北海道株式会社のケース(1)vol.059

仰天する金額の報酬が振り込まれ、呆然とする間もろくになく、ハローワークから次の依頼の連絡を受けたのは2日後のことだった。
「明後日の10時に、同じ場所でお願いします」
担当官はあなたにそう言った後、
「今後また改めて相談させていただきますが、1日に複数件の依頼が入る場合もありますので、ご対応可能かどうかを、少しお考えになってみて頂けますか?」
どうやら本格的な、あなたへの依頼が始まりそうだった。

(次は2日後か・・)
今度は相手の情報は何もない。
話の聞きとりかたも、何を質問するかも、そして相手へのアドバイスもすべて、会ったその場で判断しなければならない。
(しかし、相談業は本来、そういうものだろう)
あなたは20代の頃を思い出した。
女友達から頼まれて、彼女の友人の手相鑑定をしたときのこと。
急遽来られなくなったと友人から連絡が入ったため、顔も知らない女性に会うために、お互いの服装や持ち物などを携帯電話で伝えあって、駅前の雑踏の中で待ち合わせたことがある。
アクシデントで集中力を乱されながらも、鑑定自体は無事終えた経験などは、何度あったことか。
それらが、意外な形で役に立つときがきた。

そんなわけで、あなたは意外に落ち着いていた。
持ち慣れぬ大金を持ってしまったことも、今のところ気になっていない。短い依頼スパンに気を取られ、今はそちらに集中しているからだろうが・・。

*****
前回と同じ地下4階の面談室で次の依頼人を迎えたあなたは、相手の顔を見てギョッとした。
「はじめまして。北海道株式会社と申します」
そう名乗った男の顔は、先日▲▲社だと言ってあなたの鑑定を受けた、あの男だった。

あなたの問いを受けてその男が言うには
「便宜上、この顔を使ってこちらの世界の人と接触しています」
(まだおちょくられているのだろうか)
あなたは疑心暗鬼になるが、ただの悪ふざけであれだけの金額を払うとは思えない。
それに、この男が言うことが本当かどうか、あなたにはすぐにわかることだ。
あなたは男に対して、手のひらを見せるよう要求した。

hokkaidouleft
北海道株式会社(左手)
hokkaidouright
北海道株式会社(右手)

(まちがいなく別人だ)

手相は明らかに違う。たとえ何らかの方法で皮膚に細工をしたとしても、手のひらそのものから立ちのぼるこの質感(あるいは固有の気)は再現できない。それは数え切れないほどの鑑定経験から、直感的にわかる。
この男はたしかに、前回の男とは全く違う人生を歩んできている。

(「北海道株式会社」というのはどうせ偽名だろう)
なぜ本当の名前を名乗らないのかは知らないが、あなたはもう、そういった“設定”はシカトすることにした。

「ウチは、プロフェッショナル集団を目指しています」
会議の設営や記念式典、あるいは結婚披露パーティーまで、催事の段取りから撤収までを行う会社だそうだ。いわゆる「イベント屋」というのが、この【法人】の生業らしい。

(プロフェッショナル集団・・)
何だか無理矢理、自分自身に言い聞かせるようなフレーズだ。
どんな会社でも、自社の専門性、または特性を発揮して何かを提供し、その報酬を受けている。
そういう意味で、“プロじゃない集団”など存在しないだろう。
法律事務所や会計事務所みたいな「士業」や、コンサルティング会社ならそんな言い方をするのもわからないではないが・・。

(そこに、既に問題があるのかもしれない)
男が言うには、社長はかなり優秀な男らしい。
中学卒業後、すぐに就職した。病気で働けない父親の代わりに、母と二人で弟妹たちを養わなければならなかったからだ。
不器用で、勉強もあまりできなかった彼には、プライドの高い大卒社員ばかりの会社では、使い走りの雑用しか与えられなかった。
大した意味もなく馬鹿にされたり、機嫌の悪い先輩の感情のはけ口にされるなど、仕事以外の苦労も沢山あったが、家族のためにと懸命に働いた。
そうして、人がやりたがらない地味で退屈な、しかし、社内業務の土台とも言える各種の下働きを一手に引き受けたことが、彼の基礎力を短期間で大幅にアップさせた。

しかし、そんな努力もむなしく、やがて人員整理で退職者リストに載った彼は、培った実力を評価されることもなく、3年勤めた会社を放り出された。

雑用ばかりで目立った実績どころか、担当業務と呼べる職務すら無かった彼は、職探しに難渋した。
自分一人が生きていくためだけなら何をやっても暮らしていける。しかし彼には育ち盛りの兄弟がいた。
だから、それなりの収入は欲しかったが、無理をして身体を壊せば元も子も失う。
母からの懇願もあり、仕事は慎重に選ばざるを得なかった。
そんな中、父の容態はさらに悪化した。看病のため母の稼ぎが減り、家計は一層苦しくなった。

途方に暮れているそんなころ、父の友人から声をかけられた。
若いころ勇ましい神輿担ぎだった父とは、「祭り仲間」の親友だった。イベント会社を経営していたその男は、扶養家族を抱えて生活に困っていた彼を会社に引き入れた。
「今度は、息子のお前と俺が、この会社をかついでいこう」と言って。

北海道株式会社のケース(2)vol.060

社員7~8名の小さな会社だったが、彼の毎日は充実していた。
ここには学歴差別などはなかった。出来る者は力不足の者を助け、どんな雑用も全員で協力し、新参の彼にも、大きなイベントなど華々しい仕事に参加するチャンスが与えられた。彼にとってそれは、心の底からの喜びだった。

社長にとっても嬉しい誤算だった。
彼のことは幼いころから知っており、あまりテキパキ動けるタイプでないことはよくわかっている。イベントを担当するために重要な資質が欠けていることは承知しているが、ここで親友の息子を放っておけば、一家は路頭に迷い、悲惨なことになるのは明らかだった。
だから、経理を担当している自分の妻とも十分に話し合い、いわば家族ごと面倒を見る覚悟で採用した。そんな社長の心意気を知る社員たちも、まだ少年だった彼を気遣っていた。

しかし、入社後の彼をよく観察すると、一つひとつの仕事が完璧で、顧客対応をはじめ、会場や資材の段取りから金銭書き付け書類の扱いまで、彼が仕上げた事柄はノーチェックでも問題ないくらいの出来映えだった。
前の会社で働いたとき、ミスのたびに受ける罵倒を回避するため、「自分は出来が悪い」と自覚していた彼は、聞いた話を要領よくまとめる習慣を身に着けていた。彼の机の引き出しには、入社後すぐに、作業要領をまとめたノートが数冊束ねられ、何度も改訂されていた。
(コイツはモノになる)
と思い、将来を嘱望した。

結局、たったの1年でエース級になってしまった。
その間、父は他界した。息子と共に神輿を担ぐ望みを果たせぬままに。
そのせいもあって、社長を「父親」と慕うまだ二十歳前の彼は、弟のように可愛がってくれる先輩たちの言うことも素直に聞き、良い関係を築いている。
第二の家族と共に過ごす会社での毎日に、父を失った悲しみからは幾分救われ、苦しかった前3年の記憶はすっかり薄れていった。

しかし、それも長くは続かなかった。
彼の入社1年祝いを社員一同でしてくれてから2か月後、厳しくも優しかった父親代わりの社長が、不慮の事故でこの世を去った。
未亡人が夫の遺志を継ぐと宣言したが、社長を失った零細企業は深刻なダメージを受ける。
「祭り好きだから、俺はイベント屋。公私ともに祭り。俺の人生は祭りなんだ」
常日頃そう言っていた社長が、会社に命を吹き込んでいたことを、残ったメンバーは思い知らされた。

やがて社員たちは一人また一人と去っていき、残ったのは彼と、一番気の優しい先輩社員だけとなった。
火が消えたようなイベント屋は、仕事からも見放されていく。
ついに、2代目社長である未亡人は、会社をたたむことに決めた。

最後まで残ってくれた、たったふたりの社員に廃業を告げた。しかし、目の前でうなだれる少年のことを、生前の夫は一番気にかけ、可愛がってもいた。不憫でならず、最後にひとつの提案をした。
「あなたにこの会社を譲ってもいいわ。あなたがやってみたいなら」

北海道株式会社のケース(3)vol.061

「そして私は、今も存在しています」
北海道株式会社を名乗る【法人】は、今の話を物語った当人とは思えないほど冷静な声であなたにそう言った。

(【法人】には感情もないのか)
話に引き込まれていたあなたは、急に引き戻された現実に、肩すかしを受けたような気分だった。
会社を受け継いだ少年が、どうやって再び立ち上がり、『プロフェッショナル集団』なるものを目指すようになったのか。
やはり、最初にあなたが感じたように、無理にでも自分を鼓舞する言葉を発し続けなければ、生き残っていけないほど追いつめられた状況だったようだ。

働くための仕事ではなく、生きるための仕事に就かなければならない辛さは、あなたにはよくわかる。
自分がしたいこと(希望)を目指して就職し、途中で挫折して「仕事するのはメシのためだ」と開き直る人間は沢山見てきたが、北海道株式会社の社長は、最初から『希望』などと贅沢を言う余裕もなく、メシのために働き始めなければならなかったのだ。母と弟妹のためにも。

「しかし、最近ウチを訪れたシステム会社と商談を重ねる中で、『プロフェッショナル集団』の定義見直しの助言を受けてから、社長の経営方針には迷いが生じ始めています」
男は、あなたにそう告げた。

(また「システム会社」か)
前回の▲▲社の時にも、システム会社が加わってから会社の雲行きが急速に怪しくなっていった。
あの時は、自社がもともと抱えている、根本的な問題を加速させてしまったからだった。
しかし▲▲社の場合は、「自社内の流通センター機能を充実させて、商社としての実力をアップさせる」という、具体的で明確な方針があったので、アドバイスするにしても糸口が見つけやすかったのだが・・。

(プロフェッショナル集団を目指す、とはまた、フワッとして曖昧で厄介な・・)
定義があるようで無いのが「プロ」という言葉だが、北海道社の社長にとってそれは、経営者としての「魂の象徴」とでも呼ぶのがふさわしいと思う。
創業社長が「祭り好きだから、俺はイベント屋」と、短いフレーズに自身と会社の生きる姿勢を凝縮させていたのに似ている。
(だから、「定義」だとか「意味」だとか、他人が余計なおせっかいで理屈をつけてはいけない“聖域”じゃないか?)
システム会社の営業が何を言ったか知らないが、どうもロクなことを言っていないような気がしてきた。

社長は来年30歳になるという。
二十歳で準備もなしに会社を譲り受け、そのやりくりに必死だった彼は、正直なところ、いまだに相当世間知らずな部分が残っているそうだ。
何より、「システム会社」なるモノとは、今回初めて接触して技術分野の話を聞き、いろいろ勉強になるものだと素直に感心することが多いらしい。プロフェッショナル集団の定義に疑念を持つようになったのも、その影響だと男は言った。

(やはりな)
あなたは現社長と、彼を支えてくれた前社長夫妻、そして夫妻と彼を引き合わせてくれた、彼の亡くなった父親に加担してやりたい気持ちになった。彼らの意志(遺志)や、それを糧に歩んできた社歴に。
差し当たっては、システム会社が識者ぶってズカズカ踏み込んだと思われる『プロフェッショナル集団』の解釈について、あなたなりの見方を整えておこう。

(それも、『プロフェッショナル』のほうではなく、『集団』に着目してみよう)
あなたは男に、社員の人数とその構成を知りたいと告げた。
「口で言うのは大変ですから、そこのパソコンで見てください」
と、男は妙なことを言いながら立ち上がり、テーブルに置かれたデスクトップPCの電源を入れ、あなたの前にディスプレイとキーボードをスライドさせた。
「どうぞ。何でも聞いてください」

(なんだ、これは?)
起動したばかりのPC画面にはデータベースソフト「マイクロソフトアクセス(Access)」が開いており、個人名の一覧が表示されている。
「これはウチの社員リストです。他に見たいものがあれば言ってください」
言えば何でも、データになっているものは画面表示させられるという。
あなたは呆気に取られた。
(その話が本当なら・・)

念のため、試してみることにした。
画面に表示されているのは在籍社員だけのようなので、退職した過去の在籍者もすべて出してくれというと、あなたの目の前で画面が自動的に切り替わり、10名程度のリストが、200名以上に早変わりした。
在籍者コードという項目が追加され、そこに「0」と入力されているのが現役、「1」が退職者だ。

(これは面白い)
例えば勤怠管理情報も出せるかと聞くと、それも可能だという。
北海道社ではタイムカード管理をしていないので、記録された出退勤情報は持っていないが、【法人】自身の記憶を画面表示することはできるそうだ。
あなたはそれを聞き、膨大な質量の限りない可能性を感じた。
社内の資料としては存在しなくとも、【法人】の記憶にさえあれば、すべての情報をデータ化できるということなのだ。
おそらく、今の「在籍/非在籍」みたいな聞き方をすれば、それに応じたコード番号でデータを識別できるのだろう。
それなら、どんな問題でも解決の糸口がつかめそうだ。
(とは、少し言いすぎかな・・)
あなたのデータ読解力と解釈投与の言葉の選び方、そして、実行にあたっての相手側のリソースと実行力。
これらの4つがバランスよく作用しないと、解決に至ることは難しい。

北海道株式会社のケース(4)vol.062

どの角度から切り込もうかと考えながら社員リストを目で追っていくと、明らかな違和感があなたの意識に割り込んできた。
大学に行こうと思ったことが無いあなたは、大学の名称にも疎いのだが、そんなあなたでも知っている有名校ばかりが「出身校」の項目列に並んでいる。
それに、リストの人数が多すぎる気がする。

“新生”北海道株式会社は、創業社長の夫人から引き継いでスタートした。
最初のうちは社員もほとんどいなかったはずだ。10年の歳月を経ているとしても、退職者数が身の丈に合わないほど多いと思う。
(退職者の在籍年数は?)
知りたいと思っただけで、その項目の表示列がリストに追加された。
驚いて男に理由を聞くと、【法人】とあなたがPC上でリンクアップされたからだと突拍子もないことを言う。
(・・・)
しかし、ハローワークが準備したこの面談の『設定』は無視すると決めている。要は「結果を出せ」ということだと思う。それに、こういうことは、あなたには胸が躍る楽しいことだった。

(やはりな)
短くて3日。退職者の平均在籍期間はギリギリ1年といったところか。
(原因は何か?)
あなたはそれを推測すると同時に、高すぎる人材流動性を克服するための、会社側の課題を考えてみようとした。
通常、こういったデータを見て問題意識を感じる人間なら、皆そうするだろう。

(だが、さっきこの男が言ったことが活かせるかもしれない)
あなたは男に、退職者が会社を去った理由をリストに表示できるかと質問した。
実際、企業が『退職理由』というデータを保有している例はある。
しかし、そういった場所に記録されるのは管理上の形式的な記載がほとんどだ。
そんな表面的なものではなく、辞めた人間の本音を表示させたい。

「残念ながら、【法人】は社員の心までは読めません」
男は首を振った。『退職理由』というデータ項目は、社員リストに表示できないという。
だが、そう言われてあっさり引き下がれるものではない。
そもそも、社内データではないはずの、現社長の生い立ちまでを知っているのはなぜか?
社長の記憶を読み取りでもしないかぎり、それは不可能ではないか。

あなたの追求に対し、男はあっさりと回答した。
「社内で音声として発された会話は、【法人】の記憶に残ります」
(そうか。それなら・・)
あなたは要求を変えた。
退職者の社内での会話の中で、繰り返し発される単語やフレーズの順位表だ。
どんな情報もデータベース化できるなら、そういったテキストマイニング的なデータ加工もできるはずだというと、男は少々戸惑いながらも承諾した。
出来ることはできるのだが、その形の情報抽出は、相当疲れるらしい。

やがて表示された結果をサッと目で追ったあなたは、退職者たちよりも、社長の採用方針に強い関心を持った。
(なぜ、ここまでこだわるのか)
社員にこんな印象を持たせてしまう仕事内容なら、無理に大卒者を採らないほうが良いのではないかと思う結果だ。
『プロフェッショナル集団』の定義見直しを提案するシステム会社の気持ちもわからないではない。
当然、システム会社の面々は、ここまで赤裸々なデータは目にしていないはずだが、北海道社の内部を見た最初の印象で、定義の見直しに着目するのは当然ともいえる。

あなたは、今度はじっくりと『退職理由フレーズの順位表』に目を通した。

<仕事に対するネガティブフレーズ> 発された回数
仕事がつまらない 178,734
自分にはふさわしくない 94,621
給料が安い 65,111
この会社での仕事は自分のキャリアにならない 63,098
やりがいを感じない 34,283
個性が発揮できない 33,100
同じことの繰り返し 15,901
上司がつまらない 8,764
会社に将来性がない 8,145
土日は休みたい 2,252

退職の理由と考えられそうな、会社へのネガティブなフレーズだけ、上から順番に10個取り出してみた。
1位の「仕事がつまらない」は、定番ともいえるフレーズで、傾向を知るうえでは無効なデータと考えてよいだろう。10位の「土日は休みたい」も同様に、シフト制の会社では定番の意見だ。
複数のデータを取得した場合に、最上位と最下位の情報を除いて有効データにする方法は、フィギアスケートなどでもお馴染みだが、まさかこんなところでそれを適用することになるとは思ってもみなかった。

そうして、2位から9位までにだけを材料に考えてみると、
(はてさて、これは出来レースか?)
そう思ってしまうほど、共通する特性が見出せる。
3位の「給料が安い」というのはともかく、それ以外からはいわゆるエリート志向的な傾向が感じ取れるからだ。
どこでもありがちな「残業が多い」、「キツすぎる」や「オフィスがダサい」、「トイレが綺麗じゃない、「美人(イケメン)がいない」などという、プライベート重視や個人的嗜好に偏ったフレーズはトップテン圏外か、そもそも存在していない。

(強い自負心を抱いている人間ほど、辞めてしまう傾向があるようだ)
『プロフェッショナル集団を目指しています』とは、単なるスローガンではなく、社長は本気でそれを考えて採用にも取り組んでいるに違いない。皮肉な結果を生み続けているように感じられるが、社長はその事実をどのように捉えているのだろうか。

(それでも、現在に至ってもなお、社長の意思はブレていない)
やはりそこに最大の謎がある。それに、彼を採用してくれた社長が作った会社だから、社歴こそある程度長いが、零細企業に有名大学の出身者がこんなに入社するなど、就職難の時代といえども不自然な気がする。

北海道株式会社のケース(5)vol.063

社員の側も、採用後、「自分にはふさわしくない」と思うまでの期間が非常に短い。
なぜ、それに気づかずに入社し、そんなにも早く退職の決断をしてしまうのか。

テキストマイニングの結果を注意深く探ってみたが、横暴な経営者や先輩がいるようなフレーズは見当たらなかった。
有力者の横暴さについて、社内の会話では怖くて直接的に言えない場合に、代替的に使われそうなアグレッシブ表現や、無理矢理にプラス方向に言い換えているキレイな言葉なども無く、非常にナチュラルなのだ。
男にも訊ねてみたが、社長は温厚で怒ることもほとんどなく、社員に怒鳴ったりしたことはこれまで一度もないという。
自慢話のネタというものも特にないためか、社員の話を聞くことが好きで、圧迫を感じているような従業員はいないらしい。

あなたは念のため、北海道社の求人にエントリーした求職者の情報から、学歴に絞ってデータを抽出してみた。思ったとおり、大卒者よりもそれ以外の応募のほうがはるかに多い。社長が強い意図で大卒者を選りすぐっていることはほぼ確定だ。

(最初に入社した会社で受けた仕打ちの反動か)
プライドの高い社員たちに雑巾のように扱われた。たまたま彼らに共通する条件が“大卒”ということで、今度は自分がそいつらを使いまわしてやろうとする『復讐』の意図があるのかもしれない。
あるいは逆に、人格形成期の環境を無意識に求めてしまい、当時と同じ劣悪な条件の中に身を置くことで安心するという、一種歪んだ価値観を持ち続けていることも考えられる。
といってもここでいう人格形成期とは、あくまでも“社会人としての”という意味だが。

深みにはまりそうだ。
しかし、あなたがしているのは社長のカウンセリングではなく、【法人】の手相鑑定だ。
あなたは改めて男に手のひらを広げさせてのぞき込んだ。すべての糸口はここにあるというのが、あなたなりの『設定』だ。

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北海道株式会社(左手)
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北海道株式会社(右手)
baseGuide-Hokkaidou
今回の基本線ガイド(北海道)
個人 【法人】
生命線 取引線(売上仕入線)
知能線 製品線
感情線 社員線
太陽線 市場(マーケット)線
結婚線 関係線
影響線 ???

(長く寄り添う影響線)
売上仕入線(右手と左手の生命線)の内側に、細く長い線が、補強するかのように寄り添っている。二重生命線なら活力そのものを表すが、影響線の場合は文字通り「影響者」の存在を意味する。
もちろん、個人を占う場合なので、これも【法人】に合わせて適宜変換が必要だ。

(影響線がいったん途切れるのは、最初の社長の時代と、現在を表すものだろうか)
最初の社長とは、現社長を北海道社に引き取ってくれた恩人のことだ。
彼が事故で亡くなった後、一時的に社長を務めた妻は、子供ができなかったこともあり、会社創業以来ずっと二人三脚で夫を支えてきた。

入社当時18歳の少年だった現社長を、弟のように可愛がってくれた先輩たちを生んだ土壌は、もちろん社長の人柄にもよるが、社員たちに手料理をふるまったり、服のボタンの繕いまでする母のような存在だった彼女の影響が大きかったようだ。

(現社長が切りまわしてきたこの10年間に、似たような存在はいただろうか)
現役の社員で最も長くいるのは、5年前に入社した事務の女性だ。彼女に絞ってテキストマイニングで傾向を知ろうと思い、あなたは男にそれを要求したが、断られた。
「残念ですが、【法人】の活動エネルギーにも限界があります。会社の記録情報なら負担が少ないので大量に処理しても問題ありませんが、社内の会話情報抽出は先ほどのものだけにしてください」

仕方がない。すべてが手探りの中、【法人】相手のルールは体験から学ぶしかない。テキストマイニングは確かに便利だが、それだけに使いどころを誤ってはいけないということか。
(まいったな)
決め手を封じられたあなたは、別の方法を探ってみることにした。
その女性事務員の勤怠の記録や給与情報はどうか? いや、それは決め手になりそうなものには思えない。
(趣味はどうか?)
男は、それは履歴書に記載があるので問題なく取り出せると言い、直ちに回答した。
「日記をつけることです」
残念ながらそれは社内記録ではないので、【法人】は内容まではわからない。ただし、自己PR欄に中学時代から作文で賞をとったり、雑誌に地元リポートを送って掲載されたりしているというから、なかなかの文章力を持っているらしい。
(うーむ・・)
興味深いが、今あなたが求める情報ではなさそうだ。他に在籍期間が長い社員の履歴書情報を見たが、どれも決め手とはなりかねた。

と、そのとき不意に、理屈ではなく情景が浮かんだ。
前社長、つまり創業社長の夫人が「廃業する」と告げ、それをうなだれて聞いている二人の社員。

現社長の先輩だったもう一人の社員は、その後どうしたのか。
【法人】の男は言った。
「先輩の彼は、一昨年に退職しました。倒れた兄に代わって家業を継がなければならなかったのです」

そういえば、さっき社員リストを出力したとき、現社長が会社を引き継ぐ前に入社した社員は、現状分析には無意味だとして消去してしまっていた。
もう一度復活してみると、確かに一人だけ、比較的最近まで在籍していた記録がある。
彼は、高卒だった。
彼だけでなく、かつての北海道社に大卒は一人もいない。現在も、在籍が長い社員はいずれも高卒だから、社長のこだわりにもかかわらず、従来の文化がなおも息づいているのだろう。

分析の糸口を何とか探そうとするあなたに、男は教えてくれた。
「社内で行われた会話を無機質に取り出すのと、特定人物の象徴的な会話は、質が違います」
つまり、『【法人】の記憶』には二通りあり、『データ』として抽出しなければならない情報は大きな負担になるが、『トピック』をしゃべるだけならその心配はない、ということだった。

北海道株式会社のケース(6)vol.064

「社長は、共に残った先輩の社員と一緒に事業を継続して、現在の私を存在させています」
と、【法人】は言う。一番気の優しい先輩だと、さっき聞いた。「支えになる」と言えば聞こえが良いが、要は後輩が上司になるわけだ。
しかし、持ち前の穏やかさで、ずっとその状態を受け入れており、二人の関係はその後もずっと良好だったらしい。
「ただ、性格の穏やかな二人がいきなりビジネス界に乗り出したためか、競合との競り合いになると負けることが多くて、二人はそのことでずいぶん悩んでいました」
それはそうだろうと思う。売上を作るところでその壁に当たり、次に考えられるのは代金回収の時に弱気になることだ。さぞ苦労したことだろう。

「そんなとき、知り合いの大学生に頼まれて、ゼミの体験学習でセールスプロモーションの実践を経験させたことがあるのです」
何となく話がつながってきた。後は想像のとおりだった。

社会経験が無く、強気な理想論で積極的に発言し、短期間の体験ゆえに怖れを知らず実行する。

成熟した社会人ならそんな風に、学生のことを高みから批評するように見ることもできるが、当時の社長にとっては、そもそもゼミの学生たち全員が自分よりも年上だった。
おまけに、自分は作業の積み重ねを「仕事」と考えてきたが、この学生たちは「ビジネス」という高次元からの視点で計画を立て、その実行プロセスの一部として「作業」があるのだという“経営管理”を語っている。

二十歳になったばかりの若き日の社長は驚いた。社長とともに会社を切り回している先輩にしても、高卒で入って3年目だから、年齢は社長とほぼ一緒だ。やはりそんな考え方に接したことはなく、初めて“経営”を知ったような気がした。二人にとってそれは衝撃だった。

何より、学生たちはプレゼン企画まで考えて実行し、競合を押さえて立て続けに仕事を獲得した。わずかの期間に実績を積み上げる実力を、二人は目の当たりにした。

『プロフェッショナル』という言葉は、彼ら学生から発されたものだった。
若い経営者二人に対し、大学生たちの、少し小馬鹿にしたような「教えてやっている」といった態度は、社長のかつての記憶を呼び覚ました。
最初に3年勤めて放り出された会社でも、彼に接する社員たちは最初からこんな風だったな、と思い出したのだ。今思えば、それはこういう『プロフェッショナル』だからこその強さの表れだったのかもしれない。

(会社をやっていくには、こういう強さが必要なのだ)
社長は純粋にそう思い、プロフェッショナルという言葉に強い憧憬を感じた。我を立てることのない彼の先輩も同じように思ったことが、北海道株式会社の人材獲得の基本姿勢につながった。

「社長は採用面接のときに、“プロの仕事”ということについて応募者と語り合うことに時間をかけますが、その時の話の展開力がある人物の採用率が最も高いです」
あなたはそれをニヒルな気持ちで聞いていた。
(薄っぺらな内容をペラペラしゃべるこけおどしも、その中には随分いただろう)
【法人】はさっき、社長のことを世間知らずなところがあると言ったが、そういう人間を見抜けないことが多かったと想像できる。

だが、仮に本物のプロが入社したとして、果たしてこの会社に長く留まってくれるだろうかとも思う。
目覚ましい実績を出したというゼミの大学生たちは、体験が目的の短期滞在だからこそ、その任務を全うし得たのだ。
レポートを書いてしまえば、あんな小僧ふたりがやっている“サークル以下”の会社に用は無い。「インターン」とか言われてうるさい年寄り相手に気を使ったり、細かく制約されることがなさそうだし、事務所がそこそこ広くて数人で使えるという点が魅力だったから声をかけただけだ。

あなたがそう言い切れるのは、そのゼミのメンバーの中に、北海道社への就職を志望した人間が一人もいないと確認したからだ。社長は数人にオファーを出しているが、にべもなく断られたと【法人】は証言した。

(大企業だって、零細から始まる。それに、この社長をサポートしたいと考える人材もいたはずだ)
確かにそういう人もいたという。社員の話を聞くのが好きな、少し頼りないトップとなれば、いわゆる『参謀』志向でそれなりに経験を積んだ人材からすると、活躍の場を見つけたような気がして、北海道社は魅力的な環境に見えるだろう。
(社長の「先輩」が、ナンバー2のポジションを奪われまいとして追い出したのか?)
当然それも考えたが、【法人】はそれを否定した。
「彼は現場好きで、会社の中で管理業務に携わるのを苦にしていました。社員が増えてくると、『管理面が得意な人材を抜擢して、自分は現場業務に専念させてほしい』と、度々社長に進言していました」
とにかく野心のないタイプだったようだ。

いつの間にかあなたは本筋を外れ、「どうしたらプロフェッショナルな人材を獲得できるか」という方向へ思考をスライドさせてしまっていた。
(いけない)
それは確かに北海道社にとっての重点事項かもしれないが、問題の核心ではないとあなたは思っている。
考える対象としては魅力的だが、各論に落ち着いてしまっては「【法人】鑑定」にならない。

あなたはようやく
(財務諸表を見よう)
と、コンサルっぽい切り口に目を向けた。今さらようやくそれに気づいたということは、目の前の【法人】には悟られたくない。でも、普通のコンサルタントではないから、最初に財務データに関心を持たなかったことは恥でもないかと思い直したりして、まだあなたの基本スタイルは定まっていない。

財務諸表が画面に表示された瞬間、あなたはハタと気づいた。
数字の内容ではない。一目見た瞬間、それをきっかけに全く別の疑問が湧いたのだ。
(この会社の『強み』とは何か?)

北海道株式会社のケース(7)vol.065

社長は入社1年でほとんどの業務をマスターしたという話だが、だからといって、突然経営を任されて運営していけるだろうか。日常業務とはワケが違うのだ。
当初は先輩と二人だけの食い扶持を稼ぐだけで精いっぱいだが、リスタートして半年以内に早速社員を採用している。
収支はトントン、資金はギリギリ。それで約10年続いている。いくら若くて無理が利くといっても、単なる体力勝負だけでこの実績は出せない。
【法人】はさっき、「社長は優秀だ」と言ったが、いろいろ話を聞いたうえで今日の姿を見ると、確かに優秀といって差し支えないだろう。

(社長の手腕を体現する何らかの強みが、どこかのデータに表れているはずだ)
地理的な条件から見てみようと得意先情報を抽出したら、徳島県と香川県に集中している。
(やはり、『北海道株式会社』なんていう社名は、相談するときに使う適当な名称だろう)
「宮城」や「仙台」なら、伊達つながりや七夕つながりでもう少し現実感があったのだが。
いや、それはどうでもいい。それより、ここから何か見えてこないだろうか。

創業社長夫妻の時代を“前期”、現在の社長の時代を“後期”と呼ぶなら、前期の最後にほとんど失った得意先の中に、後期に入って復活したところが結構ある。
といっても、北海道社はイベント業だから、定期的に商品を納めるようなルートセールスの商売ではない。

伝票データで、いくつかの得意先の売上計上日を抽出してみたが、どんなに多くても2~3か月に1回程度で、日にちもバラバラだ。対応する仕入の取引も、売上との紐づけの仕組みを探るまでもなく大半が特定できる。
基本的に売上はプロジェクトベースで計上され、粗利については定番として計算できるものもあれば、その都度目まぐるしく算定して出すものもあり、1回しか算出しない原価もかなりの数に上る。

(少額のレンタル品などは一式でまとめてしまえば、会計処理の手数がずいぶん減るだろうに)
と、あなたは思った。
ランチェスター的に言えば『弱者の戦略は軽装備に徹すべし』だし、その代表的な実践例が『経理は簡単にして金をかけない』だ。会社の戦力はすべて顧客に向けるのが、中小零細の非力な企業のセオリーだと思う。

(つまり、こういう余計なコストも吸収してしまえるだけの強み、ということか)
あなたは膨大なデータの海に潜って模索している。
一度だけ試みに、【法人】に「強みは何か」と訊ねたが、男は首をかしげた。情報を総合して仮説を立てることはできないようだ。
まあ、それができるならこんなところに相談になど来ないで、自分で何とかするだろう。彼らにしてみれば、会社の存続が自らの命の継続なのだから。

(では、質問を変えてみてはどうか)
あなたは【法人】に、社長が原価を細かく算出することにこだわる理由は何かと訊いてみた。が、それに対して社内で会話になったことが無いらしく、男は情報を持っていなかった。
「原価」や「会計処理」も、どうやら決め手にはならないのか・・。
(財務諸表が助言のアイテムにならない)
あなたはあっさり諦めた。

ここで「少額レンタル料をまとめて計上し、経理を簡素に・・」と、あくまでも会計処理にこだわって助言することもできるが、あなたにはそれが「てにをは」の添削程度の価値にしか感じられない。
あなたは元経理マンではあるが、それ以外の経験のほうがはるかに長い。だからなのだろうか。
経理経験が全くないピカピカの素人にもかかわらず、30代後半でいきなり「決算担当」として上場企業に中途入社したようなあなたに、そもそも正当な経理マンの視点が備わっているはずがないのだ。そんな素人には。

(素人・・)
セオリーを知らない素人が、初めての事柄に直面したら、それまでに培った自分のリソースから最も適した方法を当てはめて対応しようとする。
(その第一弾は『生い立ちと性格』じゃないか?)
あなたはふとそう思った。

北海道株式会社のケース(8)vol.066

社長は、中学校卒業後最初の3年間勤めた商社でずいぶんつらい目にあったと【法人】は言った。ミスをするたびに罵倒されるというのもそのひとつだった。
彼を引き取ってくれた北海道社の社長は、「一つひとつの仕事が完璧」と驚かされ、その仕事ぶりの積み重ねがあったからこそ、夫亡き後の北海道社を引き継いだ妻は、彼に会社を譲った。

社会人としてのすべてが初めて(つまり素人)だった彼が、たった3年の間に、次の会社で「完璧」と評される仕事ぶりを見せるほどの華麗なる転身を遂げた成長過程を示す実績データ

(ノートか!)

「自分は出来が悪い」と自覚していた彼は、聞いた話を要領よくまとめる習慣を身に着けていた。彼の机の引き出しには、入社後すぐに、作業要領をまとめたノートが数冊束ねられ、何度も改訂されていた。

【法人】はそう話していたと思い出し、あなたはノートの記録情報を画面表示するよう要求した。

(これはすごい)
日常使われる言葉の意味、取引先やその担当者の特徴に始まり、段取りの具体的「動作」やタイムスケジュール、そしてコストまで、図解や切り貼りで克明に記録されている。

特に目を引いたのが、その作業をした時の気持ちの動きまでが簡単明瞭に記されていて、初回の戸惑いと次回以降のギャップを埋めたポイントがいくつも書かれている。知識、アイテム、日時、天候、場所、言葉づかいと話す順序、道具の置き場所と向きなど、初心者の手引きとしてこれ以上の「マニュアル」を、あなたは見たことがない。
(初めてでも、シナリオ通りになぞるだけで『プロフェッショナル』を演じることができる)
ただの記録情報なら、目から入って頭で思考して、できる範囲で無理矢理記憶する。だから腹に落ちず、忘れてしまいやすい。しかし、情景と気持ちが記述されている『物語』は、自分をその中の登場人物として置き換えて、感情を伴ったストーリーを疑似体験できる。

「聞いた話」と「自分の実体験」の違いは比べるまでもない。社長が少年時代から無意識に実践しているこの方法は、社員を育てるための優れた資産になっていた。

(他人に、ストーリーの疑似体験をさせるために作っていたノートではないはずだが)
しかし、時とともにそれは充実してきていて、後半からはロールプレイで実際のセリフまで再現されている箇所が表れてきた。社員が増え、様々なタイプの人間に対応するため、より臨場感を出しつつ、ポイントになる点は細部まで表現したほうが効果的と判断したためだろう。
ついに、ロールプレイのシナリオだけでつづられたノートが生まれ、すでに何冊も存在していた。

あなたは今さらながら、さっき【法人】が言った「社長はかなり優秀」の本当の意味が理解できた。
同時に、『北海道株式会社の強み』も理解した。
シナリオを読むとよくわかる。
正確に言えば、シナリオを伝票や勤怠記録と併記させながら読むとわかる。
ストーリーの進行が冗長になる部分の動きで、ずいぶん無駄なコストが発生している。そこが改善ポイントだとわかる。改善の方法は、他の仕事の経験値が増えていくにつれ、見つけるまでの速度がアップする。

あなたは、特定の得意先との取引データを、第1回取引から数回分並べたリストをいくつか作った。
次に、同種類の依頼内容について、得意先は特定せずに、初回取引から数回分並べた取引データのリストを作ってみた。
(とんでもない実力だ)
いずれのリストも、初回の工数、初回の粗利と2回目以降のそれらとの差が歴然、というか懸絶している。
同じ相手、同じ種別の仕事なら、2回目から驚異の生産性を実現しているのだ。
また、リスト化した中に、2回目以降の実績が初回と変わらない取引もあるが、そういう場合は大抵3度目がない。取り組む相手として質の良くない仕事に対する手離れが実に良い。これにも驚かされた。

同じ失敗を2度繰り返さない、というだけでなく、自らの経験を次の行動に活かすのが格別に上手なのだ。
いわゆる「レバレッジを利かせる」ことに長けている。
最初に勤めた会社での、社会人としての生い立ちが、次の会社で活かせたのだ。

(原価を細かく算出するのも、同じことだろう)
一つひとつの事柄を取り上げて、愚直なまでに計算し、コスト感覚を体に叩き込む。
パイプ椅子1脚のレンタル料金を、単なる「数字」と捉えると、改善手段はコストダウンに限定されてしまうが、「売上に反映されるまでのプロセス」として捉えることができれば、そのプロセスの改善には多角的に着手できる。そういったことを繰り返してきているのだ。

あなたは内心、胸をなでおろした。
『こうすれば、会計処理はもっと簡素化できますよ』なんて言っていたら恥をかくところだった。
やはりそれは、「てにをは」レベルだ。経営は作文ではないのだ。

社長は、『プロフェッショナル』を吹聴する大学生に憧れたが、彼は経営者としてすでに事業の現場に立っていた。観念論の通じる世界でないことを、理屈でなく肌で感じていた結果、彼なりの形で憧憬を顕現化した。
それがこのノートだ。
北海道株式会社の強み。

社員側からは一見、決められたことしかさせてもらえないような気になるかもしれない。
(『プロ』について語る大卒者が不満を持つのは、表面だけを見るからか)
気持ちはわからなくもないが、プロならこの環境において独創性を発揮する場を見出したらどうなのかという気がする。付加価値を持たせられる箇所はまだまだあると思う。マニュアルに仕上がっているものは、その通りに動くのが良いが、マニュアル化前のシナリオには冗長なところが散見されるし、まだ改善されていない部分もある。

(オヤ?)
シナリオのページを繰る(画面をスクロールする)あなたは思った。
芝居や文芸作品ではなく、業務マニュアルの一部になるシナリオなので、設定もセリフもト書きもすべてが最小限で簡潔に書かれている。だから気づきにくかったが、これはひとりの人間が書いているものではない。

あなたの前に表示されているのは、書かれた文字そのものではなく、データベース化された文字情報だから筆跡はわからないが、文体の感性が微妙に違っている。もしこれを生の画像として見ていたなら、気韻生動が違うとでもいうべきだろうか。
(一昨年に退職した社長の先輩か)
最初そう思ったが、やがてそれだけではないことに気づいた。少なくとももう一人いる。

「それは、さっき話した5年在籍の事務の女性です」
【法人】はそう教えてくれた。
「このシナリオは、ただ記録すればよいというものではないので、誰もが書けるものではありません。『綺麗に文章が書ける』というだけではマニュアルの形に落とすことができないので、今は社長とその女性しかシナリオ作りには携わっていません」
少し、あなたを見直したような目つきだ。北海道社とは縁もゆかりもないあなたが、初見のシナリオの冗長な箇所に気づき、それを行動記録(データベース)と突合して改善ポイントを見抜いた点に驚いたらしい。
が、画面を凝視するあなたはそれには気づかない。

(長い影響線、社長の手にもあったらいいな。それに、その女性の手にも・・)
そんなセンチな考えが、あなたの胸をかすめた。二人は年齢が近く、どちらも独身だ。
会ったこともない先代の社長夫妻が、あなたに語りかけている気がする。【法人】を通じて。

「頼んだぜ。俺とカミさんが作った神輿と、これから担いでくれる二人のこと」
と。

北海道株式会社のケース(9)vol.067

不覚にも、涙が出そうになった。
(いけない)
そういえばこの鑑定、最初から感情移入していた気がする。

あなたは気を取り直した。
社長がプロフェッショナル集団を目指したきっかけと、この会社の強みについてはほぼ把握できた。
システム会社の営業担当者が、「プロフェッショナル集団の定義見直し」を提案することにも、こうなると賛同できる。
大卒にこだわる必要はない。教育システムがこれだけしっかりしていれば、人材が定着しやすい環境は既にできている。
じっくりと時間をかけて社員を育てることができるので、場数を踏んでいくうちにプロフェショナルな人材になるのは比較的容易だ。学歴は問題にならないはずだ。

しかし、北海道社のこれまでの傾向からすると、上昇志向で独創性の強いタイプが、教育システムとの不適合を起こして短期間での退職を繰り返している。
そうすると、人が居つかない文化が定着してしまう(というか、既にしているだろう)。それが社員たちの意識にも根付いてしまっているはずだ。

それに気づかない社長とも思えない。

あなたは、社長の方針に疑問を呈したシステム会社が、どんなパッケージを売ろうとしているのかを【法人】に質問した。
当然、北海道社を見て問題を感じた点に働きかけるような製品を勧めているはずだ。

しかし、【法人】の答えはあなたを失望させた。
「システム会社から提案されたのは、『プロジェクト型の収支管理に強い会計システム』です」
あなたの頭の中には、プロジェクト番号がズラリと記された『PJマスタ』という名称のデータ格納テーブルが思い浮かんだ。
売上・仕入のデータ、そして振替伝票仕訳などは、該当するPJコードを付与してシステム入力しておき、あとでそのコードを目印に、プロジェクト単位でデータを串刺しに出力できるといった程度の基本形しかイメージできないが、おそらくそれの発展形ではないかと思う。

【法人】は続けた。
「プロジェクト番号リストのインターフェースを起点に、顧客の取引記録の抽出や、売上と利益の図表化ができて、利益計画の策定資料が素早くできる点を特に強調していました」
と、あなたの想像の裏付けをするような内容だった。おそらくもっと高い金額のものなら、より高度な機能を備えているのだろうが、北海道社のスケールに合わせた廉価版を勧めているのだろう。

あなたが見たところ、それだけのシステムなら、北海道社はわざわざお金を払ってまで買わなければならないものではない。

(それは既に機械よりも的確にできている)
そもそも北海道社は、仰々しく基幹システムを導入するような規模になっていない。
規格外の道具を押し込んで、各種機能を宝の持ち腐れにしてしまうか、不必要な機能を使うために無駄な労力を奪われるか、どちらにせよ投資効率が悪すぎる。
財務体質が弱いところへ、大幅なキャッシュアウトをもたらす質の悪い投資などすべきではない。

「社員が居つかない状態が解消されると採用コストが抑えられて、システム導入費を払ってもおつりがくると、システム会社は話しています」
あなたの内心を感じ取ったかのように、【法人】はシステム導入による財務負担の軽減効果について口にした。

確かにそのとおりだ。今は、ほとんど常に社員募集をかけているような状態で、転職サイトへの掲載をはじめ、採用決定による手数料支払いや、社内での応募書類管理や面接対応にかかる手間暇を含めると、実質的なコストは結構な額になる。

(普通、このくらいの人数規模で求人募集している企業は、しばらく経つとまったく掲載されなくなるものだ)
長い間求職活動をしてきたあなたは、そういう実例をたくさん目にしている。繰り返し求人情報が掲載されているのは、大抵それなりの人数規模を持つ企業だ。

ごく小さな企業が繰り返し求人情報を出し続けるケースは多くない。採用活動に割く力あるなら、もっと別な方面に充当したいからだろう。
社員10名程度の企業では、処遇や知名度や将来性などの条件ゆえ、逆に、優秀な求職者からは相手にされないことが多い。やってきた応募者の中にそこそこの人材が居たら、慎重に吟味して採用し、何とか長続きするようにしたいという想いは、大きな企業よりもはるかに強い。

(北海道社だって、実態はそれに近いはず。それなのに、ワザワザそこまでする理由は?)
『プロフェッショナル集団』にこだわっているだけなら、ここまで来れば話は簡単だと思う。

求める人材のタイプを転換させ、継続的な採用活動はストップさせる。

今あなたの目の前にいる【法人】は、社内の空気感や土壌を構成して社長や社員を『誘導』できるというのだから、この男に対してあなたがそれを示唆すればよい。

北海道株式会社のケース(10)vol.068

プロフェッショナルの養成に必要な条件は、すでに整っている。
マニュアルどおりに動いてくれる人材を、じっくりと1人前に育てられる会社。

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北海道株式会社(左手)
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北海道株式会社(右手)
baseGuide-Hokkaidou
今回の基本線ガイド(北海道)
個人 【法人】
生命線 取引線(売上仕入線)
知能線 製品線
感情線 社員線
太陽線 市場(マーケット)線
結婚線 関係線
影響線 影響線

(人差し指と中指のちょうど真ん中に達する感情線)
自分に良く、他人にも良い関係づくりに秀でていて、思いやりにあふれている性格。
女性にこの相がある場合、よく『良妻賢母の相』と表現されることがある。
あなたの置き換えでは「感情線」は「社員線」だ。▲▲社の鑑定では実際にその解釈で間違っていなかった。
おそらく、良妻賢母の相は、社員たちを子供とした場合、しつけや教育の在り方を示すのではないだろうか。

左手社員線の先端近くから数本出ている下向き短線は、個人の場合なら「他者の気持ちに対する感受性の細やかさ」を示しているが、これは北海道社の場合いうまでもなく業務マニュアルの造りに表れている。

小指のすぐ下、外側から中心部へ真横に伸びる短線は「結婚線」だ。
これは「関係線」と置き換えることにしている。社員との関係や社会との関係といったものを示す。
綺麗に1本だけ、長くはっきりと伸びるこの形は、実に理想的だ。もちろん、どんな関係性を目指す企業かによって理想の形は違うから、何が理想的だとは一概に言えないが、他の線やその勢いから判断すると、この【法人】の関係線はこの形が相応しいと思う。

(やはり、社員の採用が、今回の鑑定のポイントではないか)
採用方針を変更させることと、基幹システム導入話を白紙にすること。
このふたつを提案すれば、依頼を果たしたことになるだろう。
あなたがしゃべろうとした刹那、【法人】から質問してきた。
「社長はいつごろまで、この頻繁な採用を繰り返しそうですか?」
あなたは言葉に詰まった。

実はそれが、矛盾を感じつつ、どうしても答えが見出せなかった点なのだ。
関係線が綺麗に一本だけ伸びている。
互いに理解し合う安定した関係性に恵まれる特性の持ち主だと思う。
それなのに、社長が社員との関係において、その特性に反したことをし続けていることに、うまい説明がつけられない。
『プロフェッショナル集団を求めているから』というのは社長の願望だが、結果として起こしている行動が、【法人】そのものの基本的性格と合わないのだ。社長といえども【法人】に内在する要素のひとつにすぎないなら、それが暴走している異常さには別の原因があるはずだが、あなたはまだそれを解明していない。

ただし、大衆人気で末永く発展できそうな印(左手小指側から薬指の根元に向かって伸びる市場線)がくっきりと存在し、北海道社の活動自体が社会との良好な関係性を築いていくのは間違いなさそうなので、遅まきながらも【法人】が社長を誘導し、大卒にこだわる採用にブレーキをかけていけば、いずれは手のひらの状態と現実がマッチするだろうという判断だった。

(一応、先を読んだうえでの提案のつもりだが、どうやらそれだけを伝えても納得はしないということか)
【法人】にとっては、どうしても解消したい疑問だったのだろう。というより、社員たちの総意だったのかもしれない。

こういう時の対処に、鑑定の質が問われるのだ。
用意した回答をしようとしたら、先にそれを封じられた、という状態だ。

客側の意向を無視して鑑定者の側が、「自分の答えは、もうこれに決めているから」とばかりに、説得力のない解釈を押し付けたら、当然ながら客は不満を持つ。
客の成熟度が低くて鑑定者の解釈をブロックしているだけなら、緩急を使い分けつつ当初の回答を押し通すことに意味があるが、この場合は、こだわった行動をとっているのは社長であって【法人】ではない。
【法人】はあなたと議論がしたいのではなく、あなたに質問をしているだけだ。ごまかすわけにはいかなかった。