岩手県株式会社のケース(1)

【ビールの指輪】

40歳以上を対象にしたこのサービスを、あなたは知らなかった。
アミューズメント施設を経営する企業が、ビアガーデン専門の子会社を設立し、直営展開して話題になりつつあるとのことだ。

「岩手県株式会社」と名乗ったその【法人】の顔は、いつものあの男だったが、今回はまじまじと見つめてしまった。
(仮名に意味はあるのか?)
特徴的な名を持つ話題のサービスなら、最初からあなたが社名を知っていてもおかしくない。この男が親会社(アミューズメント)でも、子会社(ビアガーデン)でも特定は容易だ。隠す必要などないだろう。

(どうしても日本を縦断させたいのか?)
あなたの前にも、あなたと同じように【法人】の相談を受けていた受託者たちがいる。
同じように、仮名を北海道から順番に南下させていて
「今度の人は静岡までだった」とか、ハローワーク内ではそんな会話が行われているのだろうか。
あるいは管理の都合上、あなたと同じことをしている受託者と重複しないように、そちらでは国名とか山や河川の名称が使われているのだろうか。

まあいい。ハローワーク側のそういった「設定」は無視すると決めていたはずだ。
あなたはあなたのことだけをする。というか、ハローワークを上回る強さであなたの側の「設定」を押し通す。
今のところそれで通用しているようだから、行けるところまでこの路線でいこうと思っている。

問答無用で手のひらを見ようとしたが、次に【法人】が口にした言葉で、あなたは考えを改めた。

「私は、その指輪に使われる部品のメーカーです」

(そうきたか)
あなたが反射的に思ったほど、単純な図式ではなかった。

アミューズメントを営む親会社にとって、ビアガーデンのビジネスはベンチャーで乗り出した、いわば「様子見」だった。
本来は、遊びの要素を取り入れた新しいタイプのビアガーデンとして、自社で展開したかったが、業態が違ってしまい色々と不都合が多いので断念し、子会社化した。

それほどの大手企業ではなく、資金力にも限界があったので、子会社への資本投下は慎重に、というか、任された実行責任者の実情としては逃げ腰に実行された。
当然、アイテム開発のために大金をかけて大企業と組むことなどは出来ず、ほとんど「町工場」というに近い岩手県株式会社をパートナーに選んだ。

『ビールの指輪』という名称は、40代以上の層にはなじみ深い、むかし大ヒットした『ルビーの指輪』という歌謡曲をもじったものだ。

最大40人程度まで収容できる会場内に、3台のビール供給機が置かれていて、それぞれが生ビール入りの大きなタンクとつながっている。

客に提供する容器は小さいものから順に、
1. プラスチックカップ(小)<約120ml>
→2.プラスチックカップ(中)<約180ml>
→3.小ジョッキ <約250ml>
→4.中ジョッキ <約300ml>
→5.大ジョッキ <約500ml>
→6.ピッチャー <約1600ml> となっている。

客はビール供給機の前に手ぶらで立ち、容器種別を6つのボタンから選択し、読み取り口に指輪をかざす。
指にはめてさえいればグーでもパーでもよく、手のひらでも甲でもかまわない。
指輪とビール供給機の交信が完了すると、指定の容器に注がれたビールが受け取り口から、『ルビーの指輪』の曲とともにスライドして出てくるという仕掛けだった。

会員制で、入会金を払って登録すると、識別登録した指輪が渡される。これが会員証の役割を果たす。入会条件は40歳以上だ。

利用人数分の入場料を払って店内に入るとビールは飲み放題。食べ物は有料だ。時間制となっていて、入退時刻は指輪でチェックされる。
会員が同席していれば非会員も利用可能だが、ビールの注文には指輪が不可欠なのだ。

一見不便に思えるこの供給システムに、ヒットの大きな要因があった。

つまり、非会員の女性が多くいると、男性会員はビール供給のために引っ張りだこになって「モテる」という付加価値の提供が大いにウケたのだ。

「指輪は装着した状態でなければ機械が作動しない」というところにポイントがあり、テーブルに置いた指輪を全員が道具のように使い回すのではなく、誰が使うにしても必ず指にはめなければならない。
後述することになるが、会員価格はプレミアムで、それに比例して指輪のデザイン性も高く、粗末には扱えない外観だ。そのためほとんどは会員の指にはまったままとなる。

だから、ビールが欲しい場合は会員に取りに行かせればよいのだが、それでは気の毒だということで、たいていは一緒に連れ立って供給機まで歩いていくことになる。
どちらも嫌なら、会員から受け取った指輪をはめていかねばならない。
となれば後は言うまでもないが、中年男の他愛ない夢の実現(女性が嫌がらないかぎりだが)が待っている。
指輪をはめてあげるところまではしなかったとしても、最低限のスキンシップとして「指輪の手渡し」が都度発生する。

何やら男女間の怪しい空気が醸成されそうな舞台装置で、いかにも若いベンチャー企業が力任せにやったお騒がせ企画のような印象も、当初はあった。
しかし、会員が若い男性を同席させて『供給係』に仕立ててやることで、女性との縁を作ってやろうとするようなケースも多く、当初懸念された「不倫の養成所」的なイメージは、意外に早く打ち消された。

そんなこんなで、「会員は40歳以上」と規定しているにもかかわらず、若い世代がこのシステムに親しむようになり、口コミやネットコミがメディアに取り上げられるまでの期間は短かった。

そして、メディアに登場したとき一番インパクトがあったのが(というか、メディアも不倫イメージが前面に出ないよう、積極的にそこをアピールした)、ビール供給機と指輪の「お遊び感覚のコラボレーション」だった。
アミューズメント企業の面目躍如といったところだろう。というより、そもそもビアガーデンを始めた理由は、これがやりたかったからなのだ。

ビール供給機の前に立ち、容器サイズの選択ボタンを押さず、その横の付属マイクに向かって
「ビールの指輪!」
と発声して指輪をかざすとランダムモードになるというものだ。
酔っぱらった男は子供に戻る。
変身ヒーローを気取ってオーバーアクションで指輪をかざし、笑いを誘う姿は日に何度見られるかわからない。

ランダムなので、どのサイズが出てくるかは、ゲートが開いてせり出して来るまでは不明で、見守る周囲のワクワク感が高まる。
狙い通りのサイズが出現したときには歓声が上がり、彼は文字通りヒーローになれるのだ。
希望と違うサイズが出てきても、それはそれで笑いが起こり、罰杯をあおって盛り上がったり、小ジョッキが欲しい時にピッチャーが出てきたときなどは、他のグループ客の席へ注いで回ったりして、思いがけない交流も生まれる。

20代の元気すぎる若者だけの集団では羽目を外しそうな要素満載の企画だが、その歯止めにもなる「40歳以上限定の会員制」だ。
入会金は「ただの酒好き」程度ではわざわざ手を出そうとは思えないほどのプレミアム価格にした。
中高年の中でも特に、陽気にはしゃぐのが(それも女性を交えて)好きで、そのことにはプレミアム価格を払ってもよいと考える層を狙い打っているだけに、指輪のデザインは相当に洗練され、女性から見てもジュエリーとして遜色ないレベルに仕上がっている。しているだけで「おしゃれ」なのだ。

このことは、「それじゃあ最初に、指輪はテーブルに置いといてもらって~」などと粗雑に扱われることを防止し、『はめたままでないと供給機が作動しないので必ず同伴』というシチュエーションに持ち込みやすくする意味でも会員メリットを提供していた。

新しいタイプのこのビアガーデンは、会員にとっていろんな意味でのプレミアム感を享受できる場所であり、若い世代にとっては、いつか自分も入会したいあこがれの空間となった。
その空間への「案内人」である40歳以上のオジサンたちが身に着けている『指輪』が、“あこがれの空間の象徴”として、様々な媒体で描かれるようになった。
予算が厳しい中、カネの賭けどころを上手く当てたことが、何十倍、何百倍ものリターンをもたらした。
さらに、ビール供給機のランダムモードでニュース性を演出し、ネタを探すメディアに売り込んでWIN-WINの関係を築くことができ、マーケティングは大成功をおさめたのだった。

(なるほど)
あなたは成功物語を聞きに来たのではない。
『ビールの指輪』で成功を果たした運営会社の陰には、指輪に演出効果を与えた立役者がいる。
成功の陰で問題を抱えた陰の立役者は、人には言えない翳を抱えてあなたに会いに来た。
この話の背後に横たわる問題への対応こそ、あなたの関心事だ。

青森県株式会社のケース(1)

(よくしゃべる)

対面した瞬間から挨拶もそこそこにしゃべりだしたのは「青森県株式会社」。
姿かたちは前回の北海道株式会社と名乗った男と同じだ。つまり、▲▲社とも同じ。ただし、別の【法人】だということを、あなたは理解している。
【法人】たちは、この男の姿を使って、あなたのような『こちら側』の人間と接しているのだということを。

(それにしても、どこが「青森」なのか)
無造作に北から順番に付けているらしい仮の会社名には、あなたも内心で苦笑するしかなかった。
四国の会社が「北海道株式会社」と名乗り、今度の【法人】は、あなたが持っている無口な東北人のイメージとはかけ離れたおしゃべりな男だ。

「流れは来てるんですよ。社長はずっとそう言い続けて、業績は伸び続けていましてね」
なぜこんなに滔々としゃべり続けるのか、あなたには最初、理由がわからなかった。
わからないまま、今回はまず最初にパソコンの電源を入れ、財務諸表を見てみた。
創業からは32年、会社設立からは26年を経ている。家具のレンタル業を営む会社だ。
たしかに、設立から26年は、わずかな波を描きながらも業績は上がり続けている。

(成長曲線の教材のようなカーブだ)
財務諸表の数値をグラフ化して長期のライフサイクルに描画してみた。
成長期から成熟期に入ったところで、もう一度成長(上昇)のラインが生まれ、改めて成熟の緩やかなカーブに落ち着いている。
2度目の上昇の時期に何があったのかを質問するだけでも、かなり有用な情報が得られるに違いない。

aomoriken1

今回はかなり、コンサルタントっぽい導入になったなと、あなたは内心手ごたえを感じている。
【法人】相談も今回で3度目。3度目の正直。自分を客観視できるようにもなってきている。気を引き締めていこう。