いっそ、占ってしまえ!(1)vol.042

『次回面談は3日以内』という規定があることから、どうやら次回面談の約束をした受託者は、 あなたがはじめてではないようだ。

それはそうかもしれない。
【法人】のことを信じるかどうかは別にして、受けた相談にそつなく対応するため、いったん企業名を知ってから、改めてその会社のことを調べようとするのは至極当然だ。
ホームページ、会社四季報、有価証券報告書、帝国データバンクからネットの2ちゃんねるまで、企業情報を調べようと思えばいくらでも情報ソースがある。
求人情報や、商品に対する通販サイトの口コミレビューだって、立派な情報だ。
ひと月もかけて調べつくしたら、 ずいぶん詳しくなるに違いない。

ハローワークが「3日以内」と期限を切るのは、【法人】側の要求もあるだろうが、日数分だけ受託者に支払う報酬額が発生するからという事情もあるに違いない。
情報収集に時間をかけて契約期間を長引かせる受託者も、かつてはいたのかもしれない。
せっかく得た収入源を確保しようとする人がいるのもよくわかる。

その一方、地下4階という怪しげな場所で、いきなり二人きりにされて事態が呑み込めぬまま、行き当たりばったりの頼りない面談をしたあげく、「能力なし」と一回限りで切り捨てられる『正直で素直で、小心な受託者』も、ずいぶん居たことだろう。

そんな中、「まず時間をくれ」と要求できる図々しさを持った、その他大勢の中のひとりだ、とあなたは思われたかもしれないが、担当官の思惑など、あなたの眼中にはない。

そんな思惑とは次元を異にする、非常識なプランにあなたの頭脳は没頭していた。

いっそ、占ってしまえ!(2)vol.043

ジョハリの窓

心理学ではよく知られた「対人関係における気づきのグラフモデル」
4つに仕切られたマトリクスは、自分自身に対する、自己と他者の理解についての領域を表している。

1.Open Self
自分が知り、他人も知る、『自他ともに公開中の』自身の姿
2.Blind Self
自分は知らず、他人からは見えている、『気づけない』自身の姿
3.Hidden Self
自分だけが知り、他人には見せていない、『気づかせない』自身の姿
4.Unknown Self
自分にも他人にも気づけない、『潜在する』自身の姿
【法人】に、これを当てはめてみようというのがあなたのプランだ。

本来は個人相手の交流用なので、相手が【法人】なら1~3については次のとおりかと思う。

1.一般的な社交レベル
2.コーチングや指導といったところ
3.相手に自己開示を促す作業

2の特徴として、対象となる事柄において、経験や技能で相手を導くだけの実力と、それに見合う確かな指導力を持っていることが必須だ。
一方、3は、相手と同じ経験は持っていないにもかかわらず、交流が成立する関係性を作るためのカウンセリング技術を使いこなせるなど、高い人間力を要するのが一般的だ。

ちなみに4はその存在を感知できないので通常、コミュニケーションの題材にできない。
いずれにしても、2と3については、当然、1の社交レベルとは次元が違う。
素人のマネゴトでは到底務まらない。
ではこれらのことを【法人】に置き換えたらどうなるか?
1は公開情報に基づいた、表面的な対話で交流する浅いレベルだ。
これに頼って面談を進めるようでは、相手の【法人】には、それを見透かされてしまう。
早々と契約解除だ。今回あなたがこれをやれば、継続契約にすらならないだろう。

それに対し、2と3は、コンサルタントやファンドマネジャーレベルといえる。
最低でもこの水準が要求されるはずだ。

いっそ、占ってしまえ!(3)vol.044

調べた企業情報をそのまま吐き出すのではなく、使いこなす。
それも、プロのレベルで出来なくては、相談業務従事者としては失格だ。

ちなみに、ハローワークが、プロのコンサルタントや、ファンドマネジャーにこの面談の担当を依頼しない理由は、様々に考えられる。
【法人】という摩訶不思議な存在がいるという荒唐無稽なことが、もし本当のことだとしたら、彼らとの付き合いを『商用』として捉えるのはそれら職業人(プロ)の本能といえる。

決して表に出ない、企業の裏情報を知り、何らかの形で利用する可能性がゼロではなく、それでは社会に混乱をきたす危険性が高いとして、あなたみたいなアマチュアが抜擢されるのだと思う。
たしかにあなたはアマチュアで、コンサルタントではないが、これまで成り行き上で、コンサル的な働きをするケースが比較的多かった。
応募書類ではその経験をアピールできずに苦しんできたが、今回、それを活かす機会を与えられたわけだ。

「2(本人が気づいていない=Blind Self)」の部分に踏み込むこと。
「3(本人の隠し事=Hidden Self)」へアプローチすること。

両方とも、やればできるかもしれないし、むしろできるという自信もあるが、それをするつもりはない。
無論、1(社交、表層=Open Self)などは論外だ。

あなたが、ハローワークの地下4階で、相手が【法人】と名乗ったときすぐに思いついたのは、「4」(自分にも他人にも未知の領域=Unknown Self)へ直接にアプローチすることだった。

いっそ、占ってしまえ!(4)vol.045

自分からも他人からも未知の領域に潜在する自分。
それは、内政視では視界に入らない。
もちろん、他人から見える表情や言動・仕草にだって、そう簡単には表れない。
だからこその「未知の領域」なのだ。

もし他者から見えた特徴があっても、そこに触れることが相手の成長や問題解決に効果があるかどうかは不明だし、効果があるとしても、どうアプローチすればよいのかは、よほど熟練したプロであっても、それなりの試行錯誤を経ないと判明しない。

結構な時間と腕前を要求されるので、ジョハリの窓はアカデミックではあるが雑学的な扱いになっているのは否めない。


なにより、無理矢理に解明しようとしなくても、本人の学びや成長によって、「4(Unknown Self)」はいずれ「2(Blind Self)」や「3(Hidden Self)」に浮上し、それが長所であれば伸ばし、短所であれば正したり、あるいは隠すことが、意図的にできるようになる可能性がある。
いわば、時間の経過と、偶然に任せるしかないとも言える。
そうやって、隠れたまま本人の人生に陽を差したり、影を落としたりするブラックボックスが「4」の自他にとって未知の領域だ。

しかし、そんな「4」の部分に対し、偶然にもあなたは少年時代に、アプローチするきっかけを得ていた。
無論その頃は、「ジョハリの窓」などという難しい理屈などは知らない。

TVで興味を持ち、何となく始めた『手相占い』というものが、いつしかあなたの特技になっていた。
“ 書いてあるデータを読み解き、今目の前にいる依頼者に合わせて説明の言葉を組み立てる ”
高校生の頃ではあったが、多読家で、作文が得意だったあなたは、クラスメートを片っ端から鑑定した。
同世代だけでなく、アルバイト先や、面接を受けに行った専門学校の面接官など大人たちの手相も男女問わず鑑定し、時には鑑定書まで書いて渡したりしていた。
料金を取らないことも手伝って、あっという間に鑑定実績は3ケタに上り、100人を超えた時点で鑑定人数をかぞえることはやめにした。

いっそ、占ってしまえ!(5)vol.046

そして、場数を踏めば踏むほど、あなたは実感する。

(手のひらの線や丘、指などに関する知識より『目の前の依頼者の状況に合わせたトーク』が 何より重要なのだ)
それに気づいたのは、20代後半にカウンセリングを学んでからだ。
講義をメインにするのではなく、『ノウハウの提供』をメインにして、理屈はサブ的な扱いにするのが効果的だ。

つまり、『手のひらから読み取れる情報をすべて伝え、解釈は相手任せ』にするのではなく、『あらゆる情報を小さくまとめてしまうが、一度にすべてを見せず、相手の潜在能力や、未来の幸運を匂わせる』ことが、相手の成長の手助けになるという不可思議さを、いつしかあなたは理解していた。

ただ、オカルト嫌いという特徴を持つあなたは、占いができるということを、あまりオープンにしなかった。
知人の紹介で、数珠つなぎに依頼を受け、好評を受けながらも決してプロになろうとしなかったのは、「こんなことを生業にするなど、世間に顔向けができない」という、一種の偏見によるものだ。

一方、データベースを活用して、他人の業務改善をしたり、その相談に乗ることが多かったあなたは、(《考え方》を教えるより、《手段》を提供したほうが、問題解決に役立つケースが多い)ということを、ビジネス現場の経験から身にしみてわかっているが、これは占いの時のコツと全く同じものだった。

だからこそ、この、【法人】などという茶番に対し、一見調子を合わせながら、実際にはあの男自身の運命を存分に占ってやろうと考えたのだ。

いっそ、占ってしまえ!(6)vol.047

ただ、あなたは無論、【法人】などという存在は信じていない。
しかし、この『一見調子を合わせ』というところが重要なポイントだ。
【法人】と名乗った相手に対し、個人向けの占いをしたのでは説得力がない。

線や丘や指や手の形状など、あらゆる要素を【法人】に置き換えて、それぞれの意味を統合した鑑定にすることが必要だ。
あなたが【法人】とハローワークに要求した3日間は、『要素の置き換え』の創造に費やすための時間だった。
占いになぞらえた面談で、あの男自身の性格特性や問題点などを聞き出し、それに対して的確な分析やアドバイスができれば、相手もあなたの能力を認め、それによって何か次の展開も開けるだろう。

今回、▲▲社の人間が来ているのなら、思ってもみない形で面接を受けることが出来るのだから、ここであなたの実力をアピールし、上手くいけば採用される可能性だってあるかもしれない。
そのためには、【法人】に対する占いが、あまり的外れな内容にならないよう、手相の各要素が個人のものとかけ離れないようなアレンジが必要だ。
一方的にしゃべっては不利になる。
相手から、できるだけ多く会社のデータを引き出し、即席のデータベースを基にした面談に持ち込みたい。

手相をダシにして、定量/定性を問わず、とにかくデータを吐き出させるためのトークのプランはある。
そういうことに関しては、あなたの経験値は高いほうだ。
特に、少年時代から二十歳そこそこのあなたが、ずっと年上の人間から『大人の悩み』を聞き出すというハンデをクリアするには、確かな技術の裏付けがなければならないが、それをクリアしてきたという点は少し自信を持っても良いかもしれない。

ただ、これらはあくまでも個人に対してだ。
今回は、個人-法人間の変換という、想像もしなかった条件が加わり、大いに難易度が高い。

(生命線は、【法人】向けならどんな意味合いを持つことになるだろうか?)
3日後に向けたあなたの思考はそこから始まった。

【法人】現る!(1)vol.034

地下4階。
面談の現場は、そんな非日常な場所だった。
そんな低い階層へ足を踏み入れるのは、霞が関勤務の頃以来かもしれない。
ハローワークの中にも、そんな場所へ行きつけるエレベーターは1基しかない。

カードキーのロックを通過し、エレベーターの前に立った。
キーは数日前、あなたの自宅に書留で届いた。
持っている職員がほとんどいないため、くれぐれも忘れてこないよう注意されている。

大げさな道具立てだ。
これも「守秘義務」のためか。
しかし、たかがコンサルにここまでの大仕掛けが必要だろうか。
役所は特別だからと、役人が片意地を張っているのか。
そうだとしても、さすがにこれは度が過ぎていると思う。

ただ、労働基準局が相談を受け付ける部屋は、入室するために扉を二つ抜けるそうだから、同じようなシチュエーションを検討した結果、こんな “ 特別室 ” が準備されたのかもしれない。
そういう理由でないとしたら、それこそあなたが恐れている、「暴力の現場を隠ぺいする舞台装置」の可能性も否定できない。

エレベーターの扉が開いても、あなたは外へ出ず、周囲の気配に耳を澄ませた。

【法人】現る!(2)vol.035

薄暗い廊下には人の気配がない。
『開く』ボタンを押したまま、そっと首だけを出し、左右を見渡す。
右奥はすぐに行き止まりだ。
左側の奥は、照明が無く、先まで見通すことができない。

あなたの行く先は、エレベーターの左斜め向かいにある細い通路の奥だ。
その通路は廊下から90度に曲がっているので、ここからだと完全に死角になる。
エレベーターを出て通路の前まで数歩進み、7~8メートル向こうの突き当りを見ると、薄暗くて柄は判別できないが、扉ではなくカーテンが垂れ下がっている。

(ここまで来たら、扉で遮断する必要はないということか)
ふと気づくと、通路の途中に非常階段に抜ける扉がある。
あなたは少し安堵した。
いざという時、あなたが大声を出せば、上の階層にいる人の耳に届きそうだ。
(地下3階に人が常駐していれば、だが)
何より、あなた自身がそこから逃げ出すこともできるだろう。

背後で、エレベーターの扉が閉まる音が静かに響く。
その音がやむと、地下4階フロアには完全な静寂が訪れた。

【法人】現る!(3)vol.036

ゾクゾクして、尿意を催す。
そういえば、このフロアにトイレはあるのだろうか。
それはあとで確認するとして、まずあなたは非常階段口の扉に近寄り、ノブに手をかけてゆっくりと回してみた。

そっと押してみると、さび付いた蝶番が大げさな音を立てた。
あなたはぎょっとして周囲の気配をうかがってみるが、誰かが音を聞きつけたような気配の変化はない。
まだ約束の20分前。相談者は来ていないらしい。
エレベーターの扉は閉じたまま。
回数表示は「B4(地下4階)」から動いていない。

もう一度非常口に視線を戻し、握ったままのノブをさらに押してみると、扉は開く。
ゆっくり外へ足を踏み出す。

慌てて足を止めた。
貼ってあるプレートの文字の意味が、ようやくあなたの意識に飛び込んできた。

“この扉は反対側からは開きません。”
一度出てしまうと、階段側から開くフロアーに辿りつき、その階のエレベーターから下ってこないとここへは戻れないということだ。ひょっとすると、上の地下3階も同様かもしれない。
たしかにこの地下4階は、災害などの非常時に、避難場所としては使われないだろう。
非常口が外への一方通行になっているのは当然かもしれない。

そして、これから起こるかもしれない、あなたにとっての 『非常時』にも、一方通行は何の妨げにもならない。
むしろ、あなたが相手(達)より先に通路から階段室に身を移せば、扉は相手から身を守る『盾』にもなりうる。
とりあえず、身を守るプランが立った。

(早めに来てよかった)
あなたは非常口の扉を閉めて通路の奥へと進み、薄いカーテンをはぐって中に入った。

【法人】現る!(4)vol.037

設備維持か何かの機械が作動しているからだろう。かすかなモーター音だけが、壁を通して聞こえ続けている。
あなたが椅子に腰かけてから、もうそろそろ10分が経過する。
心臓の鼓動がやけに大きく響く。
口の中が乾いてくるので、あなたは何度もマグボトルを傾け、緑茶で口を湿らせた。

不意に人の声がして、あなたは、飛び上がるほど驚いた。

あなたを運んできたエレベーターは、地下4階に止まっていたはずだ。
これが動き出したら、相手が下りてくる合図だと思い、作動音にはずっと注意を払っていたが、間違いなくエレベーターは動かなかった。

それなのに、いつの間にかカーテンの向こう立っていた人間が、部屋の中へ向かって声をかけてきた。
廊下の奥の暗がりで待機していたのだろうか。
面談の相手が待機している場所は、ハローワークの担当官から聞かされていない。
あなたの動悸は急速に早まり、アドレナリンが体中を駆けめぐるのを感じる。

(何人で来やがった)
あなたは、瞬時に闘争的になった自分自身の思考に驚かされた。

(何人いようが、全員潰してやる)
続けて当たり前のようにそう考えた自分自身に、さらに驚かされる。

これまでになかった思考プロセスだが、まるであなたが最初からそういう人間であったかのようなナチュラルさだった。
というより、何も考えていないのに、イメージだけが形成され、しかもそれは、「当然そうなる」という根拠のない確信を伴っていた。

受託契約とか、収入とか、自信のなさとか、ほんの少し前まであなたを取り巻いてきた重苦しい思考の渦は一瞬のうちに無と化して、闘いの意思をみなぎらせたあなたが、そこにいるだけになった。
さっき確認した逃走経路のことも、既に頭から消え去っている。
『開き直る』とは、こんな感覚なのだろうか。

逃げられないのは、むしろ相手のほうだ。

こんな文脈、あなたの人生に無かったはずだ。
自分でないような自分。
死を考えざるを得ないほど追い詰められたときに現れる「正負の逆転スイッチ」を押すことに、あなたは成功したのかもしれない。