カテゴリー: 2:古参社員の声を聞け(▲▲社)

  • ▲▲社のケース(7)vol.054

    「新社長の狙いは、旧来色の払拭です」
    【法人】はあなたにそう告げた。

    さえぎって基幹システムのことを聞こうと思ったが、仮にも相手は相談に来た客だと思い、それはやめた。

    それに、経営トップの知られざる情報を教えてくれるらしい。
    あなたはもう少し黙っていることに決めた。

    新社長は大学卒業後すぐに、父が経営する▲▲社に入社し、今日を迎えている。

    父親をはじめ、多くの古参社員たちから様々な手ほどきを受けて成長し、骨の髄まで従来の社風が染みついているはずなのに、社内のどこにもなかった新体系のビジネスを着想し、通販事業という形にしおおせているところから察すると、いわゆる「ぬるま湯に浸ってしまう」タイプではないのだろう。

    「新社長が目指すのはあくまでも新しい体制での事業展開で、古参社員の活躍をスポイルすることは考えていません」
    【法人】はそういうが、あなたには信じられない。

    すべての事業を通販と同じく新流通体制に一本化したら、古参社員は通販事業の一線ですでに活躍中の若手たちの後塵を拝することになる。

    パソコンを使ったオペレーション重視になればなるほど、眼の壮健さや指先の動作など肉体的な若さがものをいう。

    そんな条件下では、ベテランほどランクが下になってしまうことが想定される。

    新体制の人数は不足しているそうだが、欲しいのは経験豊富で扱いづらい先輩ではなく、これから育てていく若者であると見るのが一般的な見解だ。

  • ▲▲社のケース(8)vol.055

    あなたが当初から気になっていたふたつの事柄。
    【管理部門内にも世代間亀裂が波及】
    【この問題の解決に基幹システムがどう絡むのか】
    これらには、やはり直接的な関係があった。

    「システム会社の営業担当者と技術担当者は、こちらの状況にとても理解を示してくれました。……まあ、売り込みに来ているわけですから当然と言えますが」
    と【法人】は言い、その内情を詳しく語った。

    通販事業が軌道に乗り出したころから、社内の売上計上処理が増加し、旧体制の複雑さの弊害が際立ってきた。

    仕入ベンダから顧客へ納品完了した連絡があるまで売上を立てられない旧体制と、自社倉庫から出荷する時点で顧客に納品請求書を発送できる新体制が並立するようになったからだ。

    旧売上計上
    従来の売上計上
     
    新売上計上
    新体制の売上計上
     

    業務量増大と事務の煩雑さに音を上げた経理部門の要請で▲▲社にやってきたシステム会社は、新旧双方のオペレーションに対応するために、まずはベースになるシステムを構築し、その後は新社長の方針に従い、旧体制を終息させるカスタマイズ提案をした。

    ベースの設計から完成で8千万円、カスタマイズで2千万円、トータル1億円の見込みだった。

     

    さすがに新社長もこの提案には乗り気ではなかった。
    増収増益を力強く語ってはいるが、それだけのキャッシュが飛んで行ってしまうとなればこれは容易ではない。

    倉庫の確保に多額の投資を予定している状況で、システム構築にそんな支出は現実的でないという判断だ。

    「そんなわけで、いったんは断りました」
    あなたはそれを聞いて力強くうなずいた。

    (時期尚早だ)
    システム導入の話が進み始めたのは、経理部門が騒ぎ出したことがきっかけというではないか。

    つまりは予想外の変化に対応しようというドロナワ的事情だ。
    今後のオペレーションの変化が読めない状況なのに、次の展開に合わせて開発しようとしている。

    夢物語もいいところだ。

  • ▲▲社のケース(9)vol.056

    あなたは遠慮なく言った。

    ・開発費用8千万は希望的観測。1億4、5千万は覚悟すること

    ・段階的カスタマイズは2千万では到底収まらない。
    『デュアル製品マスタ』などと聞こえの良いネーミングをしているが、現場を知らない開発者や、他人が登録したマスタ情報を使っているだけの経理担当者が想像するような、『規則的なマスタ登録』など及びもつかぬ想定外の事象が次々と沸き起こるはず

    ・想定外の事象への対処のために、システム会社の工数が際限なく膨れ上がって金額がかさむので、開発は途中で強引にストップがかかることになる

    ・途中でのストップにより必要条件が満たされず、プロジェクトには落第点がつく。
    ▲▲社のシステム開発プロジェクト責任者は保身のため、「後は保守の範囲で何とか対応する」というシステム会社の発言に、救われたようにOKを出し、何が何でもその案で社内稟議を通してしまう

    ・しかし、『保守の範囲』でしてくれることなどタカが知れている。
    現場は『改編/改良』を求めて悲鳴を上げているので、結果的にその声は無視することになる

    ・システムでカバーできるはずだった業務オペレーションが、あちこち歯抜けになり、現場がアドリブでカバーするので属人化が進み、共有化に障害をもたらすだけでなく、教育制度が整わない

    ・教育制度が無い組織は、よほど根性のある人でないと務まらないので人材が居つかなくなる

    まあ結局、「大金を投じて社員を疲弊させたうえ、利益を垂れ流す源泉を作るような投資をしようとしている」ということを、あなたは一気にしゃべった。具体的金額は感覚的に言ったものだが、実際にそうなるだろうという確かな予感があった。

  • オーバーフォース(1)▲▲社の鑑定を終えてvol.058

    ハローワークからの連絡は思ったより遅く、▲▲社との面談が終わって5日後だった。 例の若い美人の担当官から電話があり、報酬は明日振り込まれるという。 そして、最大の関心事、契約については、引き続き今後もお願いしたいとのことだった。

    複雑な思いながらも、あなたは胸をなでおろした。 最低保障の月額十数万円の収入は、少なくとも今月分は確保された。 といっても家賃と水道光熱費、そして食費だけでほぼ消えてしまう。

    今後この契約が続いたとしても、アパートの更新料1か月分は身を削る思いで貯めなければならない。 健康保険未払分の納付額は、月千円ぐらいにしてもらおう。 役所窓口での面倒くさそうに、あるいは迷惑そうに対応されても、こうなっては甘んじて受け入れざるを得ない。

    (それにしても、よくあんな面談内容で「今後」があったものだ)

    【法人】の手相鑑定だなんてふざけた茶番ではあったが、基幹システムを検討する際のポイントやCSRに言及した点が良かったのだろうか。 そういう意味では、キツネにつままれたような気分がぬぐえない。 しかし、その程度では済まない事実が待っていた。

  • ▲▲社のケース(終)vol.057

    (鑑定は茶番とはいえ、実際に役立ちそうな提案を、ひとつくらいしなくては)

    ちょうどいいことに、先ほどの話の中で、仕入ベンダの中には、官公庁の事業に協力するボランティア活動を行っているところがあると聞いた。

    あなたはCSRの理屈を持ち出した。

    (システム開発費用として考えていた金額の、ほんの数パーセントでかまわない。それら団体への寄付をすればよい)
    一瞬そう思ったが、待てよ、と思った。

    (仕入ベンダと関係の深い古参社員の中に、そのボランティアに関心を持っていたり、実際に携わっている人が居るかもしれない)
    特に、自分の子供たちと一緒に参加したいと考えている社員は居そうだ。

    日ごろは忙しくて子供との時間を作れないが、業務の一環として機会を作ってやれば参加しやすくなるだろう。

    仕入ベンダたちが納品時期を申し合わせてボランティアの集合日を設定したように。

    (実は、『ボランティア活動への障壁』が最も高いのは、▲▲社ではないのか)
    基幹システムに高いお金をかけるよりも、これまでとは違った角度で仕入ベンダたちとの関係性を作つことで、社員たちに尽くす方法を考えれば、新社長が望む形に近くなる。

    古参社員には、より広い視野で顧客と仕入ベンダを開拓してもらいたいそうだが、わざわざ開拓せずとも新しい関係性は築けるはずだ。

     

    売上計上の処理に手間がかかるのは、経理担当者だけに負担を押し付けていたからで、経営者が音頭を取ってオペレーションを取りまとめたうえで、それをシステムに乗せればよいのだ。

    システム会社を呼ぶのはそうなってからでよい。
    費用的にも、その方がずっと安く上がり、良いものが出来上がる。
    社員たちのケアへお金を回しても、リターンのほうがはるかに大きいだろう。

    ボランティア活動を行う社員たちを助けるための費用が、公的機関への協力の意味合いを持つから、企業としてはCSR活動という名目が立つ。

    仕入ベンダたちとのよき関係を続けていく限り、継続的な取り組みとして広報活動に活かせるだろう。
    彼らが社を挙げて既に実践している社会活動に、晴れて▲▲社も仲間入りができるのではないか。

    「ありがとうございます。それも試みてみます」
    頭を下げた男に対し、仕入の改革は今後数年でかたちが整う、とあなたは告げた。

    この男が仮に新社長だとしよう。
    さらに、今あなたが話したことが伝言ゲームにならず、すべて実行に移されたとしてみよう。

    それでも、『父親との葛藤解消』『基幹システム導入中止』『CSR活動開始』『古参社員との和解、及び彼らの家族関係援助』『新体制の強化と業務オペレーション軽量化』を同時並行で短期間に実行するのはあまりにも困難だ。

    (「数年」と、そこまで言い切ってよいものか)
    とは思うが、それを言い切るのが占いというものだ(あくまでも、個人相手なら)。

    あなたの頭には、「これはあくまでも【法人】鑑定という設定だ」という、どうしようもなく釈然としないシコリが残る。

    (この男自身のために言ってやりたい)
    だが、そういうわけにいかない分だけ、あなたの言葉には熱意が加わっていた。
    そのことには自分でも気づいている。罪悪感の裏返しだ。

    「ありがとうございました」
    男はもう一度礼を言い、今度は深々頭を下げ、あとはハローワークに報告しますと告げた。