ひとりの小さな所帯で、機械部品を作っている創立34年の下町の工場です。
    名も無い会社ではありますが、今話題になっているビアガーデン『ビールの指輪』の大ヒットにより、大変困ったことになっています。

    私どもでは、独自開発に成功した「スタビライザー」と呼ぶ小さな機械を指輪に埋め込むことに成功し、『予約が取れないビアガーデン』の盛況に一役買わせていただいております。

    実はビア社さんからこのお話をいただいたときは、正直こんな大仕事になるとは予想もできず、オヤジひとりでコツコツと仕上げて参りましたが、今では月間の注文数が当初予測の60倍にまで膨れ上がり、もはや私どもだけでは365日寝ずに働いても生産が追いつかなくなりました。

    しかし事業はまだ緒についたばかり。今のところは首都圏に2店舗きりですが、CMでも流れているように、今後は全国展開に向けて事業は極めて順調です。ビア社さんからは、さらにこれまで以上の注文数が見込まれるとお聞きしています。
    ただし、私どもは技術はあっても量産ができず、このままではビア社さんをはじめ、指輪を待つ入会希望の方々にも大変なご迷惑をおかけしてしまうと思い、気が気ではありません。

    つきましては、ビジネス雑誌界をリードする御社の伝播力・影響力におすがりする次第です。
    どうか、私どもと技術を共有し、ともに指輪機能の心臓部を担ってくださる製造会社との出会いを、御社の記事で取り持ってはいただけないでしょうか。

    まことに図々しいお願いではございますが、さきにも申しましたとおり、私どもは無名の町工場ゆえ、ホームページに掲載しても手を上げてくださる企業は現在のところ、まだ一社も見つかっていません。
    生まれ育った地元の土と空気を糧に、一つひとつ大切に組み上げてきた成果ですので、できることなら国内の企業で純国産のエレクトロニクス技術として取り扱っていただきたいのですが、このままでは埒が明かないと、最近は海外への譲渡も視野に入れ、近隣に工場を構える中国・韓国系技術者の伝手に頼ったりもするようになりました。

    しかし、日本の下町発祥の技術として、やはり真に実力を持った日本企業に譲り渡したい。
    国際化が進む中、何とも料簡のせまい考え方でしょうが、近所でも頑固おやじで通った職人の、最後のわがままを聞いてもらいたい。鼻たれ小僧だった昔と変わらない平屋だらけのこの町で、立ち並ぶ屋根の向こう端にグラングランと沈む夕日を見ながら思うのは、どうにもこの国が好きでたまらない単細胞な自分の姿です。

    どんな小さな記事でも結構です。掲載を快諾してくださる雑誌社様からのご返事を、首を長くして待っております。よろしくお願い致します。

    これを、大手ビジネス誌と言われる数社に向けて、ファックスで発信する。

    《続く》