第6節:いっそ、占ってしまえ!

『次回面談は3日以内』という規定があることから
どうやら次回面談の約束をした受託者は、 あなたがはじめてではないようだ。

それはそうかもしれない。
【法人】のことを信じるかどうかは別にして、受けた相談にそつなく対応するため、
いったん企業名を知ってから、改めてその会社のことを調べようとするのは至極当然だ。

ホームページ、会社四季報、有価証券報告書、帝国データバンクからネットの2ちゃんねるまで、
企業情報を調べようと思えばいくらでも情報ソースがある。

求人情報や、商品に対する通販サイトの口コミレビューだって、立派な情報だ。
ひと月もかけて調べつくしたら、 ずいぶん詳しくなるに違いない。

ハローワークが「3日以内」と期限を切るのは、【法人】側の要求もあるだろうが、
日数分だけ受託者に支払う報酬額が発生するからという事情もあるに違いない。

情報収集に時間をかけて契約期間を長引かせる受託者も、かつてはいたのかもしれない。
せっかく得た収入源を確保しようとする人がいるのもよくわかる。

その一方、地下4階という怪しげな場所で、いきなり二人きりにされて事態が呑み込めぬまま、
行き当たりばったりの頼りない面談をしたあげく、「能力なし」と一回限りで切り捨てられる
『正直で素直で、小心な受託者』も、ずいぶん居たことだろう。

そんな中、「まず時間をくれ」と要求できる図々しさを持った、その他大勢の中のひとりだ、と
あなたは思われたかもしれないが、担当官の思惑など、あなたの眼中にはない。

そんな思惑とは次元を異にする、非常識なプランにあなたの頭脳は没頭していた。


ジョハリの窓

心理学ではよく知られた
「対人関係における気づきのグラフモデル」
4つに仕切られたマトリクスは、自分自身に対する、自己と他者の理解についての領域を表している。

1.Open Self
自分が知り、他人も知る、『自他ともに公開中の』自身の姿
2.Blind Self
自分は知らず、他人からは見えている、『気づけない』自身の姿
3.Hidden Self
自分だけが知り、他人には見せていない、『気づかせない』自身の姿
4.Unknown Self
自分にも他人にも気づけない、『潜在する』自身の姿
【法人】に、これを当てはめてみようというのがあなたのプランだ。

本来は個人相手の交流用なので、1~3については次のとおりかと思う。

1.一般的な社交レベル
2.コーチングや指導といったところ
3.相手に自己開示を促す作業

2の特徴として、対象となる事柄において、経験や技能で相手を導くだけの実力と、
それに見合う確かな指導力を持っていることが必須だ。
一方、3は、相手と同じ経験は持っていないにもかかわらず、交流が成立する関係性を作るための
カウンセリング技術を使いこなせるなど、高い人間力を要するのが一般的だ。

ちなみに4はその存在を感知できないので通常、コミュニケーションの題材にできない。

いずれにしても、2と3については、当然、1の社交レベルとは次元が違う。
素人のマネゴトでは到底務まらない。
ではこれらのことを【法人】に置き換えたらどうなるか?


1は公開情報に基づいた、表面的な対話で交流する浅いレベルだ。
これに頼って面談を進めるようでは、相手の【法人】には、それを見透かされてしまう。
早々と契約解除だ。今回あなたがこれをやれば、継続契約にすらならないだろう。

それに対し、2と3は、コンサルタントやファンドマネジャーレベルといえる。
最低でもこの水準が要求されるはずだ。

調べた企業情報をそのまま吐き出すのではなく、使いこなす。
それも、プロのレベルで出来なくては、相談業務従事者としては失格だ。

ちなみに、ハローワークが、プロのコンサルタントや、ファンドマネジャーに
この面談の担当を依頼しない理由は、様々に考えられる。

【法人】という摩訶不思議な存在がいるという荒唐無稽なことが、もし本当のことだとしたら、
彼らとの付き合いを『商用』として捉えるのはそれら職業人(プロ)の本能と言える。

決して表に出ない、企業の裏情報を知り、何らかの形で利用する可能性がゼロではなく、
それでは社会に混乱をきたす危険性が高いとして、あなたみたいなアマチュアが抜擢されるのだと思う。

たしかにあなたはアマチュアで、コンサルタントではないが、
これまで成り行き上で、コンサル的な働きをするケースが比較的多かった。

応募書類では、その経験をアピールできず、散々苦しんできたが、
今回、それを活かす機会を与えられたわけだ。

「2(本人が気づいていない)」の部分に踏み込むこと。
「3(本人の隠し事)」へアプローチすること。

両方とも、やればできるかもしれないし、むしろできるという自信もあるが、それをするつもりはない。
無論、1(社交、表層)などは論外だ。

あなたが、ハローワークの地下4階で、相手が【法人】と名乗ったとき、すぐに思いついたのは
「4」(自分にも他人にも未知の領域)へ直接にアプローチすることだった。

自分からも他人からも未知の領域に潜在する自分。
それは、内政視では視界に入らない。

もちろん、他人から見える表情や言動・仕草にだって、そう簡単には表れない。
だからこその「未知の領域」なのだ。

もし他者から見えた特徴があっても、
そこに触れることが相手の成長や問題解決に効果があるかどうかは不明だし、
効果があるとしても、どうアプローチすればよいのかは、
よほど熟練したプロであっても、それなりの試行錯誤を経ないと判明しない。

結構な時間と腕前を要求されるので、ジョハリの窓はアカデミックではあるが
雑学的な扱いになっているのは否めない。

なにより、無理矢理に解明しようとしなくても、本人の学びや成長によって、
「4」はいずれ「2」「3」に浮上し、長所であれば活かし、短所であれば正したり
あるいは隠すことが、意図的にできるようになる可能性がある。

いわば、時間の経過と、偶然に任せるしかないとも言える。
そうやって、隠れたまま本人の人生に陽を差したり、影を落としたりするブラックボックスが
「4」の自他にとって未知の領域だ。

しかし、そんな「4」の部分に対し、偶然にもあなたは少年時代に、アプローチするきっかけを得ていた。
無論その頃は、「ジョハリの窓」などという難しい理屈などは知らない。

TVで興味を持ち、何となく始めた『手相占い』というものが、いつしかあなたの特技になっていた。

“ 書いてあるデータを読み解き、今目の前にいる依頼者に合わせて説明の言葉を組み立てる ”

高校生の頃ではあったが、多読家で、作文が得意だったあなたは、クラスメートを片っ端から鑑定した。
噂が学校内に広まり、朝、あなたの登校を待つ女生徒なども出てくるようになった。

同世代だけでなく、アルバイト先や、面接を受けに行った専門学校の面接官など
大人たちの手相も男女問わず鑑定し、時には鑑定書まで書いて渡したりしていた。

料金を取らないことも手伝って、あっという間に鑑定実績は3ケタに上り、
100人を超えた時点で鑑定人数をかぞえることはやめにした。

そして、場数を踏めば踏むほど、あなたは実感する。

(手のひらの線や丘、指などに関する知識より『目の前の依頼者の状況に合わせたトーク』が 何より重要なのだ)

それに気づいたのは、20代後半にカウンセリングを学んでからだ。
講義をメインにするのではなく、『ノウハウの提供』をメインにして、理屈はサブ的な扱いにするのが効果的だ。

つまり、『手のひらから読み取れる情報をすべて伝え、解釈は相手任せ』にするのではなく、
『あらゆる情報を小さくまとめてしまうが、一度にすべてを見せず、相手の潜在能力や、未来の幸運を匂わせる』
ことが、相手の成長の手助けになるという不可思議さを、いつしかあなたは理解していた。

ただ、オカルト嫌いという特徴を持つあなたは、占いができるということを、あまりオープンにしなかった。
知人の紹介で、数珠つなぎに依頼を受け、好評を受けながらも決してプロになろうとしなかったのは、

「こんなことを生業にするなど、世間に顔向けができない」
という、一種の偏見によるものだ。

一方、データベースを活用して、他人の業務改善をしたり、その相談に乗ることが多かったあなたは、
(《考え方》を教えるより、《手段》を提供したほうが、問題解決に役立つケースが多い)
ということを、ビジネス現場の経験から身にしみてわかっているが、これは占いの時のコツと全く同じものだった。

だからこそ、この、【法人】などという茶番に対し、一見調子を合わせながら、
実際にはあの男自身の運命を存分に占ってやろうと考えたのだ。

ただ、あなたは無論、【法人】などという存在は信じていない。
しかし、この『一見調子を合わせ』というところが重要なポイントだ。

【法人】と名乗った相手に対し、個人向けの占いをしたのでは説得力がない。

線や丘や指や手の形状など、あらゆる要素を【法人】に置き換えて
それぞれの意味を統合した鑑定にすることが必要だ。

あなたが【法人】とハローワークに要求した3日間は、『要素の置き換え』の創造に費やすための時間だった。

占いになぞらえた面談で、あの男自身の性格特性や問題点などを聞き出し、
それに対して的確な分析やアドバイスができれば、相手もあなたの能力を認め、
それによって何か次の展開も開けるだろう。

今回、▲▲社の人間が来ているのなら、思ってもみない形で面接を受けることが出来るのだから、
ここであなたの実力をアピールし、上手くいけば採用される可能性だってあるかもしれない。

そのためには、【法人】に対する占いが、あまり的外れな内容にならないよう、
手相の各要素が個人のものとかけ離れないようなアレンジが必要だ。

一方的にしゃべっては不利になる。
相手から、できるだけ多く会社のデータを引き出し、即席のデータベースを基にした面談に持ち込みたい。

手相をダシにして、定量/定性を問わず、とにかくデータを吐き出させるためのトークのプランはある。
そういうことに関しては、あなたの経験値は高いほうだ。

特に、少年時代から二十歳そこそこのあなたが、
ずっと年上の人間から『大人の悩み』を聞き出すというハンデをクリアするには
確かな技術の裏付けがなければならないが、それをクリアしてきたという点は
少し自信を持っても良いかもしれない。

ただ、これらはあくまでも個人に対してだ。

今回は、個人-法人間の変換という、想像もしなかった条件が加わり、大いに難易度が高い。
(生命線は、【法人】向けならどんな意味合いを持つことになるだろうか?)

3日後に向けたあなたの思考はそこから始まった。

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