青森県株式会社のケース(1)

(よくしゃべる)

対面した瞬間から挨拶もそこそこにしゃべりだしたのは「青森県株式会社」。
姿かたちは前回の北海道株式会社と名乗った男と同じだ。つまり、▲▲社とも同じ。ただし、別の【法人】だということを、あなたは理解している。
【法人】たちは、この男の姿を使って、あなたのような『こちら側』の人間と接しているのだということを。

(それにしても、どこが「青森」なのか)
無造作に北から順番に付けているらしい仮の会社名には、あなたも内心で苦笑するしかなかった。
四国の会社が「北海道株式会社」と名乗り、今度の【法人】は、あなたが持っている無口な東北人のイメージとはかけ離れたおしゃべりな男だ。

「流れは来てるんですよ。社長はずっとそう言い続けて、業績は伸び続けていましてね」
なぜこんなに滔々としゃべり続けるのか、あなたには最初、理由がわからなかった。
わからないまま、今回はまず最初にパソコンの電源を入れ、財務諸表を見てみた。
創業からは32年、会社設立からは26年を経ている。家具のレンタル業を営む会社だ。
たしかに、設立から26年は、わずかな波を描きながらも業績は上がり続けている。

(成長曲線の教材のようなカーブだ)
財務諸表の数値をグラフ化して長期のライフサイクルに描画してみた。
成長期から成熟期に入ったところで、もう一度成長(上昇)のラインが生まれ、改めて成熟の緩やかなカーブに落ち着いている。
2度目の上昇の時期に何があったのかを質問するだけでも、かなり有用な情報が得られるに違いない。

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今回はかなり、コンサルタントっぽい導入になったなと、あなたは内心手ごたえを感じている。
【法人】相談も今回で3度目。3度目の正直。自分を客観視できるようにもなってきている。気を引き締めていこう。

青森県株式会社のケース(2)

「ライバルもずいぶん増えたけれど、客層がそれ以上に広がっていましてね」
これまでの事例からすると(といっても2件しかないが)、【法人】はこちらから求めないかぎり、常に“今”のことをしゃべってくる。
あなたはまだ何も質問していない。ということは、客層が広がっているというのは、それが事実かどうかは別として、社内ではそう認識されている現在進行形の事柄なのだろう。

(成長曲線からすれば、“客層が広がっている”のは過去の話で、今の課題は『広げた客層に向けた次の商品展開』ではないのか?)
社長が何を考えているかは不明だが、本当に「流れは来ている」のか?
むしろ、「新しい流れを作らなければならない」のに、それを忘れてしまっていないだろうか。

最初の成功体験が忘れられず、第2弾が必要になった時も同じ方法を採り続け、事業を傾かせる経営者は多い。しかし、この社長は最初の成熟期(第1期)の停滞を打破し、2度目の成長を成し遂げた実績がある。
問題はやはり、この「2度目の成長期」のきっかけは何だったのかということになりそうだ。

「それまで(第1成熟期まで)公務員ばかりだったんですけどね、民間人にも売れるようになって、そこから一気に広がりましたね」
想像していたとおり、【法人】からはそれほど深い内容が得られなかった。
逆に、第1期が公務員限定だったという点が、あなたには引っかかる。閉鎖的だった客層が解放された第2期にも興味はあるが、その前に、ビジネスがどう誕生したのか、その点を聞いてみたい。会社設立前に6年間、個人事業を営んでいたようだから、そこにもさかのぼってみたいと思った。

青森県株式会社のケース(3)

「社長の家は、地元でも割と知られた地主で、もともとは倉庫業をやってましてね・・」
不動産などに縁のないあなたにはわからないが、その倉庫業を個人事業主として行っていたのには、税金対策など様々な理由があったのだろう。あくせく働かなくとも食っていける。あなたにとっては夢見たくなる境遇だが、金持ちには金持ちなりの苦労があるということか。
しかし、『お金が無くての苦しみ』より『お金が有っての苦しみ』のほうが、やっぱり「マシ」なのではないかと思う・・。

あなたのそんな個人的感慨はさておき、社長は倉庫会社を始めた当初から、そこの経営者としてというより地元の金持ちのせがれ(当時は20代で親は健在)として、同じような金持ち層との付き合いが多く、あまりモノにこだわらない鷹揚な性格でもあったため友人も多かった。
そんな友人の一人に、地元の研究機関に勤めている男がいた。

その地区は、国または企業の研究機関や工場が集まった広大な地域で、全国でも名の知れた一大都市を形成していた。その友人は国家公務員として、ある研究所で事務官として働いていた。

その友人も家代々の資産家でありながら、国家公務員(ノンキャリア)の薄給に甘んじていたのは、早くから悠々自適の精神を身に着けていたためだろうか。日々の仕事も適当に楽しみながら淡々とやっていたようだ。
そんな彼が、4月初めのある晩、社長と一緒に飲んだときにブツブツと文句を言った。
「引っ越しの荷物が多すぎるんだよ。どうせ2年でまた出ていく奴らがさぁ」
どうやら、年度末前後で同僚の引っ越し手伝いが重なり、かなり大変だったらしい。

毎年決まった時期に、職場の人事異動で公務員宿舎に出入りする同僚がいる。よほどの大所帯だと専門業者に依頼するが、基本的に引っ越し慣れした転勤族は、高い引っ越し料金を払うよりは、トラックだけをレンタルして、職場の仲間を動員するケースが多い。

地元採用で転勤を回避している彼は、その分出世もしない。それでも公務員暮らしを楽しめる性格ではあったが、毎度の“引っ越し動員”には辟易していた。特に3~4月、6~7月は定番で、時折10月や1月にも駆り出される。
親族に農家が多く、そちらの手伝いも重要なので、体がいくつあっても足りなくなるのだ。

飲みながらの他愛ないグチとして適当に相づちを打っていた社長だったが、友人は酔うにつれて、社長をかき口説き始めた。
「なあ、なんとかしてくれよ。お前ンとこの倉庫にタンスとか置いといてさぁ。そしたら俺が『持ってくるな』って、移ってくる奴に注意しといてやるからよ。借り賃と人足代で商売できるように考えてくれよ」
それだけなら酒の席の雑談で終わってしまっただろう。そんな思いつきで簡単に事業化できるほど、商売というものは甘くない。「だから公務員ってのは世間知らずなんだ」と、社長も酔いに任せて好き勝手を言った。
怒るかと思いきや、友人は座り直して話し始めた。意外に冷静だったのだ。よほど困っているらしい。

「ウチ(の研究所)は給料がみんな振り込みでさ、同じ銀行の支店に口座作るようにしてるから、銀行もいろんな引き落としだの振り込みだのをサービスでやってくれるんだ」
彼が所属している総務部に厚生(共済)係という部署があり、そこの担当者の裁量で、転任者には地元銀行の特定支店で口座を開設させ、基本的にそこを給与振込口座にしていた。
銀行側は口座獲得の見返りに、法廷控除外の預り金に関する手数料を無料にしている。組合費、互助会費、財形貯蓄、生命保険、宿舎費、共済貸付返済金、等、結構多岐にわたる。

そこで「おもしろいな」と思った社長は、当時まだ一般的でなかった家具のレンタルを考え始めた。
“宿舎費”に準ずるものとして“調度費”みたいに給与からの天引きにできるなら採算が取れるかもしれない。

青森県株式会社のケース(4)

その研究所は職員数約500名。全員が公務員宿舎に入っているわけではないが、官舎というのは各省合同のものがほとんどなので、「独身用」「単身用」「世帯用」の大きなビルが立ち並ぶ一帯や、戸建ての平屋(または2階建て)がまとまって建っている地区に、あちこちの役所の職員が住んでいる。
銀行との関係で、同じ形のメリットを享受し合っている研究機関は他にもあるという。それらに対しても給与天引き制を適用して家具レンタルを展開できれば、いい商売になるのではないかと考えたのだ。

男子独身用宿舎などは、1棟が100世帯程度になる規模の建物も多いが、各世帯の間取りはほぼ同じだ。部屋の見取り図は厚生係の協力を得れば簡単に得られる。世帯用などその他の集合住宅も同様で、戸建て形式にしても同時期に建築されているだけに、間取りにあまり大きな違いはない。

それぞれの見取り図面に合わせて家具をコーディネートし、セットAとかBとかの選択式にすれば、面倒を嫌う利用者に受け入れられ、こだわり派には豊富なオプションを提示すればよい。
世帯持ちの利用はさほど見込めないだろうが、単身赴任者、独身者などは、入退去時の引っ越し手配が格段に楽になる。使った家具が気に入れば次の転勤先でレンタルし続けてもよいし、買取りにも対応できるようにすればサービスはさらに奥深くなる。

そして、何よりのメリットは『大幅な人件費の節約』だ。
新規客の獲得とサービスの説明に始まり、契約事務と引き落とし口座登録、そして毎月の代金回収と解約手続きまでを、役所の厚生担当がやってくれるのが大きい。自社でやったらその部分の原価が膨れ上がる内容だが、そこがスッポリと省略できるのだ。
顧客も、とりっぱぐれのないお役所の役人で、全額振り込まれる給与からの天引きである。貸し倒れリスクはほぼ無しと言っていい。

そのぶん自社では、家具の選定と調達、そして運搬に特化できる。
普通に参入したら到底実現できない高粗利を読み取った社長は、話に乗った。
「わかった。やってみるよ。お前、協力してくれるな? お前のとこだけじゃないぜ。他の役所の研究所も合わせたら、だからな」
友人はうなずいた。お互いに地元ネットワークは幅広く密に持っている。多くの研究所内に共通の友人もいるので「あいつがやるから」と言えば、それだけで人物の信用という点はクリアだった。
当時はまだそんな時代でもあり、一大都市とはいえど、そんな空気が濃厚な“田舎”の頃だった。

商売は当たった。
開始すると見えてくる様々な問題点は、ビジネス改良の手引きでもあった。
そこから湧いてくるアイデアを形にした『14日以内ならチェンジ無料』等の、実際に暮らし始めてからの利用スタイルに応じた変更サービスや、もともとの倉庫業を活かした『個人宅用荷物預かり』などの提供を充実していき、収入源を増やしていった・・。

青森県株式会社のケース(5)

(それが『第1成長期』か)
元国家公務員のあなたにはなじみ深い話がいくつもあった。
確かに、当時そんなことをしている業者はなかったから、新しいサービスとして活況を呈したのもわかる。
あなた自身、初めて入った宿舎にベッドとタンスが備え付けられていて助かったが、その他のインテリアはどうそろえてよいか全く頭が回らなかった。テーブルや食器棚なども入居時に用意できれば、それに順応した生活の中で、次の引っ越しのときに必要な家具への嗅覚も育ったと思う。

インターネットもないあの時代に、普通に参入したとしたら難しかっただろう。
顧客にメリットを説明するためのコストがかかり、商売としては大きな賭けになってしまったに違いない。
客側に仲介者がいて、しかも高い信用力と実務能力を持っていたという夢のような条件がそろったことで、青森県株式会社の社長はいわば『下駄を履かせてもらった』感がある。
まあ、運も実力のうちだ。

「でもねぇ、ひととおりサービスが行きわたった後は、異動の時しか新規客は増えないでしょう」
【法人】はそう語る。しかし、ほぼ2年単位で異動が繰り返されるなら、母数が大きいだけにインパクトは大きいのでは、と、あなたは思いかけてすぐ悟った。

(研究所か)
9割程度を占めるはずの研究者たちには、引っ越しを伴う異動というものはほとんどなく、研究所に腰を落ち着けてその地域で生活する。引っ越しをするとすれば、それは異動によるものではなく結婚して独身寮に住めなくなるからだ。
頻繁な異動は残りの事務官たちだけのはずで、その中には社長の友人のように地元採用者が混ざっている。
とすれば、国家公務員といえども人員の出入りはそう多くないことをあなたは察した。

そうなると、最初の急成長がある時点でストップした理由がわかる。青森県株式会社が近隣の役所(研究所)を開拓しきってしまったからだ。
ということは市場全体でいえば、他社が積極的に参入する本格的な成長時期は迎えていないので、青森社がひとり勝ちしていた時期は成長曲線でいうと、まだ“導入期”にすぎず、次の第2成長期に見える急上昇こそ本当の“成長期”と言えるだろう。
このときから民間にもサービス提供を始めたというが、青森社社長のパーソナルな力が及ぶはずの同地区以外の顧客には、どうやって手を広げていったのか?

青森県株式会社のケース(6)

(最初に成長が失速した頃の社員数は?)
社員マスタから確認すると、最初の最盛期はパート3名を含む5人で社業を取りまわしていた。売上規模からするとかなりの少数精鋭だが、それは各研究機関内に、事務手続きを無償で引き受けてくれている役所の事務官たちが居たからで、この生産性の高さは青森社の実力とは言えない。
本格的な成長期を迎え、顧客ターゲットが広がってくると、これまでのように青森社に都合よく働いてくれる福利厚生担当者を備えている客などは1%もいない。サービスを手広く展開するには、事務量に応じた本部社員を増員するのはもちろんだが、営業担当もそろえる必要がある。

あなたは、本来の成長期に入ってからの財務諸表を、伝票単位に分解し、売上と仕入、そして販管費からいくつかの科目を抜粋してみた。
いわゆる直接原価計算に近い算定をしてみると、金額規模こそ「対公務員限定時代」より大きいが、限界利益の下がり方が顕著だ。価格競争の激化で売上高が下がったのも大きいが、契約手続きなどの事務負担が激しく増加している。

限界利益=売上高-変動費

収益が減ればそれに応じて原価の引き下げを図るのはもちろんだが、間接費用(固定費)はそれ以上に徹底的に抑えなければ、激減してしまった限界利益ではそれを吸収できない。
だが、青森県株式会社にとって、この事業における本格的なコスト発生は初体験のことゆえ、その削減方法が身についていない。それまで他人任せだった新規獲得から代金回収と解約に至るまで、すべてが弱かった。

民間へ手を広げた当初は、顧客が少なかったので管理が弱くても注意が行き届いた。だが、ボリュームが増えるとたちまち事務品質が落ちた。対策に慌てた社長がアドバイスを求めた相手が研究機関の役人たちだったため、事務は混乱を極めることになった。

それは当然だ。
彼らが相手にしているのは客ではない。新任の職員にルールを教えて決まりを守らせるための説明や誘導の仕方は合理的だが、それをそのまま商売にスライドしたらうまくいくわけがない。

かつては、商売への考えが甘い友人に「だから公務員ってのは世間知らずなんだ」と言い放った社長だったが、急成長のパニックに冷静な判断力を失っていたのだった。
クレームが続出するごとに急場しのぎで加えた実務工程が、ただでさえ複雑化した業務に余計な煩雑さを加え、そのまま固定化されてしまったのも痛かった。

青森県株式会社のケース(7)

そんな理由で、青森県株式会社はこの事業の先駆者でありながら、オペレーションの組み立ては後から参入したどの企業よりも劣っていた。
それでも、『他社にはない○年の実績』『官庁への導入実績』を強調し、競争優位を保つために早々と全国3か所に拠点を展開。
売上は作れたが管理がザルのため会社に利益が残らず、無理という自覚がないまま進めた設備投資は資本構成を直撃し、70%超を誇った自己資本比率が急速に落ちて回復しないことに焦ってようやく管理体制を築こうとしたが、ものにこだわらない鷹揚さがここでも足かせになった。
社員は派遣8名を含む25人、パートは6名という体制に膨れ上がってしまった。なけなしの限界利益は主に人件費と家賃地代で消滅し、忙しくて活気があるように見えるオフィスには、いつしかジリ貧の影が見え隠れし始めていた。

そんな内情を抱えているにもかかわらず急上昇を示したのは、もはや社長の実力というより、時代の流れだった。
家具に限ったことではないが、『持たない価値観』の持ち主が増え、モノを所有するよりも、身軽さや快適さに重点を置く消費傾向に変わった世相の反映なのだろう。

青森県株式会社は、膨れ上がったニーズの中、当初は先覚者として目立つ存在であり、アドバンテージを携えて時代の流れの中でリードを保ってきたが、運頼りだった点が結局はデメリットになった。
地力の弱さが利益面に出始めると、追加投資の回収見込みが危うくなり、無借金経営の誇りは維持できなくなった。
こうなってからいざ融資を頼もうと思っても、それまでは「何とか借りてくれ」と頭を下げてきた銀行も、簡単に首を縦には振ってくれない。

社長の思惑はことごとく外れ、意思決定にも翳りが生じ、社内は何となくギクシャクしている。
心のどこかでそれを自覚しているからこそ「流れは来ている」を連呼している気がする。
あなたが今回【法人】に感じた第一印象は『よくしゃべる』だったが、それは不安を感じている社長の口数の多さを表しているのではないかと思う。

青森県株式会社のケース(8)

あなたの見るところ、社長の追い詰められかたは、かなり末期にきているとの確信がある。
なぜかと言えば、このビジネスを始めるきっかけになった、友人との飲みながらの会話が、この場であなたに一言一句正確に語られたからだ。
これは居酒屋で行われた会話だそうだが、それを【法人】が知っているということは、会話の内容を社内で再現したということになる。

念のため質問してみると、ここ1年ほどの間に14回も繰り返されているという。あんな他愛のない、実務にも業績にも全く関係ない話が、だ。
社員が新しく入ってきたときは必ず行われ、それ以外でも不定期に繰り返されており、周囲で聞いている社員たちの表現では「年々、脚色が加えられてドラマチックになっている」そうだ。

(年々?)
ついでに、ここ3年ほどに期間を広げて聞いてみると、25回繰り返されている。
この一年で前2年を超えるほどの急速の伸びを見せていることがわかる。やはりあなたの読みは当たっているようだ。現実逃避が始まっていると見てよい。「これは運命だから、きっと何とかなる」と自分自身に言い聞かせているようだ。

(いかに運命的だったか、は、社長の個人的な思いにすぎない)
あなたはそう見ている。それが社員の共通認識になるほど神話化したいのなら、そのエピソードは現在の『地力』に裏打ちされている必要がある。
北海道株式会社の社長が、父と創業社長が写った写真を、人知れず引き出しの中に飾っているのとは実に対照的だと思った。

青森社に必要なのは、まずは実力だ。計測可能な実力。
もしくは経営者の人物力、つまり持っている人徳が社員に伝わっていること。

運だけではダメだ。
まず実力が必要だが、今のこの場合は「現時点で実力がないことを素直に認める力」が、その前に必要だ。

コンサルティングっぽくなってきたなと、あなたは感じた。
こういう場合、プロのコンサルタントは打開策の提示や経営者へのコーチングなどを行うのだろう。
舵の取り方を間違えたら会社は沈んでいく状況の中でマーケットを分析し、時代のニーズを読み、生き残るための方策を導き出す。
そして、それを成しうる力と、自社の実力とのギャップを埋める作業をしなくてはならない。

(しかし、社長に何を言うかを考えても意味がない)
あなたの相手は【法人】なのだ。
その【法人】はさらにこう語る。
「契約事務手続きを外注できる会社を探していたときに、システム会社が来て言うんですよね。『今の時代、攻めの飛び道具には事務が有効だから、外注は考え直すべきだ』って」

青森県株式会社のケース(9)

(また、システム会社か)
毎度おなじみになりつつある展開だ。
いつも思うが、時期と内容さえ間違っていなければ、彼らの言うことは常にまともだ。
コンセプトが明快で、事業サポート用アイテムの売り込み文句として申し分ない。

問題は、システム導入を検討している顧客側(それも作業現場の末端)の状況が、システムの機能説明のお手本どおりになっていないという点だ。
当然どの会社の現場でも、システム概要の紹介資料みたいな、教科書どおりの使い方では役に立たない。
その点は、機能のカスタマイズや業務改善のソリューションでシステム会社がカバーすることになるのだが、顧客側も自分の弱点や要望に気づけないので、具体的に何を満たしてほしいのかを言わないことが多く、ましてや部外者であるシステム会社からは、いかに穿っても見えないことはよくある。

そもそも、そういった会議に出てくる顧客側の出席者は、現場から報告を受けただけで『現場感覚が無い立場の人間』であることが多く、自分たちの会社に必要な具体的機能をイメージできないから、ピントのずれた発言しかできないというケースが多発している。

仮に、現場の作業担当者が呼ばれて出席していても、そこは慣れない会議室で改まった空気の中だ。
システム会社を呼びつけているのは自社のほうなのだが、彼らのことがお客様にしか思えない。
そんな人たちや、自社の幹部が何人も見守る中で、自在で適切な発言する勇気など、普通はない。
当たり障りのないことを控えめに言うのが精いっぱいで、それだけで発言時間は終了する。
当然、本当の問題は問題点としては認識されない。それどころか「おおむね上手くいっている」という印象を残す。
幹部たちの出す、その安堵の空気感が、対坐するシステム会社のメンバーに伝わると、ある意味その時点で落としどころが決定されてしまう。

本当は、問題は山積みなのだが、自社側とシステム会社側のどちらからも、根本的なところは見えないまま「事業改善プロジェクト」のシステム導入が進むことになるのだ。
まさに『ジョハリの窓』の4の領域(自他ともに認識できないunknown)だ。

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あなたが関わった前の【法人】たちは、たまたまその“領域4(unknown)”に解決のポイントがあって、そこにアプローチしたあなたに多額の報酬がもたらされる結果になった。
いま、青森県株式会社を訪れているシステム会社はどういう方法でアプローチしようとしているのか?

青森県株式会社のケース(10)

『攻めの飛び道具には、事務が有効』といったシステム会社の営業の言葉が、具体的にどんなことを指しているのかはわからないが、ある程度想像はつく。

例えばルート営業で食料品や資材などを納めている卸の会社などでは、「無くなりそうなタイミングで顧客に声をかける」といったアクションが高い満足を生むことがある。

そういう企業努力によって、既存顧客とのより良い関係を築き、その口コミが新規顧客獲得につながることも期待できる。
つまり、顧客獲得の手段を、営業担当者の直接的な接触だけに頼るのではなく、後方で事務を担当しているメンバーが、自身の業務の特性を生かしたスタイル(例えば各顧客の消費速度と前回納品日からの経過日数のリストを基にしたアプローチ)で間接的な営業に参画する。
『攻めの飛び道具』とはそんな意味ではないだろうか。

上の例は通常、顧客対応履歴を持っている営業事務の領域だが、ほぼ決まったスパンで納品が行われていて、売上伝票でも確認できる実績データを基にしているので、経理がその『飛び道具』の役回りを兼ねることも理論上は可能だ。

しかし、ある程度大きな企業では「経理は管理部門、営業事務は営業部門」と分断されることが多く、経理が兼務する形はほぼ見られない。
一方、小さな会社では総務と経理が兼務になっているケースが多く、営業サポートをそこまできめ細かくやり遂げるのは難しい。

青森社では派遣を含め社員は31名。うち営業が9名(3拠点に4名・3名・2名)。つまり、事務員の数は31-9=22。
そのうち、総務と経理に各1名の正社員。派遣社員1名がその二人をサポートする体制なので、22から3名を引いた残りの19名が営業事務を担当している。

青森社の経常的な固定経費(資本投下)のうち最大のものは「事務員の人件費」であることは、財務諸表を分解して考えてもわかる。
もともとが仲介業だから、製造や運搬用の設備投資は不要だ。だから、事務にお金をかけている今のスタイルが間違っているとは言い切れない。
しかし・・

(バランスが悪い)
売上高は多いが原価率も多くて粗利が乏しいのに、これだけの社員を抱えていては経営が苦しいのは当然だ。
おまけにこのビジネスに他社が参入して市場が広がり始めた頃、競合に対するアドバンテージ確保に焦ってスタートダッシュをかけ、拠点展開をしてしまっている。
人件費に加え、さらに地代家賃が営業利益の圧迫に拍車をかけている。

帳簿上の内部留保の金額や、銀行残高の数字に気が大きくなっていた社長の“勇み足”を、今度は“足切り”で清算することに意識が向くのは自然の流れというものだろう。

(一番のネックは、事務のオペレーションが複雑なことだ)
そのために人海戦術をやってしまったことが、今日の状況を招いている。
全体的なオペレーション改革を行わねばならないが、自社では収拾がつけられない状態ならば、その部分を外注してしまうのはひとつの方法だ。

が、レンタル管理の事務こそが青森社の事業である。
自社事業のカギを握るメインの業務にもかかわらず、ノウハウが未知のまま他社に投げてしまうことは、自社の命運を他社に委ねるようなものだ。
相手が親会社で資本関係がある、などのつながりがあるのならともかく、青森社にはそういった関係会社は存在しない。

「システム会社の営業も、『今、外注するとそのリスクがある』と、最初にそう話していました」
【法人】はそう言った。
(ホウ・・)
あなたは面白く思った。

システム会社の本音は、外注会社に回そうとしている資金があるなら、それをウチへ引き取りたいということだろう。
巷には、プレゼン相手の事情をロクに聞かず、いきなり導入実績や機能説明を始めてしまう営業担当も多い中、青森社の潜在リスクを引き出して、最初にそのことを伝えたということだ。
【法人】によれば、かなり親身な話し方だったという。社長はその話の続きに期待し、すぐに引き込まれたそうだ。